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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第13回】特許情報をどう加工して利用するか 
     −特許情報を調理してみようC−
     <特許情報からユニークな中堅企業を探る>

"venture"という言葉を辞書で調べてみた。名詞的用法では冒険、冒険的事業、おもわく、投機、やまなどがある。ビジネス上でのいわゆるベンチャー、つまり、損失の危険を冒して行う商売上の企てのことである。語源は"adventure"と同じく、危険を省みず行うスリルにみちた行為を表す。また、動詞的用法としては、(財産・生命など)を危険にさらす、かける、思い切って…する、危険を冒して…するなど。

"Nothing venture,nothing have"は「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という格言に訳されている。

いわゆるベンチャー企業というと、研究開発型ベンチャー企業や、新分野展開など(創業、異業種への進出、新製品、新商品の開発、高付加価値化、販路の拡大など)を目指す活力ある企業(中小を含む)ことをいうようだ。

その背景としては、景気が停滞し産業構造の変革を早急に求められている日本経済がある。今後の経済の活力を高め、新たな雇用機会を創出するような新分野のパイオニアとして、ベンチャー企業をはじめとした中堅中小企業が期待されている。われらの救世主としてベンチャー企業が注目され、経済社会の発展というお題目のもと、官民の各機関・団体などがこぞって支援を実施している。

しかし、「思い切って行う、危険を冒して行う」という本来のベンチャー精神そのものが、今の日本には欠けているのではないだろうか。いまは、企業が生き残っていくには非常に厳しい時代である。政治、経済、消費だけでなく、モノづくりまでもが守りに入って萎縮しているのではないだろうか。「そんなことはない!」と胸を張って反論できる人が何人いるだろうか。

今回は、特許情報からユニークで元気な中堅企業を探ってみよう。特許情報には、出願により権利と利益を勝ち取ろうという企業の思惑が表れる。規模の大小、法人個人を問わず、同じ特許という土俵の上で戦いを挑む。そこで権利を取ることができれば、利益の独占権が公に与えられる。ただし、出願後1年半経つと公開されてライバル企業に知られてしまうというリスクは覚悟の上だ。そのリスクを冒してまでも、ビジネスチャンスを求めて思い切って出願するのだ(図1)。






ノイズ情報は宝の山


前回に引き続き、今回も液晶ディスプレイに関する特許情報を用いてみよう。最近1カ月分だけでも、900件以上も関連特許が公開されている。出願料が1件につき約2万円かかるのだから、かなりの金額が動いていることになる。言い換えれば、お金をかけて特許出願する価値があるということである。まず、この中からあえて大企業や専業企業以外の出願を抜き出す。出願人で見ればいいのだから、タイトルリストをざっと見れば900件以上で5分で済んでしまう。こうしてタイトルを見るだけでも、液晶ディスプレイの場合、ほとんどが大企業の出願ということがわかる。また、異分野の企業も見つけたり意外な発見もある。最終的には、個人も含めて約80件を抜き出した。

さて、特許情報を見るときには、大量情報を扱うからか、主要なものを抜き出そうとする。"直接的には関係はないけれど参考になるもの"や、"主流でないもの"は、まずはノイズとして落としてしまう。ついつい技術的な内容に入ってしまいがちである。

ここでは、出願人という"ふるい"にかけて主流以外のものに目を向ける。今までふるい落とされていたノイズ情報を母集団として特許情報を見てみる。すると、液晶ディスプレイ産業を支えるすそ野の技術、独自の技術を活かした工夫が浮かび上がってくる。


中堅企業の挑戦


(1)具体例1

東京のA社は、プリント基板用の露光装置の開発や電子デバイスの自動計測、検査評価システム、自動化装置などを手がける従業員数約230名の企業である。

いまは液晶表示パネルLCDの高精細化がすすみ、液晶基板の回路パターンの線幅やピッチが猛烈に狭くなっている。そこで、パターンのショートや断線をチェックするプローブ検査が欠かせない。しかし、実際問題としてわずかな位置ずれでもプローブがパターンと接触せず、安定な検査ができない。

そこで、パターンの先を鍵の手状にL字型に延出させ、プローブから見ればまるでパターン幅が広がったようにする工夫を加えている(P2002-277848)(図2)。


このA社は、クライアントとの仕様検討と未来を見据えたマーケティング・リサーチ、工場生産での実際のエンジニアリングとして技術者によるつくり込みによって、クライアントのニーズに応える製品開発、マーケット・ニーズを先取りする製品の開発を行っている。

