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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第14回】特許情報をどう加工して利用するか 
     −特許情報を調理してみようD−
     <材料は同じでも料理は口に合わせて>

浅草の名物は雷門に仲見世。羽子板、お土産物、江戸細工、そして、雷門の雷おこし。間口1間弱のお店が数十軒、長屋のように軒を連ねた様は見ごたえがある。観光客がガイドさんに誘われて、あわただしく線香の煙を体に掬い寄せ、浅草寺にお参りする東京の"名所"である。

東京駅の名物は新装なった丸ビル。丸の内界隈も、最近、異常に活気づいている。品川のオフィス街についで、シオドメが第一等の有名企業の集まる超現代的な表通りになっている。

一方の浅草には、老舗や専門店が集まり、少し気楽な大衆やオジサン・オバサンが集まる。裏通りのぬくもりである。仲見世の路地裏にこそ、ツウが知ってる生醤油のせんべい屋や、ちょっとうるさい呑み屋がある。他方の丸の内には、ミラノコレクションやカフェが集まり、少し洒落たビジネスマンやキャリアが集まる。表通りの華である。丸の内のビル街にこそ、世界No.1を誇る有名ブティックや、イタリアンファッションがあふれている。

丸の内と浅草の対比が、大企業と中堅企業の対比に相応しいかは議論があるだろう(図1)。

しかし、大企業の場合には中・長期単位の仕込みを通じてスケールの大きな収益をねらう。その道具に知的財産を駆使するのは的を得ている。これに対して、中堅企業の場合にはキャッシュフローを重視する。確実な事業の推進が身上になるだろう。そこでは、特許の出願が常に賢者の道とは限らないのではないだろうか。


大企業は出願に慣れて・・・


いま、知的財産が一大ブームのようになっている。技術者が創造した発明は出願されて初めて特許になる。特許の財産価値が重視され、『知財』が企業の新たな経営資源として脚光を浴びている。しかし、大抵これは大量の特許出願が日常化している大企業の話だ。経済新聞が騒ぐ『知財』は、多くの中小企業にとって無縁なものではないのだろうか。

大企業は、とにかくスケールが大きい。守衛さんがいて、働いている人数も多い。敷地や建屋も大きく、動く資金も大きい。一つの事業の単位も大きく、それだけに、事業開拓には長大なプランで先行投資をする。畢竟、金をかけて社員教育を行い、特許にも多大な先行投資をすることになる。

ちなみに、わが国を代表する大企業(メーカー)20社について、2000年出願の特許情報に基づいて各社の得意分野と、発明者の傾向を調べてみた1)。従業員数は数千人から数万人(トヨタ自動車では6万人越え)であり、年間の出願件数は数百件から数千件(トヨタ自動車では約3千件)の範囲である。大よその話だが、従業員10人につき年間の特許出願1〜2件という荒っぽい数字になる。なぜ、大企業の出願が断然に多いのだろうか。


中堅企業は不慣れで・・・


中堅企業にも、この知財「10人1出願」説は通用するだろうか。

一説によれば、わが国を支える中小企業の製造業2)は約30万社である。600万人もの人々が中堅どころで働いている。その割には中小企業からの特許出願は極めて少なく、微々たるものである。「10人1出願」説に則れば、中小企業からは年間60万件もの特許出願が出るはずではないか。

多くの中堅企業は専業で生きている。何かにエキスパタイズしていないと中堅企業は生き残れない。中堅企業は、競合他社が安易に乗り出してこれない独自の市場を大事にして、その企業の得意な分野で生きる。だから、自社の地盤を競合他社から守ることができれば、何も特許に金をかけることはない。

中堅企業はマイナーな良さが強みであり、大企業にない特徴をもっている。だが、仮にニッチな市場だからといって、本当に特許に無防備でよいのだろうか。あるいは、大企業との比例関係とまでは言わずとも、それなりに特許にも力を注ぐべきなのだろうか。

本当は中堅に相応しい特許戦略のシナリオがあるのではないだろうか。そして、中堅企業発の特許情報にこそ、現場で取組む技術の面白さ、面白いヒントがあるのではないだろうか。そこで、昨年末に特許公開された具体例から中堅企業の出願内容を見てみよう。


(1)異業種だからユニークな着想


取組む技術テーマが決まっている大企業の技術者から見ると、自由なテーマでの自由な発想は、大変に不思議なことなのである。

中堅企業の中には、誰でもが直面する当たり前の厄介さを特許出願に結びつけている企業がある。ベッド用のディスプレイテーブル(P2002-355127)もそのようだ。

ベッドに寝た状態でパソコンを操作できれば、病人でなくても、大変に便利である。特に、液晶ディスプレイは重さが数kgもあり、ベッドの横か枕もとに置かざるを得なかった。そのため、上半身を起こしたり、無理な姿勢をとらなくてはならない。

この発明は図2に示すようなディスプレイ専用のテーブルである。ディスプレイをガラス板の上にひっくり返して置く。そうすることで、ベッドの上に仰向けに寝たまま、テーブルの下からディスプレイの画面を見ることができる。

