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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第16回】特許情報をどう加工して利用するか
     −技術者の目で特許の価値を考えてみようA−
     <フリーゾーンマップとは、どういうものであれば良いのか?>


"マインスイーパ"というゲームがある。パソコンのアクセサリに入っている。Mineは名詞で「地雷」、sweepは動詞で「掃除する」と言う意味を表す。

直訳すれば「地雷撤去(する人)」のゲームである。つまり、ある領域について、手がかりをもとに地雷のないフリーな部分を明らかにして、地雷がある危険な場所にフラグを立てる。単純なゲームだが、シンプルなだけに、ついついハマってしまった人も多いだろう。

このゲームのおもしろさは、ある領域を「フリーな部分」と「地雷の部分」とに分別できたときの、少しオーバーだが"達成感"である。まったくフリーなポイントに当たったときには、その付近のフリーエリアがパアッと、オープンシーのごとく開かれる。そして、"この辺りには地雷がN個あるぞ!"というヒントに従って地雷のあるポイントに目印をつけていく。うっかり地雷ポイントを開けてしまったら、ゲームオーバーである(図1)。
特許情報もよく地雷に例えられる。

自分では安心だと思っていた技術や製品が、実は他人の特許権という地雷を踏んでいた、つまり、侵害していたという場合である。

モノづくりが中国へ移行した今、残るはチエづくりだけだといわんばかりに、特許や商標、意匠などの知的財産に注目が集まっている。しかし、わが国だけで年間、40万件もの発明が出願され、12万件もの特許権が生まれているのだ。自分と同じようなことを考えている人がいてもおかしくはないのである。


だから、みんなが困っている。


特許侵害を平気でやれる時代ではない。プロパテントの影響を受けて、特許権を持っている側の保護が重視されている。損害賠償額は高額になる一方だし、侵害の立証責任は訴えられた方(侵害、侵した方)に移る。特許侵害すれば、莫大な損害賠償と時間の損失を来たし、会社をつぶす。だから、特許侵害は避けたいのだ。

しかし、何しろ、昨年一年間(2002年)だけで11万7千件もの特許が登録され、今年も4カ月にならないのにすでに3万7千件もの特許が登録されている。だから、製品開発段階では、侵害防止を目的とした特許調査がツキ物である。

そこで、特許を調べるとボウにも当たるだろう。開発の前段階から調べておけばいいのだが、対策が遅れれば遅れるほど、失意とロスタイム、異常コストが大きく膨らむ。技術が高度に先端化していても、特許調査に人月コスト(1人当たりのコスト)が100〜150万円もする技術者を常時、特許に貼り付ける訳には行かないのである。

侵害の可能性を"知らぬが仏"では済まされない時代だ。努力をしていても不用意に特許権を侵害してしまうこともあるだろう。製品をトラブルなく開発する実際の技術のむずかしさよりも、製品をトラブルなく開発する特許問題のむずかしさのほうが厄介だという、ヘンな時代がきているのである。


特許にも寿命がある


こうなると、本来は産業育成のための特許制度が、かえって技術者の夢を邪魔する壁にもなりかねない。特許制度は、産業の育成と発明の保護をバランスさせる国家の制度だから公平の見地が大事になる。

だから、特許権の寿命を国が法で定める。基本的に出願から20年間が特許権の寿命である。それ以後は、どんなに優れている発明でも独占権を消滅させる。独占権が消滅すれば誰でもが自由に実施できるようになる。今まで先発明主義だった米国、最近、特許の寿命を20年に改正したので、これが世界的に共通なルールになりつつある。


図2は、同期整流回路の原型ともいえる古い米国特許の例である。太陽電池や燃料電池のような低電圧電源から直流電源を得る場合、チョッパやスイッチングなどで低電圧DC入力をACに変換し、トランスで昇圧したのち、ACを整流して必要なDC出力電圧を作り出す。ハネウェルの技術者は、効率を最大にするためには、入力と出力の間に組み込む損失分になる回路要素を極力減らすことが必要だと考え、トランスニ次側のダイオードの代わりにトランジスタを用いることで飽和電圧を下げ、高効率化を図ったものである。

この発明は1964年5月に出願されて1967年4月には特許(3,313,996)を取得している。この当時、米国では特許登録後は17年間が寿命とされていたので、もちろんすでに特許権は消滅している。

このように、寿命が尽きるころになってから特許が価値を生むようなケースが案外に多い。これは特許の寿命を20年と決めた妙といえるだろう。死して皮を残すではないが、同期整流回路はCPUの駆動電圧が1V程度にまで低電圧化してきた最近では重要性が高くなっている。

しかも、特許を取得してからの年が経るほど、特許権を維持する特許料(年金)を高額にすることでハードルを高め、途中で放棄させるように工夫をしている。


40年を経て、いまの登録特許は…


ハネウェルの発明は1964年に出願されている。特許の寿命は20年だから、ハネウェルから約40年、特許でいうと二世代を経たいま、どんな発明が特許になっているのだろうか。
図3は、ハネウェルと同じようにトランスの中間タップを使う同期整流回路の最近の登録特許の例を示している。この40年の間にバイポーラトランジスタがMOSFETに変わっている。しかも、技術者の観点は、ハネウェルが整流回路の主回路要素である整流ダイオードのロス低減であったのに対して、最近では主回路要素としてのMOSFETに副次的に寄生するボディダイオードに伴う損失の低減へと視点が移っている。

