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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第10回】特許情報をどう加工して利用するか 
     −特許情報を調理してみよう@−
     <導入編:情報という名の道具を使おう>
 

「人、モノ、金、時、情報」のうちで、近年、ダントツに重要性を増しているのは「情報」であろう。インターネットを使えば、居ながらにして、早く、簡単に、しかも安く、欲しい情報を手に入れることができる。時間短縮や経費削減ができる。それ以上に、今までにない斬新なサービスが次々に生まれている。おかげで、急な出張でも航空券を簡単に手配でき、代金もクレジットカードで決済できる。一昔前は一泊だった東京〜九州間が日帰りになった。その反面、中洲が遠のき、楽しみが減った。出張の合間に息抜きするどころではなく、休む間も携帯電話が追いかけてくる。ユトリのない殺風景な時代である。

P.F.ドラッガーの「ネクスト・ソサエティ」1)は今年のベストセラーの一つになるであろうが、情報についてこう述べている。「情報という道具の使い手にならなければならない。情報を仕事の道具として見なくてはならない」。また、「いつ必要か、誰から得るか、そして自分はどのような情報を出さなければならないかという根本的な問題」であると。

特許情報も情報の一つ。しかも、法的な権利情報としての意味だけでなく、技術情報としての価値が高い科学技術情報でもある。しかも、技術者の知恵だけでなく、企業間の激しい覇権争いも見える。


情報の加工は食材の調理に通じる


特許情報の使い手になるためには、まず、どんな結果を得たいのか、自分で目的を明確にしておく必要がある。献立と同じで、最初に情報加工の目的をハッキリさせよう。

次には、使う情報を選ぶ。特許情報やマーケット情報、経済情報、技術文献など、情報の特性を良く知った上で、どの情報を使うかを決めることが大事である。旨い料理には新鮮で良質な食材が欠かせないように、情報を加工して存分に使いこなすためには、最適な情報を選びたい。

どんな情報を使うかが決まれば、次に、情報加工の前座作業に進む。食材を下ごしらえして調理するのと同じで、情報も調理も加工の段取りが悪いとゴチャゴチャになる。だから、調理に入る前に食材を水洗いして泥を落とし、包丁を入れて下ごしらえをしておく。情報も同じで、明らかなノイズを除去した上で分類などをしておく。

情報を加工するのは食材を調理するのと同じで、情報の最高の使い手は、最高のシェフである。つまり、情報や食材がもっている持ち味を最大限に引き出すのがポイントである。

くれぐれも、料理することや情報を加工することが目的ではなく、でき上がった料理や解析結果をいかに味わい、解説するかという評価・分析が大事なのである(図1)。

これから数回の連載では…


今までの連載では、先人の知恵の結晶である特許情報から着想や発想のヒントを抜き出し、それを新しい発明に活かすことを主眼に、特許情報の利用について考えてきた。

たとえば、明細書に使われている言葉に着目してヒント語を集めたり、個々の明細書の論理をタタキ台にして課題系統図をまとめ、ノード(節)を見直して新たな着想を引き出そうとする例である。これらの方法論は、どちらかというと、一件一件の特許情報に盛り込まれた技術的内容に目をつけて、技術者がそこに踏み込み、明細書から得たチエを素材に用いて新たな着想に利用しようという「素材重視型」の技術者向けツールである。

これに対して、これから数回にわたって取り組む一連のシリーズでは、いわゆる量的分析に目を向けてみる。少しマクロな視点から特許情報を見て、客観的に特許情報を利用する方法論を考えてみたい。

最近は、パソコンソフト使えば、大量の特許データを統計処理して特許マップを簡単に描くことができる。特許情報には重要なものやホワイトノイズのような雑多なものが玉石混交に混じっている。ともすれば、目先にある個々の変化や一寸した特徴に目を奪われがちである。しかし、一群の特許情報を束にして数値に平均化して表せば、一件一件のスパイクノイズが消えて全体を客観的に見渡せる有意義なデータになる。



特に面白いのは発明者マップ



マクロな視点で特許情報を見る方法の一つの例に、発明者解析というやり方がある。特許情報に表れる発明者データを加工すれば、知的生産性の高い企業では、発明者がどのように弟子を育て、テーマを広げているか、どのようなグループワーキングを展開しているかを学ぶことができる。

特許公開公報などには、出瀬人として企業の名称と発明者氏名が載っている。そこで、優れた発明を生み出す発明者が今までにどんな技術に取り組んできて、最近は仲間と一緒にどんなテーマに取り組んでいるかを知ることができる。どんな特許出願を生み出しているのか、そして、どのような技術関連の中で後輩を育成しているのかなど、技術者のライフサイクルを探ることができる。

一年間に、発明者が一人当たり、どの程度の特許出願を生み出したかを知ることは、いわば、知的生産成果の代表例としての発明の生産性を知ることになるだろう。発明者パワーを切り口に競合企業を比較し、知的生産人口の装備率としてとらえ、あるいは、装備人口当たりの弾丸発射率としてとらえることもできるだろう。

