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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第11回】特許情報をどう加工して利用するか 
     −特許情報を調理してみようA−
     <本編:発明者情報から競合の生き方を学ぼう>
 

「価値ある特許を生み出す」。このためには知財スタッフと技術者の連携プレイが欠かせない。このような企業の特許戦略と、そのための連携プレイは、サッカーにたとえることもできそうだ。味方の得意技や能力を知り尽くし、相手の動きや弱みをつかんで、知財スタッフと技術者が有機的にパスをつなぐ。パスを受けた後は自分の独壇場であり、得意の技術で相手ゴールを攻めたてる。

ゴールを決めるにしてもチームプレイがある。チームプレイの中にもキラリと光る個人技がある。それが発明を生む技術者と特許権を国から取得する知財スタッフの連携プレイに表れる。

ここでは、発明を生み出す企業の技術者に注目してみたい。それも、特許情報に含まれる発明者情報に基づいて、ライバル企業の技術者を比較してみよう。わが国を代表する自動車メーカー三社の発明者情報を特許マップにまとめ、そこから競合企業の生き方を学ぼう。

先頭集団でパスをつなぎながらゴールを決めるグループ連携プレイもあれば、特定のエースストライカーが華麗なシュートを決める個人プレイもあるだろう。それと同じで、強豪の中で生き抜く企業のやり方にも日本代表チーム型やブラジルチーム型があってもおかしくはない。企業と発明者、それに知財スタッフがどのように関わっているのか探ってみよう。


トヨタ、日産、本田を比べる


トヨタのカローラ、日産のブルーバードといえば、戦後のマイカーブームを引っ張った双壁である。2000年には軽自動車を除いて400万台が売れた。シェァのトップは43%のトヨタである。ダントツの一位である。二位が18%の日産、三位が11%の本田とつづく。

自動車業界は、価格競争が厳しい上に顧客の満足度も充たさなくてはならない。しかも、エンジンからボディ、走り装置まで、あらゆる部分が先端技術の集積で成り立っている。我々のように電子技術に携わる者にとっても、これからのカーエレクトロニクスの進展には重大な関心がある。まさに、専門性と総合力が問われる戦略的産業が自動車産業なのである。

特許情報に基づいて自動車産業を探ってみる。今の時代、自動車産業の中核技術は環境対策である。エンジンの排気ガスの浄化や燃料電池が最大の重要課題である。もちろんエンジンの吸気・排気弁の制御や、オートマチック車に係わる無段変速機などのように、昔から変わらぬ自動車の内燃機関なども重要技術であることに変わりはない。

それだけに、自動車産業の特許情報には、歴史の長い自動車工学のメインストリームと、最近のハイブリッド自動車のような最先端技術の流れが交じり合っている。そして、トヨタ、日産、本田の競合三社の特許情報にも、各社の技術開発の独自な生き方が表れてくるのである。

それだけに、この自動車三社の生き方は、エレクトロニクス業界に働く我々にとっても大いに学ぶところが多いのである。

特許情報から見たトヨタ


自動車生産で世界第三位、わが国トップの地位は最近でもビクともしていない。2000年には1年間の出願件数2,773件、実発明者数3,306人を誇る(表)


1995年から2000年までの5年間に、国際特許分類(IPC)でF01Nと表される排気ガスの浄化関連技術と、H01Mの燃料電池関連技術、F02Dのエンジン制御関連技術の特許出願が増えている。反面、B60Tのブレーキ関連技術の特許出願が減っている。

トヨタの発明者情報を追跡してみよう。特許出願件数で上位5名を調べてみると、トップのTB氏は2000年の1年間に59件もの多くの特許出願を果たしている(図1)


TB氏の1993年以後の累積特許出願件数は617件にもなるが、2000年の発明は多くが共同発明ではなく単独の発明である。しかも、数カ月おきに生んでいる発明は、アクセルペダルの踏み込みとエンジン回転数の関係(P2002-38987図2)、ハイブリッド車のエネルギー制御(P2002-118903 図3)、カーナビによる燃料消費量の推定(P2002-188932 図4)と、多様性に富み、変幻自在の技を持った一匹狼的な優れた技術者のように見える。