この特許発明では図3(A)に示すようにMOSFET94を設け、インダクタ48の電流をMOSFET94に流すことで主回路要素であるMOSFET38と40のボディダイオードに電流が流れないようにしている。なお、この特許発明(P3374836)は1999年9月の特許出願が分割されたもので、当初の公開特許(P2001-86750)の段階では、図3(B)の回路も技術的思想に含ませるという工夫をしている。

話は変わるが、特許侵害の可能性が出てきたときには、最初に特許権が実際に生きているかどうかを確かめよう。20年の寿命が尽きて権利が既に消滅している場合や、寿命はまだあるはずなのに料金不納などで特許権が消滅しているという場合もある。特許権が生きているとしても簡単にはあきらめない。特許権に抵触しないように設計変更する回避策を考えてみよう。法定実施権があるかもしれないし、クロスライセンシングを考えることもできる。

それでもダメな場合には、異議申立てや無効審判請求によって相手側の権利をなきものにする。少し古いが2001年の異議申立ては約4300件もあり、そのうちの約1300件で申立てが成立している。約3割は特許権が潰れる。無効審判の請求は283件であり、138件で申立てが成立し、ここでは約5割の特許が無効になっている。
こうして、毎年、1500件程度の特許がなかったものになっているのである。当然、権利がなかったものになるのであるから、その後は自由に実施することができるのである。


同時期の同期整流回路の例で
図4は、米国Ericsson社の同期整流回路(優先日1999年11月)である。(A)は米国特許6,188,592"Externally-driven scheme for synchronous rectification"(2001年2月特許)のフロントページの回路である。この発明では小さなMOSFET(SQ3、SQ4)をMOS-FET(SQ1、SQ2)の駆動回路52として追加している。(B)は、この米国特許出願を優先権の基礎とし、国際出願(PCT)のルートで日本に入った公表特許(P2003-513606)のフロントページの回路である。この公表特許のフロントページでは、フルブリッジの回路例が示されている。

この例では、Ericsson社は、米国で特許は取ったが、日本ではまだ特許を取っていない。日本で特許権を取るためには、出願から3力年以内*に特許庁に対して審査請求をしないとならない。審査をパスして登録しないと特許権は発生しない。

この間に審査請求がない場合には、出願は取下げたものとみなされる。審査請求されずに取り下げられてしまえば、だれでも、その発明を自由に使うことができる。しかも、だれも、その発明について特許権を取ることはできない。さらに、取り下げられた発明の公開(公・表)特許公報の明細書や図面に記載されている発明に基づいて容易に創作できる範囲についても、もはや特許権を取ることができなくなる。取り下げられた発明の周りにも、進歩性の範囲で、特許権が生まれない領域ができる。そこは、だれでも自由に実施することができる。出願しても意味のない領域である。防衛出願といわれるものである。


ここから学ぶこと


いま多くの技術者が特許に目を向けている。特許が重要な企業資源のひとつとして注目され始めてから、他社から妨害されずに自社の事業推進を円滑に進めるために、あるいは、特許ライセンシングで収益を上げるために、いろいろな角度から技術者が特許に取り組み始めている。

ここでは、常に自分の特許権と他人の特許権を対抗関係としてとらえている。権利は獲得して行使するものであり、自分の反対側には他人が位置し、どちらかが動けば相手も動くという闘争的パワーゲームの構図である。ゲームのルールの一つは、特許制度に盛り込まれているいろいろな時間的ルールである。出願からはじまり、公開、審査請求、登録、異議申立、そして、存続期間まで、時期的要件を細かく定めている。

しかし、この辺で、特許権によるパワーゲームを離れ、技術者の目で特許の真の価値を考えてみてはどうか。パワーゲームとしての特許とは別に、特許権を主張もしなければ特許権によって阻害されることもないフリーゾーンを調べてみてはどうか。同業同士が競いあって膨大な特許コストを失い、実際には空虚な特許権を争い合うとしたら、第三のパワーポリティクス企業に格好の漁夫の利を提供するだけである。それよりも、パワーゲームを知った上で、その対極に、フリーゾーンを考えるのも有益である。ここに、「ブリーゾーンマップとは、どういうものであれば良いのか」の解がある。

@特許権に邪魔されない自由実施ゾ一ン
A特許が成立しない将来も自由なゾーン
B特許を出す必要のない出願無価値ゾーン
C邪魔な特許をなくすことができる無効化ゾーン
 

こうしたフリーゾーンをマップに書くことができれば、費用と時間の無駄をなくし、本当に大事な部分に集中して資源を投下することができる。

このようなフリーゾーンマップができると、結果的に、各種の技術の成熟過程を読み解くこともできるのではなだろうか。技術の進歩が主要素から始まり、主要素の向上から副次的な構成の改良に移り、主要素の一段上の改良に移行するという技術のスパイラルが見えるのではないだろうか。

*注2001年9月30日以前の特許出願では審査請求期間が7年間と長かった。

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