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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第6回】
特許情報をどう加工して利用するか 新しい発想はどこから来るのか 

 
『連想ゲーム』というテレビ番組があった。男性軍、女性軍の二つのグループに分かれ、お題目の言葉や図形から連想を競い合う。パートナーが、自分の予想とはまったく違うことを思い浮かべたときには、その結果を出発点にして新たな連想に挑戦し直さなければならない。クイズ番組でもなく、お笑い番組でもないのだが、番組の視聴者の好奇心をくすぐり、思わず一緒に考えさせてしまう。頭の体操になるおもしろい番組だった。

人は何を思いつくのか。特に技術者の発想や着想には個人差がある。経験やセンスによって発想は異なるのだろう。だから、いろいろな経験を持つ技術者が数人集まって行うグループ活動は、実におもしろいのである。自分が思い浮かべるシナリオや思考のパターン「いつもの、あれ」は通用しない。仲間の一言によって、自分が抱いていたイメージは、いとも簡単に乱され、崩されてしまう。だが、その分だけ、脳は刺激を受けて活性化しているのである。そして、時にはヘンテコリンな、時には思いもよらない、今までに考えてみたこともない結果が導き出されることも多い。

ところで、「発想する」ということ、それ自体は、誰にでもできる簡単なことである。何かのキッカケが与えられれば、発想はもっと生みやすくなる。だから、適当な相棒がいて発想のキャッチボールができるのなら、連鎖的に次々と発想が生まれるのである。

しかし、企業活動の中で実際に世の中の役に立つ発想を生み、価値ある特許出願にまで育てるとなると、これはむずかしい。まずは、発想を生み出す目的をはっきりさせることから始める。さもないと、役に立たない雑多な発想ばかりが脈絡なく生まれてしまう。

これから数回の連載では、実際に役に立つ発想の生み出し方について考えてみたい。何かを生み出していくワクワクするような知的活動に目的思考を加え、ゲームを楽しむような感覚で脳の活性化を楽しんでみよう。


出願前の「攻め」と「守り」

発明が生まれたとき、2〜3年遡って公開特許を調査し、競合状況を知る。具体的な発明事例をタタキ台として差別化を図り、出願内容を再確認して強化する。発明の構成や作用の相違点を明確にして、特許性を高める。こうして良質な権利獲得のために先行特許を積極活用することが、最近の戦略的知財(攻め)には欠かせない。これが出願前の先行特許調査の主眼である。

それとは別に、特許権の係争増加に見合ったリスクヘッジ(守り)として、定期特許監視の重要性が高まっている。特許監視の典型例はSDIである。昔は数百件の全文公報や抄録を紙で一枚一枚、見ていた。最近では公報が電子化され、社内特許データベースを構築している企業も増えているので、多少は便利である。しかし、それでも社内LANのアクセス状況によっては、数百件を見るのには2〜3時間はかかるのだから重労働である。また、設備投資と同じでコストも膨大になる。

いずれにしても、両者に共通して特許情報を「早く、安く、簡単に」見ることが重要なのである。

私たちは、その重要性に着目して、6年前に"PALS"(Patent Analysis and Liaison System)という特許情報分析支援ソフトを試作した。その当時はインターネットなどなく、専用端末に特許部員がかかりきりになっていた時代である。

PALSの基本思想は、技術者一人ひとりに必要な特許データだけを提供し、その技術者のパーソナルなデータベースとして蓄積するという考え方である。担当技術者が技術自体を一番良く知っているのだし、それに、他社特許を監視しておくことこそが、自社の出願レベルを高めるのに役立つのだ。

あれから6年を経て、今は特許データがCD-ROMで発行されている時代である。そこで、Accessベースで技術者が使いやすい新しいPALSに改良した。新しいPALSでは、テキストだけでなく全図をパソコンに取り込んでパーソナルデータベースとして使う(AccessはMicrosoft corporationの登録商標です。)

多忙なエレクトロニクス技術者にとって、公報明細書の全文を読むのが苦だとしても、図面を見るのは簡単にできる。競合他社の邪魔な特許も、図面で覚えているケースが多い。しかも、図面は後述のようにイメージとして訴える力が強く、新しい着想へのキッカケになる。