まだまだ、いろいろな改良や発想の転換ができそうである。厄介な課題があるところに発明が生まれ、新しい商品が育ってビジネスが発展する。そんな例になるといい。



(2)その分野での技術書が取組む



大企業が参入できない分野では、中堅企業が永年かけて蓄えたノウハウと玄人のチエが光る。

得意な分野で技術力を活かし、特許出願に結びつけている企業がある。イカ釣り機で四半世紀を超える長い歴史をもつ中堅企業が、船の揺れ検出技術(P2002-362479)を生んでいる。

イカ釣り舟では、たくさんの釣り糸を巻き上げ機で操作する。波の影響で船はピッチングやローリングをするが、釣り糸の張り具合が悪いと、せっかくのイカが釣り針から外れたり、巻き取りドラムから釣り糸が外れてしまう。釣ったイカにも傷がつくし、なにかとトラブルの元になって具合が悪い。

この発明は図3に示すように船の揺れを加速度センサで検出し、揺れの速さや量を計算し、釣り糸の巻上げや巻下げの速度を補正するようにした。

その道25年以上というエキスパートだから生み出せた玄人の料理の味である。




(3)面自いことにエネルギーを燃やす


チョッと面白いロボットを使つたゲームやアミューズメント分野などには、新たな参入機会が待っている。

自走式ロボットと無線LANを組み合わせれば、今の世の中では、かなり面白いことをやってのけることができる。レーストラックを自在に走り回るロボットー台一台にLEDを取り付ける。ロボットの動きをCCDカメラで撮像する。本物以上に正確な位置認識と移動指令からダイナミックな動きとスリルが生まれる。高級な制御技術(P2002-351540)があって初めて実現するアミューズメントの世界である。

数台のロボットがトラックで激しく競いあう。接近したロボット同士は、どれがどれだか判別が困難になる。かといって、絶えずロボットのLEDを追いかけ、監視するのも大変である。レーストラックのロボットレースでは、正確な位置検出と移動制御が不可欠なのである。

この発明は図4に示すようにロボットー台一台に無線LANを載せる。システムコントローラとロボットの間を無線LANで結び、信号をやり取りしてLEDのRGB信号や点灯タイミングなどから、どのロボットがどこにいるか、どんな動きをしているか、二次元画像情報に取り込む。正確に個体を識別し、目標に向かってロボットの位置や速度を制御するのである。



中堅企業には、それなりの


中堅企業には大企業とは違った企業戦略がありそうである。

中堅企業は柔軟さの中に身の丈サイズのノウハウを活かし、独自のジャンルを開拓している。だから、大企業がするように特許出願を日常的作業に組み入れる必要はないのかもしれない。現実的にも「10人1出願」説とは大きな距離がある。

ただし、他社の特許権だけは絶対に侵害してはならない。侵害は企業の命運を左右する。自社が保有する有力な特許権が少ないだけに薄着なのだ。攻撃を受ければ命に響く。それだけに、相手企業の動向を常日頃から監視し、よく知っておくことは極めて重要だ。
自社を取り巻く特許情報は調べておくべきである。

では、中堅企業に『知財』の話は適用されないのだろうか。特許出願をするくらいなら、ノウハウとして秘匿しておく方が本当にマシなのだろうか。
大企業の経験豊富なパテントエンジニアでさえ、特許出願の段階では実際の価値がまだ定まらないことが多いそうである。そのような価値がわからない特許出願に中堅企業が多額の先行投資をぞきるものだろうか。そもそも、中堅企業にとって知的財産は利用価値があるのだろうか?

世情の知的財産ブームは、まだまだ中堅企業のところへは至っていない。中堅企業にふさわしい特許活動には、まだ日が当たっていない。そろそろ、官民が協力して技術者の知的好奇心を活性化する中堅企業にふさわしい特許活動を考える時期にきているのではないだろうか。


ここから学ぶこと


大事なことは人の権利を侵害しないことである。そのためには、自分の身の回りの他人の特許権はキチンと調べておくべきである。他人の価値を正しく評価できる力が大事になる。他人の特許情報からチエを学ぶ。その"評価する"、" 学ぶ"姿勢が中堅企業の技術者をシャープにする。他人の邪魔をしないどころか、独自のノウハウをフル活用して、自分たちの道を切り拓いていく。

そして、中堅企業には中堅企業なりのしたたかな戦略があるだろう。単純に大企業の人まねで出願奨励をするのではなく、あえて特許出願を出さないという選択肢も、大事な戦略に違いない。そのためには、見極めるための確かな"目"が必要になる。冷静に、自分の置かれている状況を判断するためである。その意味では、戦略的出願をする場合に、競合相手のことをよく調べておくことと同じである。言い換えれば、戦略的出願ができる人は、あえて出さない戦略も立てられるはずである。

このことは、過去の特許情報を整理してみると、フリーゾーンマップが描けるのではないかという仮説を生む。どこの技術領域には出願をする必要がないというフリーゾーンが描けるのではないだろうか。このフリーゾーンは、見方によっては自由実施領域を示し、特許出願の無用を示すものかもしれない。あるいは、技術の変遷を特許情報で体系化する一大絵巻になるのかもしれない。

次号では、私たちが考えるフリーゾーンマップを取り上げてみよう。

注1) 特許情報から見た《企業シリーズ》CDブック、プロパテント時代の特許強化、ネオテクノロジー(2002)から
注2) 常用雇用者300人以下、または資本金3億円以下の会社。個人事業者は含まない。2002年版中小企業白書、中小企業庁(2002)から

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