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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第5回】
米国特許と日本特許 比べてわかるビジネスモデル 

 
IT箪命によってもたらされたビジネスモデル

IT革命という言葉は聞き飽きたかもしれない。だが、いつのまにかITは身近な生活の中にあふれている。家庭では、携帯電話は小学生からお年寄りまで手放せないし、デジタル家電も普及し始めた。外に出れば、プリペイドカードを使えば鉄道の切符を買わなくて済むし、高速道路料金システム(ITS)により交通渋滞も緩和される。

電子政府が実現すれば、申請・届け出や手数料納付のために役所に行かなくてもいい。それだけでなく、行政情報が入手しやすくなり、行政が身近に感じるようになるだろう。余談だが、原稿を書くときのチョッとした調べごとにもインターネットは最適である。

ビジネスの分野においても、ITを活用したビジネスは既存のビジネスを大きく変える。SOHO(ITを活用した在宅ワーク)人口は現在の約250万人が2005年には一気に約450万人になると予想されている(日本テレマーケティング協会、2000年度)。最近は"B to B(Business to Business 企業間取引"や``B to C(Business to Customer 企業対消費者)"という言葉をよく耳にするが、企業間あるいは企業対顧客との間でインターネットの特性を活かし、情報交換が活発になり、新たなビジネスチャンスが生まれている。

ITを活用したビジネスの仕組みや手法、すなわち「ビジネスのやり方」そのものがビジネスモデルだと言える。具体的には、金融やサービス業だけではない。われわれに身近なエレクトロニクス製品のモノづくりでの生産管理手法や品質管理の方法など、製造業の特質に適合した広範囲な情報処理.に関する概念がビジネスモデルには包含されると考えてよいだろう。要は、どのような商品(サービス)をどのような形で生産管理し、どのように収益を得ていくかというビジネスの仕組みや手法が、新たな高付加価値を生んでいるのである。


ビジネスモデルは万能か

近頃の新聞記事などでも、知的所有権、特にビジネスモデル特許に関するニュースが毎日のように掲載されている。セミナーや関連出版物が続々と登場し、訴訟事件が起こればマスコミがこぞって書き立てる。まるで時代の寵児である。

振り返ってみると、ビジネスモデル特許は1998年アメリカで、有名な「ステートストリート銀行」によってターニングポイントを迎えた。詳しくはそれこそ専門書に譲るが、ここで指摘したいのは"アメリカで生まれた"ということである。

アメリカでは新しいものが受け入れられやすい。1900年代の電気回路、1980年代には、微生物(バイオ)、そしてコンピュータ・ソフト…。それまで特許を禁じられていた発明に特許を許すべきか否か、いずれも激しく争われた結果、特許が認められたのである。そして、これらの変革のエネルギーが新しい技術を生み出し、それが原動力になって新しい産業が生まれ、経済が活性化して米国が成長を遂げ、富と豊かさをもたらしたことに疑問の余地はない。

日本企業も、先行する米国企業に対抗し、優れたビジネスモデル特許の開発に取り組もうとしている。事実、多数の日本企業が、本格的にビジネスモデル特許に挑戦し始めた。しかし、先'行の米国企業と比較するとき、日本企業は立ち遅れているかのように見える。

それは、発明の認識に日米間で差があるためなのであろうか。特許の分野でも、米国が常に世界を支配するという構造は変わらないのであろうか


"情報"の役割とビジネスモデル−医療情報を例にして−

医療は、人々の健康にかかわるので、一人ひとりの生命やプライバシーに直結する。それだけに医療情報にはほかのデータとは違って、データの加工や処理に医療の特殊性に伴う複雑な要素が絡んでくる。

だが、そのような聖域であった医療分野にも、最近、ITが浸透して、技術革新と見直しが始まっている。医事会計や受付、調剤、給食、診断、検査、電子カルテなどの惰報化が急速に進んでいるのである。

千葉県鴨川市の亀田総合病院など、亀田企業グループの一つに亀田医療情報研究所がある。本稿では、亀田医療情報研究所の日本特許と米国特許を取り上げてみたい。ここで取り上げる医療情報支援に関する発明は、特許の上では、いわゆるビジネスモデル特許というカテゴリーに入るものである。エレクトロニクスと医療は、一見、違っ,たフィールドのように見えるかもしれないが、実は、大いに学ぶべきところがあるのである。

亀田医療情報の日本特許は、今から約6年前、1995年12月27日に出願され、早期審査により1997年10月9日には登録になった。特許2706645「医療計画支援システム並びに医療計画支援装置及び方法」である。

