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中島 隆 新連載
特許情報に学ぶクリエイティブ・シンキングのすすめ
【第1回】
 米国特許と日本特許 比べてわかる有効活用の決め手(1)

 特許情報は新たな創造を生み出す知的カンフル剤である。日本特許であれ、米国特許であれ、特許公報の明細書に書かれた発明の多くは技術者の好奇心を刺激する。中には、短編小説のように一気に読んでしまうものもある。

しかし、実際のところ、現実の明細書では、発明をどんな観念でとらえているのか。そして、捉えた観念を【特許請求の範囲(クレーム)】にどう表現しているのだろうか。

特許法では発明を「技術的思想」と定義する注*。しかし、日ごろ、実際の製品を見たり触れたりする機会の多い技術者の感覚では、"具体的な形体とは対立する抽象的な観念"としての「技術的思想」とは何かとなると、,ピンとはこないのではないだろうか。技術者は、電話機だったら電話機というように、モノ(物)中心に見るので、たと.えば、「あの隙間に何ミリの詰め物を差し込めばキッチリと固定できる」などと、モノ中心に考え方をまとめ、説明することにも慣れている。ところが、思想とか観念になると、つかみ所がない。その分、サジ加減一つで内容が大幅に異なり、特許のクレームにたとえれば、特許権は強くも弱くもなる。

こうしてみると、これからの高付加価値社会では、どうやら、形体に表れない「観念」の把握が今までになく重要になる。おぼろげに浮かび上がるイメージを具体的な観念としてつかむことが大事になる。特許の明細書の書き方だけに限らず、論理的な考え方(ロジカル・シンキング)が大事になる。

技術的な挑戦内容や成果を他人に伝えるプレゼンテーション・スキルにもロジカル・シンキングは大いに影響を与えるだろう。

そこで、この号から数回は、同じ技術を日米の技術者がどのように捉えているか、日米の特許で対照してみる。
アメリカの技術者が把握するような発明(アメリカ風パテンのと、日本の.技術者が把握する発明(和風特許発明)を比較してみよう。

そこから、これからの高付加価値社会のモノづくりとチエづくりの指針を探ってみたい(図1)。

 
なぜ特許出願をするのか 

 特許出願をする目的は金を儲けることである。メーカーがモノを作って儲けるのと同じように、チエで特許権を取って儲けるのである。できの悪い商品は安くしないと売れない。特許権はできが悪いと安くしても売れないのである。この点は、学会発表や学術論文とは、まったく異なる。特許は、まさに国家の産業育成政策から生まれた企業活動を前提にした仕組みなのである。

もう一度、特許出願は、特許を取得して金を儲けるために行うのだ、と割り切ろう。特許を取得し、競争相手が入れない独占状態を確保して値崩れなどを考えずに商品や技術を高く売る。

特許をライセンシングできれば、他社の販売活動が生み出す売上の数%を濡れ手にアワで手に入れることができ、競争相手の特許権もバーターで使えるようになる。特許権をブラフにしてアライァンスに仲間を引きずり込み、こうして、企業が利益を生み出せるようにマーケットに上手に誘導し、高付加価値を手に入れることもできる。

実際には、生々しいビジネスの駆け引きの数だけ儲け方もあるのだろうが、いずれにしても、特許権があることが前提である。おいしい飯を独り占めしたり、自分にも譲って欲しいと高額を用意してくるような状況を作り出すために、特許出願を行なうのである。
明細書は法律でいう権利書だ

日本の特許法では、明細書の【特許請求の範囲(クレーム)】には、特許を受けようとする発明を特定するために必要と考える事項のすべてを記載するとしている。また、特許になった後は、特許発明の技術的範囲は【特許請求の範囲】の記載に基づいて定めると定めている。米国の裁判でも、権利範囲はクレームの構成要件で定めるようである。.だから、技術的に内容がしっかりしていないと表現が不明確になる。不明確な表現をクレームに残しておくと、解釈論によって技術的にまったく意味のない領域に権利が閉じ込められてしまうことにもなりかねない。

法律上でも、権利解釈がぐらついて将来に禍根を残す。土地の境界があいまいな権利書だと、ケンカの種になり、必ず負けた方が大損をするのと同じである。結果的に経済価値がはっきりしないないので、高くは売れないことになる。

クレームは、「技術の世界」と「法律の世界」、「経済の世界」の3つが絡み合った三重点である(図2)。技術的なチエの成果を法律の文章で表現したのがクレームなのだが、クレームには経済価値を表す金看板としての役目が生まれてくる。クレームの文章は結果的に金が絡むことになる。クレームの書き方一つで数億円の利益がフイに消えることだってあり得る。その位の重大事なのである。そうなると、技術者といっても特許には真剣にならざるをえないだろう。

さて、技術者が生み出すチエの価値は、実際には、次のような二段階を経て付加価値の盛込みが行われる。

第一段階は、技術者の頭の中での付加価値の盛込みであり、発明を思いついた時に、その人が、どのような技術的思想として発明の内容を捉えるかである。たとえば、傘の柄について発明を思いついた時に、そのままの形体として発明を捉え、滑り止めがついた傘の柄として特許出願をすることができる。あるいは、湿度によって滑り性が変わる概念に目をつけて発明を捉えることもできる。

付加価値盛込みの第二段階は、特許出願するために明細書を作成して出願し、特許庁と交渉を進めながら権利化するまでの一連の処理作業として行われる。この時には、日本特許庁と米国特許商標庁の保護対象に対する考え方の違いに合わせて、ちょうど、同じ新製品について、南極仕様と熱帯仕様を作るように、マーケットに適した味付けに調味するのである。

