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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第18回】最終回:クリエイティブ・シンキングのすすめ


このシリーズ連載では、先人達の叡智の集結である特許情報を、次の創造に活かすための工夫を紹介してきた。連載の中で紹介した例は、いずれも実際のものである。発明の論理フローから着想を見出す"課題系統図"や、特許明細書から切出した言葉を発想のキッカケにする"WHGカード"などの発想支援ツール、特許面でも選択と集中を区別するための"フリーゾーンマップ"、また戦略的特許創出(Strategic Patent Creation)など。

これらのツールは、第一線の技術者と対面し、試行錯誤を繰り返した中で生まれた。ACTAS(アクタス:Assistance of Creative Thinking And Solution)は、実際の研究開発に取り組む技術者を、特許情報を用いて創造的思考を支援するユニークな活動である。概念の抽象化と具体化を繰り返して状況整理を行い、自他比較により重要なことを浮き彫りにし、タタキ台となる先行特許から問題点を発見し、自分なりの着想(解決手段)を展開させて発明の概念につなげる。

特許情報に基づく"情報創造工学"とでも言うべきACTASであるが、こうすればよいというマニュアル的なものではない。支援する技術者の個性、所属する企業のカラーの違いなどを重視し、支援の方法も様々である。当然である。"クリエイティブ・シンキング"をするのは人なのだから。やはり、人が大事なのである。

最終回に当たって、クリエイティブ・シンキングを支援するACTAS活動を紹介したい。そしてこれからも、技術者支援の立場から、もっと実戦的で利用価値の高い特許情報の加工方法や解析手法を考えていきたい。


技術者が主人公


ACTASでは技術者が主人公である。当たり前のことであるが、発明を生み、育てることができるのは、技術者だからである。しかし、技術者は、本業の研究・開発だけではなく、社内の技術検討会議、報告書作成などに追われている。また、近年のリストラ弊害で一人当たりの業務量が増え"超"多忙である。一つの仕事が終わったら、息つく間もなく次の仕事が待っている。振り返って反省する暇もないような"追われ型"の毎日では、創造的な思考が生まれるはずもない。

ACTASの第1の機能は、技術者に考える"場"を提供することである。テーマの本質を見つめ、状況の整理をした上で重要な要素を抜き出す場。仲間とのディスカッションを通じて着想を生み、新たな発明概念へとつなげる場。そんな技術の面自さ・奥深さを追求できる場を大事にしている。

第2の機能は、"場"で用いる材料(特許情報)の提供であり、より"場"を活発にするために、さまざまな観点で特許情報を整理・加工することである。

そして、第3の機能は、特許情報を用いた発想支援ツールの工夫である。ACTASでは、特許情報をクリエイティブ・シンキングのための材料として用いる。いくら最新の公開情報だと言っても、誰かが2年以上前に思いついた抜け殻である。だから、その発明を理解したところで、クリエイティブ・シンキングにとっては何の意味もないと考えるのである(図1)。


技術者よ、大志と夢をいだけ


ACTAS支援の第一歩、技術者との初顔合わせはワクワクする瞬間である。自分達で実現したい夢は何なのか、どんなに熱い情熱を持っているのかを、ACTASコーディネーターに語ってくれるからである。初対面の緊張と身構えのせいか、ぶすっとして不機嫌に見える技術者も、技術の説明になると水を得た魚のように生き生きとする。そんな技術者の姿を目の当たりにすると、日本も捨てたもんじゃないナ、と思う。

ここで大事なのは、"こういうことを実現したい、こういうものをつくりたい"というゴールを明確にすることである。飛行機だって、"空を飛びたい"、という技術者の強い思いがあってこそ実現できた。技術者にとって、夢をみることが最大の糧なのだ。


特許情報から"データマイニング"への取組み


1年間に40万件もの特許出願が毎年続いている。この事実は驚異である。こんなに豊富で、しかも無料の情報源は他にないだろう。しかも、企業、大学、研究所などの研究成果が表れ、技術を体系的に把握するのに役立つ技術的な側面と、公開と引換えに独占排他権を付与する権利的な側面を併せ持つ特殊な情報である。さらに、全産業のあらゆる発明を網羅的に蓄積するために、国際的に共通した分類ルールや、論理展開を考慮した項立て(見出し)を持つ、良質なデータベースである。

ACTASでは、自分の概念を整理したり、全体での相対比較をするための座標軸として特許情報を用いる。ポイントは、抽象化と具体化の視点の切替えである。最近3年程度の特許情報をざっと見れば、技術の全貌を粗く把握することができる。鳥撒図のように全体像をつかんだ上で、自分の位置を確認する。最初は概念がボヤけて固まっていなくとも、全体像をにらみ、他との比較をしているうちに、だんだん輪郭が見えてくる。そして、重要な要素についてのみ、さらに遡って内容を掘り下げる。この視点のキャッチボールは、発明概念を検討する際にも有効である。上位概念(抽象化)と下位概念(具体化)を切替えて考えることによって思考をシェイクし、概念を確立していく(図2)。