そして、ランキングで2位以下のHI氏、TA氏、NA氏、IT氏、AS氏の5人はチームを組んでおり、エンジンの排気浄化に関して1年間に約50件もの発明を出願しているのである。この中のHI氏、TA氏、IT氏の3人は、それぞれが累積の特許出願件数100件を越える経験豊富な技術者であり、一匹狼のTB氏を合わせると、トヨタのトップ5の内の4人までが累積出願件数100件以上の実力者であることがわかる。




特許情報から見た日産



トヨタを追撃する日産は、ゴーン社長によって急速に業績を回復している。2000年の年間出願件数1,723件、実発明者数1,404人である。トヨタに比べて、約半分の人数で約7割の出願件数を生んでおり、健闘ぶりがうかがえる(表)
2000年までの5年間の変化を見ると、燃料電池関連技術や弁のタイミング、エンジン制御関連の特許出願が増えている反面、混合気の電子制御や車体ボディ関連の特許出願が減っている。

日産の発明者情報を追跡してみよう。特許出願件数で上位5名を調べてみると、上位のSI氏とTS氏、TA氏の3人は1つのチームでエンジン排気浄化に取り組んでいる。これとは別に、SA氏とNA氏は2人で別チームを組んでエンジンカム・弁と排気浄化に取り組んでいる。同じようなテーマで2つのチームが対向しているように見える。第三のチームはAO氏とNO氏のチームであり、無段変速機に取り組んでいる(図1)

トヨタと異なり、日産のトップグループの発明者達は、2000年1年間に大体20件前後の特許出願をしている。この中でTS氏、TA氏、AO氏の3人は、それぞれ、累積特許出願件数が100件を超える実力を持った技術者である。


特許情報から見た本田


日産と並ぶ本田は後発参入ながら、軽自動車もカウントに入れると日産と入れ替わってわが国第二位の自動車メーカーになる。2000年の年間出願件数2,567件、実発明者数2,913人であり、技術者の陣営の豊富さを誇る(表)
本田の発明者情報を追跡してみよう。特許出願件数で上位5名を調べてみると、上位のSI氏とKA氏、SU氏、KU氏の4人は1つのチームで燃料電池に取り組んでいる。これとは別に、IT氏とNI氏は2人で別チームを組み、エンジン潤滑・弁に取り組んでいる(図1)

本田のトップグループの発明者達は、2000年1年間に大体25件前後の特許出願をしているが、トヨタや日産と異なり、累積特許出願件数をみると、みんなが30〜50件程度と極端に少ない。2000年に生んだ25件を差し引くと、2000年までに数件〜20件程度を生んでいるに過ぎない。特許出願の実績を持たないフレッシュ組という特徴がある。


トヨタ、日産、本田から学ぶ


特許情報に含まれる発明者情報を利用してライバル企業を比較してみた。

わが国を代表する自動車メーカー、トヨタ、日産、本田の三社の最近の特許出願と、それに関わる各社の技術者に注目してみたのである。

その結果、トヨタ、日産、本田の三社は、いずれもが発明者のグループワーキングを重視していることがわかる。ただし、三社のグループ活動の生かし方には、それぞれに工夫が盛り込まれており、大きな違いがある(図5)


特にトヨタは、特許出願の実績が豊かな実力派の技術者を多数揃えており、自動車のメインストリームに相当する排出ガス浄化に磐石の構えで立ち向かっている。加えて、優れた技術者が単独でオリジナリティを発揮できる体制も組み、グループと個人の両方で"シェアNo.1を守る"体制をとっている。

これに対して日産は、敗者復活とトップ追撃のために2〜3人のグループによる競い合いを活力にしているように見受けられる。

これらの先発組みに対抗して、本田はタイムリーな技術革新を売り物にする。技術者の特許出願の実績を買うよりも、新鮮な技術力を大切にして、スピードのある技術開発に取り組んでいるように見受けられる。

自動車業界の財産はグループワーキングの成果にある。数人の実力者グループが一人当たり年間30〜40件もの多量な特許出願を平気でこなしているように思われる。一人では月当たり3件もの特許出願を継続的に行うことなどできるものではない。

知的創出である発明を特許出願にまで育て、戦略的な価値を持たせるためには、発明者の技術力だけではなく、知財スタッフのサポートが不可欠である。その分野での特許状況として、どの程度なら特許を取れるのかという土地カンが大事である。その支援を受けて企業の技術開発戦略の中で特許が生産されるのである。そこには、企業それぞれの性格に適したポートフォリオが描けるであろう。技術者が発明を生み出す正のサイクル、発明生産性などについて、読者も考えみてはどうであろうか。

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