医療計画とは医師の勘と経験により頭の中でまとめる段取りであって、われわれ技術者が手馴れた作業計画表というようなものではないらしい。最近のように一方で医療技術が高度化し、他方で多種多様な病気をもつ多数の患者を相手にするような場合、客観的に最適な治療プロセスを計画することなどは、不可能に近いようである。

しかも、医療計画には、医療関係者以外には見せてはならない患者のプライバシー情報なども含まれてくる。そのために、医療計画の立案、変更などが面倒だった。このような背景で考え出されたのが、適切な医療計画を効率的に立てることができる医療計画支援システムである。

この発明の医療計画支援システムでは、図1に示すように、医療行為データを記憶する記憶装置を医療計画支援センター装置に備える。キーボードやマウスなどの入力装置をもった医療計画支援走査装置がLANなどの回線でつながっており、医師や看護婦が患者識別データをキーボードから入力すると、センター装置の記憶装置から該当する患者の医療行為データを抜き出してきて走査装置の表示部に表示する。

この発明の一つのポイントは操作装置に設けた出力データ生成手段が、図2に示す各種の表やリストなどのフォーマットで画面表示するように工夫している点である。


この国内出願は、それから約1年後の1996年11月7日に優先権主張を伴って米国に出願される。この米国特許5,913,197(特許日1999年6月15日)のクレームは、国内出願でのクレームとほとんど同じである。図3に示すので図1と比較してみるとおもしろい。


これだけなら普通の日米両国にまたがる特許網の構築という構図なのであるが、この例ではさらに一味違った工夫が加わってくる。米国の継続出願制度を活用して権利を強化しているのである。

継続出願制度とは、原出願の出願日の利益を保持しつつ、改めて審査の機会を得るための制度である。つまり、第二の発明が継続要件を満たしていれば、原出願の出願日まで遡及できる。

この制度を利用して1998年9月23日に継続出願が行われ、先の米国特許5,913,197とはまったく異なるクレームにレベルアップした特許6,321,203(特許日2001年11月20日)を取得する。

6,321,203は図4に示すように@入力手段、A出力データ生成手段、B表示手段を備える支援システムであり、元になっている米国特許5,913,197とはまったく異なっている。複数のユニットをもつ必要はなく、キーボードと、フォーマット制御部、表示装置を備えていればいいのである。


つまり、先の発明に内在していた隠れた権利を上手に引き出して新たな権利を生み出しているのである。この関係を図5に示す。先の出願が、目鼻立ちの整ったフランス人、髪形のしゃれたイタリア人、行儀の悪いアメリカ人という三人組であることを特徴としてとらえたとすれば、後の出願では、三人組であることにはまったく触れず、フランス人の目鼻立ちの整った点にだけ目をつけているのである。本質は別に三人組である必要はないと見直しているのである。


ジャパニーズ・ビジネスモデルとは?


新規な「ビジネスのやり方」だけがビジネスモデルだとは限らない。そもそも、よっぽどの大発明でもない限り、まったく新しいビジネスがうまくいく程に甘い世の中ではない。

どうもビジネスモデルというと、金融システムだとか電子商取引などの派手なイメージがつきまとうが、実は身の回りでもビジネスモデルの種はあふれている。モノづくり生産現場においても、製造方法や生産管理手法なども付加価値の高いビジネスモデルになりうる。特に、部品調達、修理管理、そして資金回収などは、ビジネス方法の工夫によって大幅に経費と時間が改善される。言うまでもなく、トヨタ自動車の「カンバン方式」はその代表例と言えるだろう。

日本人はアメリカ人のように能力主義・成果主義のなかで競争するよりも、むしろ、集団ワークでの協調により相乗的効果を生み出す。組織とは、その集団が自由に活動できる場であり、企業は貴重な人材が各々の能力を、思う存分発揮できるような環境を整えるのである。

今は、日本人の身の丈にあったビジネスモデルを模索する時期ではないだろうか。この動きに乗り遅れると、日本企業がビジネスの生存競争に生き残ることは困難であろう。


ここから何を学ぶか

私たちは特許出願というと、しゃにむに先を急ぐ嫌いがある。しかし、そのために大事なことを見逃してしまう恐れがたくさんある。チョット時間を置いてみるだけで、明細書に内在して隠れている発明を、おもてに取り出すことができる。時として内在していた発明の方が大きな枠をもっていたなどという笑い話のようなことは頻繁に起こっているのではないだろうか。

日本の特許法には継続出願制度はない。その代わりに国内には国内優先権制度というのがある。制度をよく勉強しておいて、その知恵を有効に使い切ることが大事である。

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