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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第7回】特許情報をどう加工して利用するか
     -明細書から切り出した言葉を活用しよう@-
     <入門編:手早く、簡単に明細書を読む工夫> 
 

特許の継続監視ほど嫌なことはない。第一に、いま取り組んでいる技術テーマが他社の特許権を侵害するとなれば、困るのは自分たちである。だから、特許の監視は楽しいはずがない。

第二に、「参考になる例」が見つかったとしても、公開までに2年程度を経た古い発明である。だから、知らなかったとビックリしては困るのである。自社を取り巻く競合他社の動向は、いろいろな情報からもわかるのだから、今更、見つけた一件の特許から新鮮な情報が得られるはずはない。

しいて言えば、自分が出願するときのクレームの文例にしようとする程度である。それでも、監視のポイントが技術的な専門内容に係わることならば、当事者でないとわからない。だから、技術者としては仕事だと割り切って我慢もできる。しかし、なによりも「これが日本語か」と言いたくなるような迷ワク(悪)文を読むことがツライ。特に外国からの翻訳文は酷い。「絶縁層を有しかつ複数個の電気的接続トラックを担持する主表面および非絶縁主表面を有する金属基板」と言われると、もう何のことだかわからなくなってしまう。

昨今は、ちょっとした日本語ブームだ。今は"国語"とはいわずに"日本語"という。語源、使用例、そして、声に出して読むことの心身への効用など、日本語を見直すよい機会である。この機会に、技術内容を文章表現するプロの知恵を集結し、日本語特許明細書の改革を図る。そんな理科系のための文章改革キャンペーンを展開できないだろうか。

'この一連のシリーズでは、こうした夢物語にはあっさりと見切りを付ける。それよりも、難解な明細書と悪戦苦闘しないで、せいぜい5分か10分程度で、役立つエッセンスだけを抜き出す。迷ワク(悪)文にめげずに技術者がチエで特許明細書に取り組む。そして、特許明細書から、価値ある情報を抜き出すコツや、抜き出した特許情報を実際の生産に活用する方法などについて、実務レベルで考えてみたい。


まずは、特許明細書を知ることから


侵害に係わる重要特許情報でない限り、数十ページの明細書でも要点を押さえて読めば、手早く必要な情報だけをゲットすることができる。特許回覧を、めくら判で終わらせないために、明細書を読み進む上で役立つケモノ道を知っておくとよい。

最初は、やさしいところから入ろう。「フロントページ」は明細書の1ページ目のことである。いわば、その発明の"顔"にあたる。基本的な書誌的事項は、公報番号出願人出願日の三点セットであろう。

公開特許のフロントページには、これらの書誌的事項に加え、特許分類や要約、代表図面などが載り、情報満載である。特許になったことを知らせる特許公報のフロントページには、要約のかわりに権利情報として特許請求の範囲が載る。

なお、当然だろうが、「重要だ」と思ったら公報番号をメモしておく。うっかり忘れてしまうのだが、後で必要な公報を取り出して参照できてよい。

さて、フロントページだけでも概容は把握できるが、問題は2ページ以降である。

一般に、特許の公報は、@書誌的事項と、A特許請求の範囲、B明細書、C必要な図面(本必要なら図面はない)、の4点から構成されている。

まず、【特許請求の範囲】は、特許権として権利主張する範囲を記載した権利書の部分である(図3参照)。特許権め技術的範囲はここで決まる。この部分に記載された範囲が審査され、権利が付与される。特許出願にカネをかける目的も、すべてはここに凝縮される。大げさに言えば、特許制度を支える心臓部である。だから、もし、権利に関わる検討をする場合には、四の五の言わずにここを慎重にチェックする必要がある。権利関係を議論する精査対象である。

2ぺージから後は、明細書といわれる部分である。特に、【発明の詳細な説明】という欄(以下、詳細な説明)には、発明の内容が項目に分けて詳しく説明されている。

ここで、詳細な説明欄に足を踏み入れる前に、【】(すみ付きかっこ)の役割について考えておこう。この【】は@記載項目の見出しとなり、A段落(連続番号を付す)を示す2つの役割がある。だから、【】は、文節の単位を示しており、ケモノ道を行く上で目安として便利である。

詳細な説明欄では、発明に筋道を立てて論理的に説明する。

まず、特許を受けようとする【発明の属する技術分野】を明らかにし、関連する【従来の技術】を示す。そして、発明者が【発明が解決しようとする課題】をどのようにして解決したか【課題を解決するための手段】を述べ、実施できるように【発明の実施の形態】を説明する。

最後に生み出した発明の働きによって、従来技術よりも有利な【発明の効果】を生むというのが、主なストーリーである。

そして最後に、【図面の簡単な説明】で明細書は締めくくられる。


技術者の思考の筋道


ここで一旦、特許明細書から離れて技術者がものを考える過程を想像してみよう。技術者が見て、さわって、味わって、脳にイメージや物を描きながらひらめきの助けで発明を生み出すように思う。

つまり、技術者の頭の中では、【目的:どうしたい】→【着眼点:攻めるポイントを決める】→【具体化:思いつく】という道筋になるのではないか。言い換えれば、"こうしたい"という強い目的意識があってこそ、目をつける対象「WHAT」が浮かび上がり、その手段「HOW」を思いつくのだ。

このように、実際に発明を生む技術者は論理的思考というよりも、モノを中心に考えている。これに対して、特許明細書は審査官が審査するための書類であり、発明を論理に仕立てるように構成されている。特許明細書の道筋と、技術者の思考の筋道とは大きく異なる。