(2)具体例2

液晶ディスプレイは自分では発光しない。そこで、背面光源としてバックライトが必要になる。液晶にはバックライトが欠かせず、液晶ディスプレイの重要技術はバックライトであるといっても過言ではない。バックライトは極細の蛍光灯とクサビ型のアクリル導光板を組み合わせる。導光板から出た平面光はプリズムシートによって強度分布が液晶全面を均等に照らすようにする。

しかし、蛍光灯の近くは温度が80〜90℃にもなるのでアクリル樹脂製の光拡散シートが熱によって変形してしまい、表示画面に輝度ムラが生じる。そこでガラスビーズなどの無機微粒子を分散させて耐熱性を高める工夫などがされてはいるが、無機微粒子とバインダーとの密着が不十分で界面に微小な隙間ができ、強度や光線の透過率が低くなるという新たな問題が生じていた。

大阪市の従業員数が約300名のK社は、光拡散シートの内部に分散させる無機超微粒子としてコロイダルシリカを用い、アルコシ基を含有させる。こうして樹脂と超微粒子との親和性を高め、透明性を持たせながら耐熱性を高め、熱による変形を抑える工夫をしている(P2002-258012)(図3)。


(3)具体例3


液晶ディスプレイでは2枚のガラス板の間にスペーサを挟んで液晶を毛細管現象によってギャップに注入して封入する。このとき、基板間のギャップを所定の範囲に抑えることが安定な液晶表示には欠かせない。

ところが、基板の間に液晶を注入すると、基板間のギャップが許容値に納まらず、広くなってしまう場合がある。その状態で液晶封入孔を封止すると特性の劣ったLCDができてしまう。

そこで、東京の液晶セル形成技術の専門メーカーR社は、液晶パネルに液晶を注入した後、加圧室の中で基板面を気体によって押し、ギャップを調整して封止することを以前に考えた。今度は、その技術を具体的に発展させ、エアークッションを用いて、エアークッションと容器を併用し、気体圧力の調整で液晶パネルへの押圧を調整し、ギャップを調整しながら液晶注入孔を封止する液晶注入孔封止装置の工夫を行っている(P2002-250927)(図4)。



このようにエアークッションを用いれば作業が容易になり、液晶封入パネルの全面にわたって気体圧で押しながらギャップ調整ができ、気体圧で調整しながら封止孔を閉じることができる。


老舗も負けてはいられない


このような比較的企業規模の小さい中堅企業のダイナミックな新しい商品作りの挑戦に対して、老舗も独自の技術や育ててきた市場や信用基盤を大切にして、付加価値の高い製品開発に努めている。

大型化、高精細化していく液晶パネルの製造工程では、ゴミや化学物質による汚れが液晶表示の欠陥の原因となる。そこでは純水や超音波、ロールブラシなどを使用した清浄装置が製造ラインに用いられている。そのような自社市場の特性を活かして、横浜市の老舗の製造装置メーカーS社は液晶表示パネルやPDPの基板端子部分を清浄クロスで清浄にする清浄機械を工夫している(P2002-254039)。

LCDやPDPが実装された基板の端子部分にはタブやコネクタ、フレキシブル基板などが接続される。これらの端子部分の清浄化は表示ディスプレイパネルを安定に駆動するためには欠かせない。そこで、端子部分をクロスで拭いて清浄にする自動清浄化装置が必要になるが、従来の簡単なディスプレイパネルの場合には端子部分は基板の一方の面に設けられていた。しかし、最近のディスプレイパネルでは、基板の両面に端子部分が設けられている。

そこで、一方の清浄体で上面の端子を清浄にし、他方の清浄体で下面の端子を清浄にする構造を工夫した。均一な加圧力で清浄するとともにムラなく端子部分を清浄にする(図5)。


ここから何を学ぶか



(1)現実的な攻め方


今回取り上げた中堅企業の3例は、いずれも独自の考え方による極めて現実的な攻め方に特徴があると言えよう。大きな市場というよりも、どちらかというと、自社の得意技を活かしたニッチな領域を狙っているので、発明が実用新案的ではあるが、切り口はシャープである。ただし、特許出願に不慣れなためか、要約や発明の客体がよく練られておらず、明細書の記載に工夫が必要なようだ。

(2)産業のすそ野が見える
もう一つの特徴は、液晶ディスプレイ産業を支えるすそ野技術の広がりが良くわかることである。中堅企業の良さは、常にアンテナを張りめぐらしてニーズをつかみ、変幻自在に柔軟な対応ができることである。また、そうでないと生き残っていけない。路地裏を走るには、キャデラックよりも、自転車やオートバイの方が小回りがきく。同じような産業にはいつでも参入の機会があり、マーケットは自分たちで切り拓いていく。練磨によってレベルが高まり、競争が技術進歩を生む。

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