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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第3回】
 米国特許と日本特許 比べてわかる有効活用の決め手(3)

 私たちの日常は、身の回りを見渡してみても、国際商品に取り囲まれている。いまや、職場や家庭生活で欠かせないパソコンを見ると、マウスはマレーシア製であり、キーボードはタイ製である。日常生活品においても、海外旅行をせずとも化粧品から食品まで輸入品を手に入れることができる。むしろ逆に、純正の"made in Japan"を探し出すのはむずかしいようだ。

当然に企業も、世界市場をターゲットにしたワールドワイド企業と、近場の地場市場をターゲットに据えたローカル企業とに、大きく二極分化しているように見える。もはや、総合力という虚像は崩れ落ちた。どこの企業も、コアコンピタンスを探り、差別化と選択によって生き残りを考える時代に入っている。

後進であったはずの台湾、韓国、さらには中国が、あっという間に供給サイドの強力なコンペティタになり、激しい追い上げどころか、一部では半導体メモリのように水をあけられるに至った分野もある。そのうえ、最近の携帯電話のような急激な市場シュリンクや、IT神話の中休みによって、わが国エレクトロニクス産業は、まさに崩壊寸前の手痛いダメージを蒙っている。

だが、私たちは、ひるむことなく高付加価値化の道を探って行かなければならない。限られた企業資源をフルに活かして、将来も台・韓・中の追い上げを受けながら、モノづくりの生産性を高めていかなければならない。

たとえば、最近、水平横断的な高度生産技術が新たな企業資源として見直されている。便利屋としての小手先の一生産技術ではなく、「ものをきれいにする技術」とか、「AとBを混ぜる技術」などのように、モノづくりに共通するが、それでいて、実はむずかしくて取り残されてきた"生産サイエンス"が次の世代の企業資源を担うようになる。

そして、もっと質の高い、豊かな生活を実現するためには、利益率を数%から数十%に高めることができるような独創的モノづくりが不可欠である。

そこでは、バランス感の良い研究開発戦略が重要になる。グローバル市場をにらんだ知的財産の資源化戦略もその1つである。全世界に分散させた研究開発センターや、現地法人を活用しての各国性格に適した特許出願網の構築、最小コストで市場影響力を最大に.するアライアンスなどのための企業戦略の工夫である。もちろん、特許だけではなく、商標やロゴなども戦略的武器として活用する。そんな時代になっている(図1)。

英語脳でクレームを考えてみる

強い特許権をとりたいのであれば、マーケットがどうであれ、英語脳になるべきである。ここで日米の言語比較をするつもりは毛頭ないが、特許明細書におけるクレーム表現について日米比較をしてみると、クレームを組み立てる上で意外なヒントが見つかるであろう。

そもそも、文章は数式と異なり、ルールや約束事があいまいである。たとえば、常識的に日本人は「幅が広い」とは言うが、「幅が大きい」とは言わない。しかし、特許明細書の【特許請求の範囲】には、「幅が大きい」とか、「搬送経路よりも小さい幅」とか、「短辺より大きい長さ」などという文章が、平気な顔をしてゾロゾロと出てくるのである。

特許庁の審査官は、国語教師ではないのだから、仕方がないといえないでもない。その結果、悪文の典型が【特許請求の範囲】になるのである。特に、読点「、」に至っては、これ以上にない程に多種多様、まるで無法状態である。だから、文章の意味が不明瞭になりがちである。

特許明細書では発明した技術的思想を文章にして表現するのであるから、正しい言語で的確に表現できていないとはなはだ困るのである。

同じ言葉でも、英語は論理が明快である。文節もはっきりしている。たとえば、後で引用するIBMの発明には、日米間の言語表現のギャップが表われている。米国では「前縁(leading edge)の幅(width)はカードの幅より広い(wide)」であり、「前縁に対して直角な側縁(side edge)はカードの長さ(length)より長い(longer)」と明確である。カンマで適切に形容詞節が区切られるし、必要なら接続詞、関係詞が使われる。しかもコンセプト(概念)を表す上で使いやすい語が多いという特徴をもっている。英語にはシソーラス辞典があるが、日本語にはない点にも表われているように思う。

これでよいのだろうか。大事な自分の発明を解読不能な日本語もどきで表現させておいて良いのだろうか。残念なことに、このような具体例は、以下に説明する日本特許と米国特許の関係に限らず、実に多く見ることができるのである。

もちろん、微妙な心情を表現するのに日本語は適しており,、それを否定するつもりはない。大事なのは、"文章の筋道(論理)を明確にすること"であり、"ボキャブラリーを豊富に持って自分の概念を表現する"ことである。その意味では、英語脳でクレームを考えてみてはどうだろうか。


あるワールドワイド企業の特許

ここではIBMのひとつの特許を例にして、日本語と英語との表現の違いを取り上げてみたい。米国特許5,949,058である。この特許は、銀行のキャッシュカードや通帳を処理するATM用の専用ホルダに関するものである(図2、3)。