そもそも、技術者は、特許明細書の記述展開《従来技術→課題の認識→癸明の目的→構成の発見→構成の理由付け→具体的な発明例→発明の効果》に見るような論理の順番で思考するのではないだろう(図1)。



◎図1
 技術者の思考の筋道は山登りのようである。
目的を達成するための手段(WHAT)と方法(HOW)はいくらでもある。



特許明細書から三つのことを読み取ろう

このように、特許明細書は複雑な構成になっているが、そういうものだと認識しておけば、恐れることはない。
複雑なところを読まなくても、技術者が考える上で必要なポイントがわかれば、明細書は十分に自分にとって役に立つ情報になるのだ。

現実の技術者が思考する順番に合わせて、特許明細書の中から技術者に適した分類フラグ付けをしてみよう。

まずは、技術者の最初の観点である「目的」を抜き出してみよう。明細書.の記載からすると順番は逆になるが、抜き出しやすい個所である。【課題を解決する手段】のうちの後半部分、あるいは、最後の【発明の効果】を見ればよい。

次は、目の付けどころ「WHAT」に照らして、発明が対象にする場所や位置、対象箇所など、フォーカスする対象を用語として抜き出して設定する。原則は、【特許請求の範囲】に書かれている構成要件のうち、もっともよくその発明を表す構成要件を抜き出し、さらに、その構成要件の中で代表する言葉(用語)を抜き出す。複数の構成要件の全体として発明が特定されるような場合には、そのうち、もうとも特徴的で必須な構成要件を抜き出す。

そして、技術者がフォーカスする対象に対して、どのような働きをさせようと考えているか「HOW」、作用説明を抜き出す。ここで「構成」の次に「作用」を分類フラグとして取り上げるのは、○○○という作用を前提にすれば、発明の実態としての手段は、技術者の知識や経験などの才覚で容易に考えることができると思うからである。

たとえば、作用の分類フラグとして"補強する"という用語を抜き出すならば、補強するために「太くする」とか「鉄筋を入れる」などの具体的手段は、技術者が設計内容として自力で考えられる事柄だろうと思うのである。
【課題を解決するための手段】に含まれている作用説明や、【発明の効果】の記載部分から作用説明を抜き出す。
この場合には、「この発明は…という構成にしたので、○○○する作用(働き)をなし、×××するという効果をもつ」という文章の「○○○」という作用記載部分から抜き出す。

フロントページでは公報番号と出願人、出願日が三点セットであった。これに対し、明細書の三点セットは、目的とWHAT、HOWなのである。


最近のソニーのビジネスモデル特許の例


具体的な例で、特許明細書からフラグを抜き出してみよう。

「電池使用料金課金システムおよび課金方法(特開2001-285955)」では、フロントページで書誌的事項の三点セットを確認する。それに加え、特許分類や要約、代表図を見れば、大まかにイメージできる。この例では、要約中に課題として「情報機器の電源として用いられる電池の使用料金を適切に維持する」と書いてあり、ピンとこなくてもめげることはない。ここでは漠然とつかむ程度で次に進もう。

次に、内容を見るために明細書の三点セットに移る。

目的として【発明を解決する手段】の後半に、「〜以上のような発明によれば、電池パック本体を売り切る代わりに、情報機器によって使用された電力に応じて課金することにより電池使用料金を回収することができる。」とあり、使用量に応じた課金をビジネスの目的にしている新しい発想だということがわかる。

WHATとして【特許請求の範囲】を見てみる。たいていの発明は、複数の構成要件で構成されているのが普通であり、何を特徴としているのか見定めるのは容易ではない。しかし、目的が先にわかれば類推することが可能になる。技術者の思考を考えて無理なく「電池パックの電池使用状況」を抜き出すのがよい。

HOWの抜き出しが、一番むずかしいだろう。ともすれば、HOW(作用、働き)は目的と混同してしまいがちだからである。「…なので、○○○という働きがある」の○○○部分がHOWにあたるのだが、これは慣れが必要であろう。今回は、「情報回線を利用して、自動課金する」という部分を【課題を解決する手段】から抜き出した。これをまとめてみる。

@「電池パック本体を売り切る代わりに、情報機器によって使用された電力に応じて課金することにより電池使用料金を回収すること」ことを目的とする。
A「電池パックの電池使用状況」に着目する。
B「情報回線を利用して、自動課金する」働きをもたせる。
このような三段論法になっている。目的・WHAT・HOWが、ホップ・ステップ・ジャンプのように展開されているのである(図2、図3、表)。


◎図2 【課題を解決するための手段】(ここではステップと記載されている)
下線部@から目的を、下線部BからHOWを抜き出す




◎図3 【特許請求の範囲】下線部AからWHATを抜き出す






ここから学ぶこと


このように、目的・WHAT・HOWというケモノ道をたどれば、特許明細書を読み進むことはむずかしくない。明細書というジャングルのケモノ道がわかれば、特許公報を読むスピードは格段に上がる。

技術者が頭の中で物事を考える順に特許情報からポイントを抜き出すことができれば、思考の流れに沿ってスムーズに発想を誘い出すことができる。抜き出したポイントは技術者が発明を多様に展開する手助けとなり、たとえば、発明を見る観点を広げることができ、出願強化にもつながるだろう。


★ ★ ★


次回は群としての特許情報の活用について考えてみたい。適切な分類フラグは思考の道しるべとなる。一歩進めて、道しるべをたどるようにフラグ情報の共通性に基づいて一群の特許情報をくくり直す。そうすると、個別の情報ではわからない全体が見えてくる。
特許情報の群(束)としての活用について実験を進める積もりである。

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