PALSは、図面を中心にして、パラパラと紙をめくるような感覚で、公報を閲覧できる支援ソフトである(図1)



PALSを用いた発想実験(その1)
スプーンから扇風機の発想を生む

PALSでは図面の見やすさを重視した。そこで、社内のスタッフ数名を集め、図面だけで新しい着想が生まれるかどうかのグループ実験を行った。

グループ作業での意識共有の第一歩として、共通ルールを設けた。

【ルール1】
以下のステップに沿って実験作業を行う。
【ルール2】自分の考えを必ず仲間に発表する。

情報の共有と作業への集中は、グループ作業の効率を高めるために不可欠だ。

(1)命題を設定する

何を目的として実験作業を行うのかという命題なしには、作業が散漫になってしまい、無意味である。そこで、次のような命題を設定した。

「私たちの会社では、コタツ外注を使って低廉な小型の首振り扇風機を製造販売してきた。しかし、昨今の中国の台頭は目覚しく、今のままでは撤退しなければならなくなってしまう。このままではジリ貧である。技術者の知恵を使って、何とか付加価値のある、わが社独自の扇風機を考えてくれないだろうか?」

(2)自分なりに、まず、考える

何事も、まず最初に自分で考える。
これがないとダメである。始めに、自分なりの仮説を立てることが重要である。いきなり特許データを見始めると、それに引きずられてしまう。頭の中に、思い込みや固定概念が生まれてしまう恐れがある。まして、他人もこんなことをしている、とガッカリすることも多い。そうすると、特許情報を発想のヒントとして使うことなんて本末転倒だと言うことになってしまう。頭の体操を始める前に、頭脳のウォーミングアップが必要なのである。

Aさんは、最近のアロマテラピーのブームから、匂いの出る扇風機はどうかと考えた。また、Bさんは、持ち運びに便利な携帯用扇風機を、Cさんは前後左右あらゆる方向に風の出る扇風機を考えた。

(3)スプーンのかたちをPALSで見る

自分なりの仮説を立てた上で、PALSで特許情報の図面を見てみる。キッカケとしての特許情報には、何を用いてもよい。異分野の特許の方が、固定概念にとらわれず、ヒントになる情報があるのではないか。今回は、扇風機とは無関係なスプーンのかたちに関する最近の公開特許を30件程度用意した。

なるべく短時間で、理屈を考える暇なく、次々に脳に知的な刺激を与えよう。パラパラとページをめくるような感覚で、とにかく図面イメージを見る。人によって個人差があるだろうが、あまり一つの図面をじっくり眺めるのではなく、次から次へとクリックするとよい。たいていは"なんだ、知ってる"と思いながらだろう。しかし、その中で何か"アレッ"と気がつくものがないだろうか。

(4)仲間に説明する

図面を見て浮かんだ発想について、概念を新たに構築する。その着想を、もう一度仲間に発表するのだ。この後の議論のために、各自が何かしら材料を提供しなくてはならない。否が応でも、何か発言しないとカッコ悪いのだ。

Aさんはギザギザスプーンの歯の形状から、団扇の軸を連想した。そもそも、団扇の軸は何の役目をしているのだろうか?

Bさんはレンコンの断面図のような図にヒントを得た。無数の穴が風の流路をガイドする役目をしないだろうか?

Cさんは、スプーンのどこの部分かわからないが、波状のカーブしているひも状の図形に着目したようだ。これが扇風機の羽根にならないか?

両方向にカーブしているので、これを回転させれば、前と後ろの両方向に風が出ないか?

