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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第12回】特許情報をどう加工して利用するか 
     −特許情報を調理してみようB−
     <特許情報から見た産業連関と新しいビジネスチャンス>
 

今、注目されている技術の一つはディスプレイ技術だろう。連日のように、ディスプレイ関連の記事が新聞紙上を賑わしている。景気の先行きが見えないわが国において、唯一と言っていいほど明るい話題を提供しているこの技術に、注目が集まっている。

先日、横浜でLCDとPDPに関する展示会が開催された。来場者数は3日間で4万6千人を超え、ディスプレイ技術への強い関心を反映している。出展企業はプロセス関連装置から検査・測定・リペア装置、部品・材料・ソフトウェア、関連設備・機器・製品、パネルモジュールまでと多分野にわたり、この技術のすそ野の広さがわかる。

この展示会に毎年出展しているディスプレイ専門の出版社S氏によると、今年は銀行や証券などの金融関係者の姿も目立ったという。また、ある大手旅行会社からは、近年競合相手として台頭してきた中国への視察旅行の企画を持ちかけられたそうだ。ディスプレイに直結している電子関連の産業界だけでなく、直接的には係わりがないような企業でも、ディスプレイ分野を有望な市場と見てビジネス参入のチャンスを探っている。

産業界は、よく、川の流れにたとえられる。原材料メーカのように産業の源(みなもと)に近い産業を川上産業という。川上から下ってエンドユーザーに近いセットメーカーは川下産業と言われる。上流で液晶材料や金属薄膜、ガラス基板などを集めた液晶パネルは、下流でキャビネットに組み込まれてモニタ装置になり、市場から社会に流れ出るというわけである。近時は、これまでの流れに環境対応の3R(re-cycle,re-use,reduce)のような下流から上流に還流するシステムの流れが加わり、新たな産業の連鎖が重視され始めている。ディスプレイと一口に言っても、極めて広い範囲の様々な技術や産業が係わっているのである(図1)。



特許制度は、優れた発明を生んだ企業が、金をかけてまで大事な発明情報を公に発表するという特異な制度である。特許情報には、その特別な性質が遺伝子のように打ち込まれている。この特許情報の特質を利用してディスプレイ技術と、それに係わるすそ野産業の連関を探ってみよう。


なぜ、特許分類なのか


一件一件の特許公報類には、それぞれに国際特許分類(IPC:International Patent Classification)と呼ばれる分類記号が付与されている。IPCは発明の特徴である技術内容を分類する世界共通の分類記号である。世界各国が共通に使用することによって、国際間の特許文献の利用が容易となり、技術交流の促進を図っている。5年ごとに改正があり、現在は第7版が使用されている。


さて、このような特許分類は、必要な特許情報を選び出すのに重宝である。IPCはセクション、クラス、グループの順に階層分けされており、さらに下位にサブを設けて細分化している。IPCを解釈していく際も、大きな区分から小さな区分へと把握していくことが重要であり、発明の内容は大まかにセクションでわかる。

セクションAは農業や食品、医療や健康などを対象にするのでW生活必需品Wと呼ばれている。Bは加工プロセスなどの処理操作の他、自動車などの運輸関連が含まれる。Cは化学や冶金であり、Dは繊維や紙である。Eは、道路や水道、建築物などをW固定構造物Wとしてまとめたセクションである。Fはポンプやエンジン、弁などの機械工学関連と、照明、加熱、空調などが含まれる。我々に縁が強いのはセクションGとHである。GはW物理学Wと呼ばれているが、ここには光関連や、信号制御、演算、記憶などの情報関連が入っている。Hは電気関係であり、ここには回路技術の他に放熱技術やキャビネット機構なども含まれる。

つまり、全世界の人びとが続々と生み出す全産業の全発明を、AからHの8セクションに分類して問題なく丸く収まるように工夫した結果が、この特許分類IPCであり、IPCのすごいところなのである。
このような特別な工夫を盛り込んだIPCだから、単に特許情報の検索に便利であるというだけではなく、そこには、何か特別な使い道が秘められているはずである。その一例として、IPCを用いてディスプレイ産業のすそ野産業の連関を探ってみよう。

発明の技術主題は、実にいろいろな観点から見ることができる。電線一本を例にとって見ても、銅線を見るか、被覆を見るか、形を見るか、材質を見るか、さらには巻線ボビンの形状や端子のはんだ付けを見るか、あるいは、ワイヤクランプを見るかなど、ありとあらゆる観点から電線に関わる発明を見ることができる。

理想的には、一件一件の特許情報について、特許請求の範囲、詳細な説明、図面などから発明の特徴的技術主題が多観点で把握されており、IPC分類表に従って階層的に複数のIPCが付与されているのが望ましい。

しかし実際には、なかなか理想通りにIPCが付与されているとは言い難い。

それでも、特許情報は、兎に角、件数が多いことが味方する。数百件の特許情報を抽出して付与されているIPCを調べてみると、どのような観点で発明が捉えられているのか、見えてくるのである。

強調しておきたいのは、発明の技術主題を多観点で捉えるという特別の機能がIPCには潜んでいるということである。



液晶ディスプレイに係わる産業の広がりを見る


IPCの多観点把握機能を活用して、液晶ディスプレイに係わるすそ野産業の広がりを見てみよう。

最初に行う作業は、液晶ディスプレイに直結する代表的IPCを見つけ出す予備作業である。予備作業だからできるだけ手間を掛けず、数十件程度の特許情報で調べよう。W液晶WとW表示Wの2つの用語で液晶ディスプレイに当たる特許情報を抜き出し、内容がもっとも近いものに共通して付与されているIPCを割り出す。ここではいわゆるW表示パネルWに焦点を当てたので、共通するIPCとしてGO2F1/*、G09F9/*、G09G3/*という3つのIPCを選んだ。