日本での特許出願から生みだす日本特許と米国特許

たとえば、日本と米国では、特許の保護対象も違っている。日本では技術的思想であるが、米国では新規かつ有用なプロセス、機械、生産品、構成物であればよい。解釈にも当然違いがある。概念的に言えば、日本は具体的にどうするのかを細かく特定する傾向が強いのに対して、アメリカは概念が実際に役立つのかを求める傾向が強いように思われる。

その一例として、ここでは積層型のバルントランスに関する同じ日本出願をもとにした日本特許(2990652)と米国特許(6,285,273)を取り上げてみたい。積層型バルントランスは携帯無線などに使うチップ型トランスである(図3)。

これらの日本と米国の両方の特許権は、1996年3月22日に日本に出願された同じ国内特許がもとになっており、日本では3年半後の1999年10月15日に登録になっている。アメリカには約1年後の1997年3月12日に優先権を伴って出願されている。そして、日本の特許庁より1年長い4年半を経た後の2001年9月4日に特許されている。

これら日米の特許公報を対比してみると、明細書のスタイルこそ異なるものの、図面の符号まで含めて、両者の内容はほとんど同じであることがわかる。そして、第1のクレーム数もクレームの構成もほとんど同じように見える。

そこで、第1のクレームを取り上げて表に比較して示した(表)。その結果、クレーム1の構成要件を詳しく見比べてみると、細かな点で表現の違いが見つかる。そこには、審査官の指示に対応する中間手続きに込められたいろいろな工夫が見えてくる。特に、日本国特許庁からは厳しく補正を求められ、前置審査という準審判を使って抗うものの、止むなく構成要件に限定を加えている様子なども伺い知ることができる。

それにしても、日本特許が3年半で登録になった割にはクレームの要件を細かく限定しており、電磁結合だけでは足りず、電磁結合している部分で対向していることにするなど、細かく限定している点が目立つ。

これに対して、米国特許の方は、4年半をかけたにしても、電磁結合だけ(exclusively)という限定で許されており、誘電体層も平行関係であることだけで済んでいる。結果として、アメリカ特許の方に強い権利が生まれている。日本特許の方は、労多くして、どれだけのメリットが生まれたのか、コスト/効果を知りたいところである。


◎表 米国特許と日本特許のクレームの相違点
United States Patent 6,285,273 特許公報 2990652
公報発行日 2001/9/4 1999/12/13
出願日 1997/3/12 1996/3/22
構成要素1 A laminated balun transformer comprising D積層型バルントランス(であること)
構成要素2 at least two pairs of striplines, A(一対のストリップラインを)少なくとも二組有し
構成要素3 the stliplines of each pair being exclusively electromagnetically coupled to one another through a respective dielectric layer, @(その一対のストワップラインは)誘電体層を介して電磁結合しかつ電磁結合している部分で対向している一対のストリップライン(であって)
構成要素4 the two pairs of striplines being in parallel planes with respect to one another, Bこの二組のストリップラインが誘電体層を介して積み重ねられると共に、
構成要素5 and (the two pairs of striplines being in parallel planes) with another dielectric layer having a grounded electrode thereon interposed between said pairs of striplines.
C前記二組のストリップラインの間、前記二組のストリップラインの上側及び前記二組のストリップラインの下側のそれぞれの位置に、前記ストリップラインと対向するグランド電極が誘電体層を介して積み重ねられていること
●興味深い点は、両者のクレームを比べてみると、微妙であるが両者の間に違いがあることである。アンダーラインの箇所が米国特許と日本特許のクレームの相違点である。

●ここでは、米国特許のクレームを基準とし、それに対して日本クレームを対応させた。日本特許のクレームは@〜Dの順番に読めば、クレームがもとの記載通りに続く。なお、補足分は()で記している。



**これから何を学ぶか**


両者を比較した結果、次の2つは特徴といえそうである。
@日本は細かく具体的に特定をしている傾向が強い。exclusivelyの修飾範囲を見ると、exclusiveは「電磁的な結合だけで」と解せるところを、日本特許では「電磁結合している部分で対向している」とまで限定を加えている。
A日本は状態を概念より物理的構成で明確化する傾向が強い。in parallel planesと「積み重ねられ」の相違を考えてみよう。前者では平行平面の関係があれば十分なのだが、後者では積んで重ねられていないとならず、厳密には「積み重ねられ」た場合、間に隙間があるかないかなどの議論にもなり得る。
この例から、次のようなことを学ぶことができそうだ。
@言葉が持つ意味に対して、技術者はもっと敏感であってよいのではないか。
A昔から言われていたことだが、クレーム文では、やはり、文字数を極力減らす努力が大事なようである。
B英文でクレームを考え、箇条書きにする。そうすると、語彙不足が有利になり、簡略化するのに役立ちそうである。
C米国特許のクレームは読みやすいので、「技術的思想」をまとめる場合には、参考になる。
D日本の特許法では「発明」を技術的思想だといっている。これに対して米国特許法では、inventionをどう定義しているのだろうか?定義次第では、両国の技術進歩に格差が生じてもおかしくない。


注*)権威書のひとつに吉藤著「特許法概説」(有斐閣刊)がある。これによれば、「思想」は抽象的な観念であって具体的な形体とは対立するものとして理解すべきという。



●電子技術 2001年11月号掲載

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