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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第17回】特許情報をどう加工して利用するか
     −技術者の目で特許の価値を考えてみようB−
     <フリーゾーンマップから何が得られるか>


筆者らは、ACTAS(Assistance of the Creative Thinking and Solution)という"特許情報を活用して技術者の創造的思考を支援する"事業を行っている。
十数年にもなるユニークな特許情報活用事業である。

この間、様々な企業のいろいろな技術者に接してきた。熱く自分の思いと夢を語るS部長、無口だけれども確実に作業をこなすH氏、いたずらっぽい眼で他とは違うユニークな発想をするG氏。熱血漢のY氏が早期退職して見せてくれたのは、自分が初めて作った電子装置だった。

共通しているのはモノづくりが好きなこと。技術に対しては子供のように無垢な心で取り組んでいる。そして、だれもが、世の中の役に立ってみたいというロマンを追いかけている。それぞれ、自社のあり方に不満をもっていても、モノづくりには夢中になれる人達なのだろう。そして、ACTASのどの場合にも、特許情報が技術者の好奇心を刺激し、それがキッカケになって仲間と議論が育ち、"チームワーク"が個人の力を新たな着想や特許出願へと開花させてきた。

悲しいかな、技術の変革スピードは想像以上に早い。数年の間に特定分野の特許件数が千倍にも増えるのである。それだけに、今の技術者は短時間で予定通りにモノを完成させなければならない。しかも、優れた特許を取得することが求められている(図1)。

だが、出願の件数を多くするだけが戦い方ではない。チエを使って、もっと実戦的で、もっと利用価値のある特許情報の加工方法を技術者と一緒に考えてみたい。


あたりまえのこと


「戦いに勝つ」。このためには無闇に動きまわらないことが上策だという。冷静沈着に状況を判断し、ねらい澄まして必要最小限のエネルギーで勝つ戦いを挑む。最小コストで最大成果を挙げるのがよい。

技術者にとって、自分の着想や思いを実現し、自分の技術を通じて社会に役だつことができれば、技術者冥利に尽きるだろう。それが最近は、特許というと財産としての重要性ばかりが強調され、何をやるにしても「特許」が技術者の邪魔になり始めた。まず他社特許を調べなければならない。ところが、開発段階は着想を具体化する大事な時間でもある。だから、この段階で他社の特許を調べる時間はもったいない。大半がノイズ情報だし、似たものが見つかったとしてもあとの祭りである。だから、特許調査はコストがかかる割に得るものが少ない。こんなことから「特許」にはネガティブな印象が強い。

しかし、日ごろから特許情報を監視し、競合他社の動きを把握して、それをバネに自社の技術強化に努めておけば、特別にあわてることはない。学会誌などから技術情報と企業の動き、営業から重要な客先情報などをキャッチしておき、価値ある発明にはコストをかけて特許に育て、知的財産を蓄えておく。

大事なことは、毎週500件程度の特許情報を30分以内でチェックできるような、使いやすい特許監視システムを構築することであり、どんな発明は特許に育てるかという社内の特許評価システムを構築することである。

要は、戦いに勝つためには、あたりまえのことだが、普通のことを普通にやっておくか、個性的な特許体制を組み立てるか、そのどちらかしかないのである。



特許出願の価値


さて、毎週、続々と不安材料でもある公開特許が生まれてくるのが特許の世界である(図2)。


とりわけ、最近は事業規模が世界に及び、知的財産の重視が叫ばれている。
昔流に「創造」の成果が発明だ、優れた発明が特許だ、などとのんきなことを言っていられない。事業規模が大きければ、モノづくりより前に将来に備えた戦略的特許出願網を構築しないとならないのである。

しかし、実際には出願段階での価値評価はきわめてむずかしい。エレクトロニクス分野の基本発明の価値は出願レベルで1千万円、普通の周辺発明なら2百万円だといわれている1・2)。しかし、基本発明は審査で拒絶されやすく、しかも、出願時点では価値がわからない。だれも欲しがらない場合には価値はゼロ円に近いだろう。逆に、小さな金具の突起の形が特許侵害だとして数千万円のライセンス収益を稼ぐことも可能なのである。
それなら一層のこと、特許をまったく気にしないで済む領域がはっきりしていると良い。特許を気にせずに技術開発に専念できる安全領域、あるいは、特許を真剣に考える戦闘領域など、特許の面でも「選択と集中」を区別する。フリーゾーンマップはこのような背景で生み出されたマップである。


フリーゾーンマツブを書く


ある特定の技術を取り上げる場合に、その技術を大掴みにしたい。そのなかで、フリーゾーンをプロットする。ちょうど、起承転結のように技術の連係が見えるのではないだろうか。

そのために、まずは、@柱になる必須の技術要素と本来の目的を明確につかんでおきたい。全体の原理・原則はすべての原点になるからである。次に、A本来の目的を実現するために必要な副次的要素に目を転じたい。副次的要素といっても、実は技術者には日常の目前の技術である。さらには、B副次的要素の作用・効果をプロットしてみよう。そうすると、最前線の取り組みが見え、最新の特許の攻め合いが見えるだろう。ここに現れる副次的要素の作用・効果は、実はニーズの反映である。こうして、最終的には、C本来の主要素に戻って副次的要素に求められるニーズとの係わり合いを見直すことができる。

このように起承転結流に技術の係わり合いを見て、特許情報をプロットしてみると、技術のスパイラル状の変遷をマップにして見ることができる。フリーゾーンが見えるだけでなく、遠回りをしてきた技術成長の過程がわかり、今まで見えていなかったボトルネックが見えてくる(図3)。

【事例】自動車のフリーゾーンマップ
@第一ドメイン(左下)

