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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第2回】
 米国特許と日本特許 比べてわかる有効活用の決め手(2)

 この連載では、前回を含めて数回の間、技術者が生み出した発明を、【特許請求の範囲(クレーム)】では、どのように表現しているのか、日米の特許で比較してみようと思う。日米の実際の特許公報で発明のとらえ方を比較してみようと思った背景は、実は中国の最近の目覚しい台頭ぶりにある。

 ここ数年間で中国はみごとに変革した。いまや優れた技術力と安価な生産力によって、中国は世界第一級の生産拠点になった。他方、太平洋を挟んで対岸の米国は、依然として世界トップの価値の生産性を誇り、実質的に世界の富を集約している。わが国がモノづくりのコアコンピタンスを見失う間に、米国のコンセプトメーキングと中国のモノづくり能力が結びつき、全世界に商品を供給するとなると、米中の狭間に落ち込む哀れな日本という構図しか生まれてこない(図1)。

 これに対抗して私たちが良質な豊かさを永く享受するためには、高付加価値な技術成果を続々と生み出していかなければならない。発明を知的生産成果としてとらえ、できるだけ強い特許に育てる方策を考えることが必要である。その一つのステップが「技術的思想とは何か?」なのである。実際に、わが国の特許法が保護する発明とは、現実の設計技術ではなく、「技術的思想」なのだから。

 日本の技術者は、企業という枠の中で目先のモノづくりに励むあまり、小手先の技(ワザ)に陥りがちであるという。これに対して、アメリカの技術者は、自分の立身出世の財として発明をとらえるので執拗に考え、強い権利にするために粘り強く執着するという。そこで、実際の日米の特許権になった発明を比較すれば、現実に何が「技術的思想」なのか、そこからヒントをつかむことができるだろう。

 特許情報は新たな創造を生み出す知的カンフル剤である。

 発明を生み出したあと、優れた特許権にするためには、どのようなチエを盛り込めばよいのだろうか。

 
日米特許の比較-日本編 

 「データベース」という文言が【特許請求の範囲】に使われている日本の登録特許を調べてみた。1996年12月ひと月に出願されたものに限ってみたが、25件の特許権がヒットした。「戸籍データベースの町名変更方式」という特許もあれば、「クライアント/サーバ型データベースシステム」、あるいは、「事故車修理見積システム」などというものもある。そのなかで、今回は特許3098199号「燃焼機器修理支援装置及び故障データ収集・利用方法」(1996年12月出願。東京瓦斯)を例に取ってみよう。

 この特許発明は、マイコン制御型給湯機のボイラーを修理する際などに必要な支援システムに関するものである。最近の給湯器は、新しいセンサが使われ、部品数も増え、機能が高度化している。その分、制御シーケンスソフトも複雑になっており、給湯器の修理も簡単にはできなくなっている。そこで、この支援システムは、故障診断で得られる測定データや動作不良などを故障データとしてデータベースに蓄積し、その蓄積データを診断シーケンスなどに有効活用しようとするものである(図2)。

 
実際に登録特許の【特許請求の範囲】を見てみよう。わかりやすくするために筆者が少し手を加えているが、この特許発明は、燃焼制御プログラムを実行する制御部を有する燃焼機器の修理支援装置において、以下の(イ)〜(ト)の7要件を骨組みとするものである。(イ)該燃焼機器の制御部と通信を'行う通信手段と、(ロ)修理作業員に対する入出力を行うモニタ及び入力手段と、(ハ)該燃焼機器の部位に接続されて所定の物理量を測定するテスタ手段と、(二)該燃焼機器内のセンサを介して検出される検出データを該制御部から取得するモニタ手段と、(ホ)診断対象の燃焼機器に適用される診断シーケンスのデータを格納する診断シーケンスファイルと、(へ)該診断シーケンスファイルの診断シーケンスのデータに従って該燃焼機器の部位の診断を行う故障診断手段と、(ト)故障部位を特定した時、少なくとも機種データ、故障部位データおよびデスタ手段またはモニタ手段により測定または検出された測定データを含む故障データを記録する手段とである。