図2から図5までにわが国の代表的企業A〜D四社のトップテン発明者の年間出願件数ランキングを示した。エレクトロニクス企業や自動車メーカーなど、わが国を代表する有名企業の発明者トップテンの生産性である。

図2のA社は自動車の電装部品を手がける超有名企業である。発明者ランキングは台地型ともいえる。上位に年間に20件も出願する6人が同列に並んでおり、優秀な技術者を束に持っていることがわかる。いまや航空機だけでなく、自動車も電装率が高くなっており、この会社は、まだまだ大きな伸びを示すであろう。

これに対して、図3のB社は、これも有名な電子部品メーカーであるが、発明者ランキングは2つの山に大きく分かれている。マラソンランナーのようにトップ集団と、それに続く一群の発明者とに別れておりヒエラルキー型といってよさそうである。しかも、A社と比べるとトップとナンバーファイブ以下との格差が3:1と大きい。一群とトップとの格差があり、全体の平均出願件数も10件程度である。

C社は画像関連のトップメーカーである。トップの発明者から中位の発明者まで、出願件数が斜めに下がり、後がフラットなのではあるが粒ぞろいの優等生型である。年間出願件数が多いのが最大の特徴であり、ナンバーテンでも年間30件を越える。年間50件ということは、月間で4〜5件ということであり、毎週1件を出願するに相当する。考えてみると驚異的である。この会社は、最近では、デジタルビデオやデジタルカメラのように、もはや昔のカメラが中核ではなく、技術が急速に電子化しているようである。

図5のD社は、C社が画像関連のトップメーカーであるのに対して、世界第三位、国内最大の自動車メーカーである。図4と比べてみると発明者の分布形態がよく似ていることに気付くだろう。年間出願件数も同じ程度である。画像技術と自動車、どうやら両者に共通点がありそうではないか。




アメリカの技術者から学ぶ


発明者にはポジティブフィードバックということがありそうだ。あるしきい値を越えると堰を切ったように発想が豊かになる。件数に表れることもあれば、内容に表れることもある。

今年の春のスイッチング電源システム展では米国のカリフォルニア工科大学のチューク博士が開発したCukコンバータが展示されて注目を浴びた。国内のさるスイッチング電源メーカーが技術導入し、製品を発表したのである。チューク博士も来日してPRに一役を買った。

スイッチング電源はパソコンや家電、通信機器などに広く用いられている定電圧電源装置である。商用ACを5Vなどの直流電源に変換するAC-DCや、DC-DCの電源装置である。

スイッチング電源の基本的ニーズは、電源であるから信頼性が高くて壊れないこと、何よりも安いこと、ノイズを出さないこと、そして、小型であることが求められる。これらの市場ニーズは、言でいえば高効率で部品点数が少ないことだと言えるだろう。すでに約四半世紀になるスイッチング電源の歴史は、この高効率との戦いである。ちょうどこの時期に重なるように1977年から最近に至るまで、独自の回路技術を二十数年間にわたって積み上げてきたのがチューク博士である(図6)。

日本の工業界は粒の揃った技術者の労働力に恵まれて集団ワークを行ってきた。三人集まれば文殊の知恵である。これに対して、このチューク博士の技術変遷は、技術者のライフサイクルとして学ぶことが多い。チューク博士はカリフォルニア工科大学という東工大のようなトップ大学で先生をやりながら、企業化を進めている。現場重視の姿勢である。


ここから学ぶこと


特許情報の内容に踏み込んで、発明者がどのような技術観点から発明を生み出したかを知ると、次の問題に取り組む際の有益なヒントを得ることができる。発明者が目をつけたポイントに注目すれば、WHATの観点から、構造上でのウイークポイントやボトルネックを事前に知ることもできよう。また、どのような工夫をしたかに考えを致せば、HOWの観点から知恵の使いようを学ぶことができる。さらに、発明の目的や効果についてデータを見てみるとねらいがわかる。このように特許情報に表れる発明の内容から、貴重なヒントが得られるのである。

しかし、このような内容に立ち入った分析をしないでも、マクロな分析をすることで、今まで気付かなかったような新しい発見をすることができる。

たとえば次のようなチエを学ぶことができそうだ。

◆ 優れた企業の発明者から学ぶ;
 
 ●手がけている技術や企業の性格と、技術者の単騎/グループ活動の向き不向き
 ●技術者の発想とポジティブフィードバックによる質、量の強化ループ

◆ 優れた発明者から学ぶ;
 
 ●長い期間をかけて技術を楽しむ
 ●特許を勉強して技術練磨に活かすライフサイクル


次号から、具体的に発明者と企業の生産性に焦点を当てて解析してみよう。

【参考資料】
1)P.F.ドラッガー著「ネクスト・ソサエティ」ダイヤモンド社

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