「自動車」の主要素(たとえば「エンジン」)を横軸、それぞれの主要素の本来の目的(たとえば「駆動する」)を縦軸にする。別な主要素として「タイヤ」を取り上げれば、目的として「走る」を挙げることができる。同じように、「車体(ボディ)」を要素にすれば、目的は「積載する」になるだろう。

こうして、「自動車全体の本来(主要素)のねらい」をマトリクスにくくり直す。このドメインでは、全体のそもそもの原理原則を見直すことになる。

A第二ドメイン(右下)
主要素の目的(たとえば「駆動する」)を縦軸、その目的を実現するために必要な副次的要素(例えば「燃料供給系」)を横軸にする。別な目的として「走る」を取り上げれば、副次的要素として「スプリング」や「ブレーキ」、ハンドルを含めた「操縦装置」を挙げることなどができる。同じように、「積載する」の副次的要素としては「シート」や「ドア」、「荷台」などになるだろう。

こうして、「自動車全体のねらい(目的)を実現するために必要な副次的要素」をマトリクスにくくり直す。このドメインでは、技術者が最前線で日常に取り組む目前の技術(副次的要素)が、全体の自動車が備えるべき本質的なねらいに対して、どのように係わっているのかを見直すことになる。

B第三ドメイン(右上)
副次的要素(たとえば「燃料供給系」)を横軸、その代表的な作用・効果(たとえば「燃料供給を最適化する」)を縦軸にする。別な副次的要素として「スプリング」を取り上げれば、作用・効果として「最適な硬さの調整」を挙げることができる。「シート」の作用・効果としては「疲れさせない姿勢の保持」になるだろう。

こうして、「自動車に備わる副次的要素のねらい」をマトリクスに表すことによって、副次的要素に求められるニーズを見直すことになる。

C第四ドメイン(左上)
自動的に、縦軸が副次的要素の作用・効果(たとえば「燃料供給の最適化」)になり、横軸が主要素(たとえば「エンジン」)になる。副次的要素に求められる作用・効果(ニーズ)と、自動車に本来、不可欠な主要素との係わりがマトリクスには表れる。

実際に、スイッチング電源の重要技術と目されている同期整流回路技術について、フリーゾーンマップを作成してみた。期限切れを含めた先行特許を上記の四つのドメイン@〜Cにプロットした(図4)。
この例では、XY軸の交点近傍の特許情報は、1960年代から1970年代の米国特許である。XY軸の原点から外側に向かうに従って、年代も2000年代に近づいている。

このフリーゾーンマップによれば、次のようなことがわかる。

@過去に効力を失った20年以上昔の技術と最新の技術との関連がわかる。
A全体の中で、いま取り組んでいる技術の位置づけと重要性がわかる。
B過去の技術変遷の中で消えた技術(もしかすると今なら実現できるかもしれない)や可能性がわかる。
C特許上でのフリーゾーンやアンタッチャブルゾーンも見えてくる。

つまり、フリーゾーンマップは、単に死んだ特許の墓場を示すものではない。他人の特許権に邪魔されることなく技術者の夢を自由に膨らませて、自分の着想や思いを実現し、社会の役に立つという技術者の思いを支援する地図になる。技術者にとって、特許出願は第一に大事なことではなく、自分の思いを社会に役立てるのが第一だからである。


これからのチエづくり


モノづくりをする。同時にチエが生まれる。だから誰にでも発明のチャンスがある。そのチエを特許に育てて財産価値を持たせるためには、猛烈なエネルギーが必要だ。そのコストをかけてまでも財産として活用する意味があるか、その価値評価が重要である。価値ありとするのなら、チエに相応のコストをかけて大事に育てて権利化する。

最近はコストを意識しないで「知財」の重要性だけが強調されている。モノづくりを志すのだから、技術者や企業人は無駄なコストをかけて平気に済ませてはいけない。特許バブルに直面しても、技術する本質を見失ってはいけないのである。パテント・ファーストの概念も、価値のない単発的な発明を事前にスクリーニングし、企業活動として戦略的に組み込んだ価値設定した発明だけを選択して出願する道具立てである。大風呂敷を広げることで無用なコストの発生を抑える工夫である。

だれでも自分の発明は大事に思う。今までの筆者らのACTASの経験でも特許取得を安易にとらえがちである。しかし、特許庁も厳格に審査をする。反面、技術者には審査レベルを厳密に研究する時間がない。だから、安易に出願するという無駄コストの発生要因は早期に摘んでおく必要がある。


ここから学ぶ


フリーゾーンマップには主としてすでに20年以上を経た昔の技術がプロットされている。個々の技術の移り変わりを見てみると、大きな技術の変化が見える。往々にして技術者は目先を急ぐので視野が狭くなりがちだ。高速道路をハイスピードで走ると視野が狭くなるのに似ている。昔は、製品開発には十分な時間が与えられた。今はゆとりを持って周りを見まわすことができなくなっている。

自分が着想した思いを実現して社会に提供することが技術者の夢だ。新たな価値が技術者の創造から生まれる。

特許情報は、蓄積したデータ量が膨大である。20年前のデータは容易に手に入る。このような特許情報を技術者が使いやすいように加工する。加工された特許情報を技術者が使って夢の実現を図る。そんな、特許情報を加工して技術者をサポートすることが必要な時代になってきた。




【参考文献】
1)日本知的財産協会、知的財産の経済性評価、2000。
2)財団法人知的財産研究所、特許経済モデル(特許経済学〉に関する調査研究報告書、2000。
3)中島隆、技術者のための戦略的パテントの心得55、日刊工業新聞社、2001。

R&D支援サービス ACTAS(アクタス) ご紹介
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