(5)新しい扇風機の概念が…

これで、議論の土俵が出来上がったようだ。隣のAさんがCさんの着目した"ひも形"の図面を見て、"尺取り虫のように動かしたら、おもしろくないか?" "ひもではなく、板を伸縮させたら風が出ないだろうか?"と思いついた。Bさんは、メモ書きしていた紙の両端を持って動かし始め、"これを水平ではなく縦にしたら、おもしろい扇風機になるのでは?"とトントン拍子に新しい扇風機の概念へ発展した。

あることを思いつくことを「発想」するという。ここでは、PALSで見る特許の図面をキッカケとしてCさんが「発想」した。Cさんの「発想」につられて、隣のAさんがそれと関連のあるほかの概念を「連想」する。この「連想」という行為は、自分の考えと同方向で発展したものもあれば、逆方向の考えの場合など、幾通りもあり得る。だから、ディスカッションが白熱すれば、「発想」が次々と連なり、「発想」と「連想」の「連鎖」反応が起こる。結果的には、出発点とは遥かに離れた独創性のある帰結にたどり着くのである。

一人では、自分の考えの枠から抜け出せない。同じところの堂々巡りのスパイラルに陥ってしまう。グループ活動が、この悪循環を打破する重要な鍵を握っているようだ(図2)。


ここから学ぶこと

@頭脳のウォーミングアップ…自分の考えを熟考し、仲間に説明する

考えてみれば当たり前のことだが、ウォーミングアップはグループディスカッションにおいても重要である。共通の命題を解決するためには、その前段階のレベル合わせとして、グループ全員がまず自分なりに考えるべきである。スポーツ競技と同じである。

この頭脳のウォーミングアップ作業をしておかないと、お互いの専門意識が揃わず、フラストレーションが残る。あるいは、抽象的で内容の薄い、うわべだけのディスカッションになりがちだ。井戸端会議でしかなくなってしまう。

この頭脳のウォーミングアップには「他人に話す(伝える)」ことが有効である。今回の実験では、PALSで特許図面を見る前と、見た後に、自分の考えを仮説としてまとめ、仲間に発表することにした。これは他人に発表し説明するために集中して考えるためである。目的は何なのか、自分では漠然とわかっていることを他人に説明するためにどんな表現を使ったらいいのか、具体的にどの部分を強調すればいいのかなどを考えなくてはならない。そうすることによって、すさまじい勢いで脳が活性化され、各人の問題意識が高められる。

A図面の効用…パラパラ見て脳を刺激する、共通要素からヒントを得る

エレクトロニクス技術者にとって、図面は発想のキッカケになる。じっくり眺めるのではなく、PALSでパラパラと紙をめくるような感覚で、次から次へと図面を見る。こうして、イメージで脳を刺激するのだ(図3)。



◎図3 PALSの公報表示画面



また、BさんとCさんが着目した図面は、それだけを見るとスプーンの構造を示す図面だとは思えないものである。この図面は、ズプーンの形状ではなく、抽象的、概念的な図面(イメージ)ということである。

扇風機を考える上で、具体的なスプーンの設計図はイメージ造りの邪魔になる。それに引き替え、スプーンとはかけ離れた抽象的形状は、イメージ造りの重要なキッカケになる(図4)。

異分野の技術を見るとき、具体的な専門技術や言葉は、ある程度平易な言葉に置き換えたり抽象化すれば、共通性が生まれて理解しやすい。これと同じことが図面にも言える。技術内容がかけ離れていても、抽象的な図面にすれば関連性が出てくる。共通性を見出してキッカケを得られれば、斬新な発想が生まれる可能性がある。

逆に、技術内容が近ければ、図面の理解も容易だが、細かいところに目がいってしまう。このため、チマチマした発想ばかりで、大胆な発想は生まれにくい。発想のヒントとして図面を利用する場合には、何を解決したいのか、その命題(目的)をキチンと決める必要があるだろう。



◎図4 スプーンとは思えない抽象的な図面



私たちの命題は、「特許情報を、新たな発想を生み出すために活用できないか?そのためには、どんな工夫をすればいいのか?」ということである。今回は、PALSの図面重視機能に着目し、実験例を披露した。次回は、明細書の文中から言葉の切り出しを考える。文章部分に着目した実験:例について紹介したい。

この大きな命題を達成するためには、さまざまな実験作業が必要である。そして、自分たちだけでなく、多くの技術者の方々との実験・実証作業が不可欠だと考えている。ご意見、アドバイスなどをぜひ賜りたい。


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