ちなみに、公開特許段階での特開平10-196949号を見ると、【特許請求の範囲】には上記構成のうち、(へ)の「該診断シーケンスファイルの診断シーケンスのデータに従って該燃焼機器の部位の診断を行う故障診断手段」がない。おそらく、審査の過程でやむなく追加したのであろう(表1)。

日米特許の比較-米国編

上記の日本特許と対比するために、"database"という文言がクレームに書かれている米国特許を調べてみた。日本特許と同じ次元で対比するために、1996年12月ひと月に出願されたものに限ってみたが、55件の特許権がヒットした。電子商取引の振込システムに関する特許や、コンピュータネットワーク用電話に関する特許、音声やデータのアシンクロナスおよびイソクロナス通信方式に関する特許、通信システムの共用データベースシステムなどという特許もある。

そのなかで、米国特許6,119,935号は「ショッピングカートに取付けたポータブルデータ収録装置」(1996年6月CIP原出願。Telxon Co.)は、スーパーなどのショッピングカートにバーコードリーダ付きの端末を搭載し、買い物をすると同時にWANにリンクして集計するような買い物支援システム」である(図3)。


クレームを見てみよう。買い物一覧情報を組み立てるシステムであって、(A)ベースユニットとリモートデータをやり取りするリモートコミュニケータ手段を有し、(B)ベースユニットと製品データをやり取りするリモートプロセッサ手段を有し、(C)購入するために選んだ製品を示す製品データを選択的に受信するユーザーインターフェイスと、(D)ユーザーインターフェイスが受信した製品データを記録するメモリと、(E)リモートコミュニケーダとベースユニットの間で製品データを伝送するワイドエリアネットワークを有していることを要件にしている。

クレーム中では、たとえばショッピングカートを要件にするような無駄な限定をするでもなく、極めて抽象的な要件にまとめている。それでいながら、明細書のボディでは、LANは赤外線LANが適しているだとか、カートに搭載した情報端末の画面にはHTMLブラウザの画面がUNIX、WINDOWS、MACINTOSH環境にマッチするので向いているとか、さらには、バーコードリーダの照準方法まで、いわゆる当たり前のことをコト細かく説明しているのである(表2)。

**これから何を学ぶか**

一見、東京ガスの発明と、アメリカのショッピングカートの発明は、異なる技術であるかのように見えるのだが、粗削りに発明の内容を考えてみると、技術的思想という面では両者は共通性がある。ボイラーの故障情報や商品情報としての対象物に対して、故障診断や商品データの取り込みなどを行ない、データベースを構築するという情報収集端末であるという点で、両者はよく似た技術的思想の発明だということができるだろう。

両社を比較した結果、次の2つは特徴といえそうである。

@日本特許は特許請求の範囲の文言記載は密で細かい。(イ)〜(ト)までの要件のうち、本当になければならない要件はどれなのであろうか。要件の定義方法に疑問な点もあるのではないだろうか。これに対して、米国特許はクレームは疎で粗い。

また、米国特許では、クレームを20にまで具体的にブレークダウンしている。たとえば、バーコードリーダに言及したり、WANはインターネットであるとするなどの類である。

A日本特許の図面は疎であり、図だけでは内容がよくわからない。これに対して、米国特許は図面が密であり、図だけでも内容がわかるので参考になる。

明細書の英文を読まなくてすむ分、固定概念が植え込まれず、新しい発想も生まれやすい。

また、この例から、次のようなことを学ぶことができそうだ。

@技術者は弁理士に「技術的思想をどうつかむか?」と聞いてみる必要がある。自分の発明を技術的思想としてとらえ、もっと大事にしてよいのではないか。

A米国特許は、図面だけで楽しむことができる。

B何が疎で、何が密でなければいけないのか、考えて工夫してみる価値がある。
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