この3つのIPCを用いて2002年9月の公開特許を検索してみる。ヒットしたのは約1,000件である。次の段階では、いよいよ、液晶ディスプレイには、一体、どのような産業が関連してくるのかを探る作業に入ろう。

集めた約1,000件の特許情報について上記の3つのIPC(GO2F1/*、GOF9/*、GO9G3/*)以外のIPCを調べて発生頻度に区分してみる。液晶ディスプレについてのIPCの分散を調べるのである。なお、IPCの分散の多様性は、一つのセクションの中でも何種類のIPCが付与されるかにより、その種類が多い場合には関連も多様であると粗く捉えてみた(表)。

液晶ディスプレイでは、液晶自体がキーマテリアルである。だから、材料関連のCセクションにもっとも多様な特許情報が表れるのは当然である。一例では、液晶ディスプレイのキーマテリアルの開発が新しい液晶材料を生み、窓ガラスに入る光を波長に分けて遮光し、省エネ効率を高めようとする発明(P2002-265945)に発展する(図2)。この他、Cセクションには、光配向膜や光散乱膜、カラーフィルタの製造に関わる高分子重合方法、有機配合物などの化学系素材に関する発明が多く含まれてくる。


素材を加工する加工プロセスを対象にしたBセクションにも多様な産業の係わり合いが表れる。液晶ディスプレイの関わりで注目される印刷技術はカラーフィルタを製造するために利用されるインクジェットプリント技術である(図3)。この他、Bセクションには液晶ディスプレイに欠かせない反射防止フィルムや散乱シートなど、フィルムの加工処理の関連で多様な積層技術を見ることができる。


このように素材や、その加工処理技術に関わる産業は川上産業の典型であり、化学メーカーや材料加工メーカーのジャンルである。

Gセクションには表示装置に関するIPCが含まれており、液晶ディスプレイのホームベースとも言える領域である。液晶ディスプレイは活況を呈しているとはいえ、近年、企業統合や海外連携が進み、国際戦争の色合いを濃くしている。そのため、高画質と同時に低価格が重要になっており、バックライトや光学シートの位置決めの高精度化など、特許による高付加価値が、企業戦略の重要なカギになっている(図4)。このGセクションは、表示パネル以外にプリズムや光学フィルタなどを多く含むので、液晶に関連する技術や産業を探る場合には重要なIPCでもある。


Fセクションは、光源や光ガイドなどが液晶ディスプレイに関わってくる。

Hセクションは、液晶ディスプレイのドライブ技術だけでなく、TFT半導体技術やアクティブマトリックス関連の他、EL関連、PCや携帯端末、テレビモニタ関連など、多様な電子技術が係わっている(図5)。

このようにIPCを用いると、川上から川下まで広がる様々な企業の係わりを具体的に知ることができるのである。


lPCから関連産業のニーズや次世代の予備軍を読む



ここでチョッと注目しておきたいのは、特許情報の明細書には【発明が解決しようとする課題】と特に項を設けて、その業界が直面するニーズを説明するようにしている点である。これは、たとえば液晶ディスプレイに関して、関連企業やすそ野企業が網羅できるだけでなく、それぞれ、川上、川下の各産業が抱えている技術的課題を把握できることを意味している。つまり、CセクションやBセクションに表れる川上産業の特許情報には、川上産業しかわからないニーズが表れており、同じように、GセクションやHセクションに表れる川下産業の特許情報には、川下産業しかわからないニーズが表れている。

さらに、こうしてIPCから関連産業の広がりを調べてみると、結果的に、液晶ディスプレイにはどのような技術や産業が直接に係わり、また、どのような技術や産業が間接的に係わっているかを知ることができる。たとえば、液晶ディスプレイに直接に係わるIPCからフィルムシートの積層技術(B32B7/)に係わる技術や企業を知るだけでなく、積層技術に関連してインクリボンに使われている転写技術(B41M5/)の重要性を知り、そこから次世代ディスプレイの予備軍となる産業や技術リソースを調べることができるのである(図6)。


ここから学ぶこと



特許情報を集めてみると、多様な素材や技術が複雑に入りまじって、液晶ディスプレイに係わるさまざまな産業や技術のすそ野の広がりを見ることができる。通常、世間で知られているW産業連関Wはマクロに貿易の輸出入から産業の連関性を見るものである。

これとは異なるアプローチで、私たちが提唱するW特許情報から見た産業連関Wは、特許情報というデータの特異性に基づいて、様々な具体的企業の係わり合いを調べるものであり、新しいビジネスチャンスを生み出すヒントになるだろう。

特許情報を見てみると、明細書の詳細な説明欄には発明が生まれる前提や生まれた結果が書かれている。そこから、その分野の技術者が何を課題として認識していたかを知ることができ、何を実現しようとしていたのかも学ぶことができる。

さらに、特許分類を見てみると、新たに市場に参入するときに役立つ、いくつものヒントが読み取れることに気づくだろう。

特許情報を活用して研究開発の将来市場を読んでおく。営業活動の前に客先企業の将来性を読んでおく。そして、自社が持っているお家芸をニーズに合わせて提供する。このように客先にメッセージを提示してみてはどうだろうか。さらに特許情報の発明者から、相手企業のキーマンも知ることができる。こんなに心強いマーケティングツールはないのではないだろうか。


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