最近私たちは、大量の情報の中から意味のある法則を見出すデータマイニング手法に注目している。文字通り、データの山から宝を掘り出すための手法であり、マーケティングや、WEB検索で活用され始めている。大量な特許情報源には秘められた価値があり、データマイニングとの相性も良さそうだ。それなのに、特許情報解析にデータマイニングを適用した事例があまりにも少ない。特許情報をデータマイニングで解析するには、どんなデータ属性が適しているのか?何に適用すると他にない独自なメリットが生まれるのか?など、多くの面でデータマイニングには、特許情報解析手法の研究が遅れている。当社では、ともすれば、大規模な研究テーマとして考えられていたデータマイニング手法を、現実の中堅企業にも十分使える自動分類など、特許情報解析ツールに育てる試みに挑んでいる。


ブレーンストーミング


自分達の目指す方向性をイメージできたら、そこに向かって発明を創出する。ACTASでは、ブレーンストーミングを重視している。適当なキッカケさえあれば、技術者は自分の感性をフル回転していろいろな工夫を考え出す。仲間の発言をキッカケに議論が展開していく。集中力が要求され頭脳が疲労するが、引き込まれてしまう面白さがある。コーディネーターの立場としては、毎回"うまく良いアイデアが出るだろうか?"と、あれこれ心配するのであるが、思わぬハプニングや脱線からこそ、何かしらのアイデアが生まれているのも事実である。

ブレーンストーミングの主なルールは、@相手の発言をけなさないこと、A自由に発想すること、B量をたくさん出すこと、C組合せ・改善を考えること、などである。特に、始めのうちはなかなか発言が出にくいものである。時には、コーディネーターから「こ
れは、どういう意味ですか?」などと素人的な質問を投げかけて、発言しやすい場となるように工夫している。

材料も重要だ。ACTASでは、タタキ台として特許情報を活用する。また、それらを加工した発想支援ツールも支援材料として用いる。発明の論理の要点を簡潔にまとめた課題系統図は、発明論理を学び、そこから自分の着想を広げるのに役立つ。発明の3要素、WHAT(目のつけどころ)、HOW(どうしたのか)、GOAL(ねらい)をキッカケ語としてカード化したWHGカードは、トランプの神経衰弱の要領で使えば、発想導出に有効である(図3)。


ポイントは、論理的思考に慣れることである。問題にぶつかったときに、技術者は直感的に"こうしたらいい"という解決手段を考えるのは得意だ。しかし、"なぜ、そうするのか"という作用にまで遡って論理的に考えることに慣れておらず、意外と苦手なのである。しかも、自分の考えていることを自分の言葉で説明することが、より良い思考を育てるためにも大事である。日々の問題解決だって、"原則→しかし→そこで"の論理思考でまとめて文書にすれば、特許明細書と同じことなのだ。


戦略的特許創出(SPC)とパテント・ファースト


企業発明の場合、ある一人の天才のスポット的なアイディアを期待するのはむずかしいし、それでは成り立たない。それよりも、事業全体として自社の得意技術を活かし、相手の嫌がる、あるいは、欲しがる発明を打ち出し、戦略的に特許を創出するべきである。

ACTASではSPC(戦略的特許創出、Strategic Patent Creationの略)を提唱している。通常のACTAS作業よりさらに目的意識を明確にし、ライバル企業を特定する。SPCでは、"自社の独自技術"と"競合企業が欲しがる技術"の交点を、ねらうべきパテント創出領域と設定する(図4)。

それ以外の領域に特許権を獲得したとしても、相手への影響は少なく無駄だと考える。そして、実際の特許情報から上記WHG要素を軸とした座標を作成し、
ねらうべきパテント創出エリアを明らかにしていくのだ。

さらに、これからの戦略的特許戦略のあり方として"パテント・ファースト"を重視している。パテント・ファーストとは、実際の研究開発に着手する前段階に、特許で領域取りをしてしまおうという考え方であり、積極的な侵害防止策である。戦略とは、相手があってこそのもの。他人の特許をあらかじめ調べて勝てる競争を挑む。自分の特許を打ち込んで積極的に権利主張する。先願の地位を確保して他人に特許を取らせないようにする。出願だけ打ち込んで領域を確保しておく。優先権主張できる一年の間に実際のモノづくりに集中して、後で本当に価値のあるものだけを大事に育てれば良い。


連載の終わりに:発明を生むのは技術者


知財ブームである。経営面、財務面との関わりが注目され、各方面の専門家による提案が盛んになされている。しかし、"発明を生む"という技術者の根本的で重要なことには目を向けられていないのではないだろうか?実際に発明を生むのは技術者である。技術者の想像力を活発化させるような創造支援については、あまり工夫されていないのではないだろうか?

ACTASは発明を生み出す"技術者"を重視した支援である。走りながらの試行錯誤でまだまだ勉強不足であり、改善の余地を多く残しているが、"何かワクワクするような新しいこと"にチャレンジする技術者を支援する実践的な手法を探っていきたい。

20世紀の後半、わが国は戦後復興を物量の充足で実現した。量産と品質管理がモノづくりの中心であった。これからの21世紀には他にないホンモノ志向、つまり、独自性を生み出す創造が重要になるのではないか。

特許情報には時系列的に創造へのヒントが発明という形で大量に記録されている。貴重な技術者ノートの集積であるとも言えよう。大量データの解析にはPCが適している。特許データをデータマイニングすることで気がつかなかった相関を求め、新しい創造へのヒントを顕在化できないであろうか。特許情報解析の活用研究を進めることで、新たな創造への取組みに貢献したいと考えている。


〔完〕

R&D支援サービス ACTAS(アクタス) ご紹介
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