キャッシュカードやクレジットカードなどの磁気カードが金融システムでは広く利用されている。これらの磁気カードはおもに、専用の磁気カードリーダに挿入され、磁気ストライプの読取りが行われる。同時に、預金通帳にも磁気ストライプが設けられていて、通帳は、専用の通帳プリンタに挿入され、通帳の表面に設けられた磁気ストライプの読取り・書込みや、印字面への文字・数字等の印字が行われていた。したがって、ATMは、磁気カードの磁気ストライプの読取りと、通帳の磁気ストライプの読取り、書込み、文字・数字などの印字を行うために、磁気カードを処理する機構と、通帳を処理する機構の双方を備えており、機構が複雑で小型軽量化が図れないだけではなく、コストもかかり制御プログラムにとっても負担になっている。

そこで、当然に、磁気カードの読取りと通帳の読取り、文字・数字などの印字を1つの機構で行う技術が模索されている。

しかし、ひとつの問題点として、搬送ローラを高密度に配置しなければな'らず、設計上での制約になり、部品数が増加して、コスト増、小型軽量化に不向きなどになる。別の問題点として、磁気カードに設けられている数字や文字のエンボス(凹凸)が悪影響して磁気カードが斜めに送られてしまうという問題などがあった。

そこで、このIBMの発明では、磁気カードを専用のカードホルダにセットし、通帳と同じように処理できるように工夫しているのである。



同じ発明を日本特許と米国特許で比べてみよう。そこには、日本語と英語との技術的内容の表現にハッキリとした格差があることがわかる。

第一国出願である日本特許には、その【特許請求の範囲】に、前出のように「幅が大きい」とか、「搬送経路よりも小さい幅」あるいは、「短辺より大きい長さ」などという文章が平気で出てくる。

これに対して、米国特許では明確に「前縁(leading edge)の幅(width)はカー・ドの幅より広い(wide)」と記載されており、「前縁に対して直角な側縁(side edge)はカードの長さ(length)より長い(longer)」と書かれているのである(表)。

日本IBMから米国IBMへ

この米国特許は米国IBMから1997年3月6日に出願された。そして、1999年9月7日には、発明の名称をRe-cording medium holder,recording medium processing apparatus,and card-type recording medium feeding method(記録媒体ホルダ、記録媒体処理装置、およびカードタイプ記録媒体供給方法)として特許されている。

ここで注目したいのは、その発明者は日本人であり、米国特許の優先権の基礎になっている第一国出願は、実に、日本IBMから日本特許庁にされている1996年3月6日の日本出願(公開P9-245131)である。この出願は1998年8月13日に審査請求され、米国特許に遅れること約1年の2001年7月6日に特許第3208318号(P3208318)「カードホルダ」として日本でも登録されている。

要するに、ここでのポイントは、ワールドワイド企業はその企業資源である国際的な拠点分散機能を最大に発揮するように、全世界に最適な出願を行っているということである(図4)。

ちなみに、すでにお気づきかもしれないが、発明の名称も日米では異なっている。クレームも日米では異なっている。日本特許の請求項はカードホルダだけの4項であるが米国は記録媒体ホルダ、記録媒体処理装置、および、カードタイプ記録媒体供給方法にわたって19項である(表)。

第2の注目ポイントは、ここでは、優先権制度を実に見事に活用している点である。

優先権とは、簡単に言うと、第一国に最初に出願し、これを基礎として同じ内容の出願を一定期間内に(特許の場合一年)第二国に出願すれば、第二国での審査で第一国の出願日を基準にして審査してもらえるという制度である。

本来この制度は、@研究の段階を追った実施例の補充や、Aより広い上位概念の抽出、B"ものの発明"と"ものを生産する方法の発明"などの併合出願などのために、包括的な権利取得を確実にする目的に設けられたものである。

IBMの例に戻ると、日本出願(1999年3月6日)からちょうど1年後(1997年3月6日)に米国出願がされている。優先権制度をフル活用した知財戦略のあらわれである。

**これから何を学ぶか**

実はこのようなワールドワイド企業の国際的な特許出願戦略はIBMに限らず、多くの企業ですでに恒常的に取り組まれている。たとえば、3Mと住友スリーエムの間でも良く似た工夫が展開されている(たとえば、USP6,166,856)。

さらに、特許ライセンシングだけでなく、事業展開の閉鎖的仲間による排他的囲い込みがアライアンスとして行われている。

各国には属地性といって、各国法体系の独自性をもっており、日本の特許は日本でしか通用しない。アメリカも同じである。だから、市場の位置によって特許権をどの国でとるかが重要になる。

そこに世界各国を股にかけた企業戦略が生まれてくるのである。すでに米国特許の重要性はわれわれがよく理解したところである。次にはヨーロッパが重要である。いずれ中国が重要になるだろう。世界を市場にするからには世界各国の特許に通じている必要があるのである。

次回は、日米の発明者の意識の違いを特許から見てみよう、(つづく)

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