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中島隆連載 第20回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第20回】 優れている点から学ぶ


 張さんとは兄弟同然の気のおけないお付き合いをさせていただいている。私の健康を守ってくれている恩人でもある彼が、「このままだと、日本も、あと20年は持たないね」といった。話しの筋はこうだ。最近、自分勝手に都合の良いところをアッピールし、他人の迷惑にはおかまいなしの風潮が蔓延しているというわけである。ひと様のご都合には目もくれず、自分の主張だけを強引に押し出すやり方が目に付きすぎるという。たしかに、街を歩いていても、こちらのことにはお構いなく、人もなげにぶつかってくる。エスカレータでは人を押しのける。あげくには、恐い目をしてにらんでゆく。

 こんなモラルの低下を嘆いての話しなのだが、さらに尾ひれがついて、日本はアメリカから圧力を受けると、その悪い点ばかり真似をするということになった。そうやってギスギスして時間とお金を追いかけるのもよい。だが、アメリカにはもっと見習うべきよい点がたくさんある。本当のよい点を学ぶべきだ。学ぼうとする気持ちがあれば、自分が楽になるし、毎日が楽しくなるに違いない、と。それを聞いて、いまどきのビジネスパテント黒船論も似たようなものかもしれないナと思った。

国産のFタームを便利なツールにしよう
 特許情報には、先輩や同業他社の同じ技術者が努力した成果が盛り込まれている。そこには、普段ではなかなか思いつかない素晴らしい工夫や発想が説明されている。特許情報から他社の優れた技術や良い点を学びとり、自分の糧にしようとすれば、相対的に、自分自身が位置しているポジションがはっきりとする。自分を取り巻く環境や周囲の状況の見晴らしがよくなるので、ひいては、研究開発にもゆとりが生まれる。

 ところで、優れた特許情報を手に入れるにしても、膨大な特許情報をどのように探ればよいのだろうか。今回は、研究開発のヒントになる特許情報を抜き出す方法として、我が国独自のFタームを使う便利なやり方を取り上げてみよう。Fタームについては、すでに、この連載の第12回1)でも紹介したのだが、その後も特許庁は技術テーマの充実を図っており、現在では約2,000もの技術テーマについてFタームが公表されているそうだ。

 Fタームの細分構造は技術サイドからのモノの見方に近い。Fタームの細分構造をつかみやすいので、技術者にとっても違和感が少ない。特別な検索スキルに通じていない技術者でも特許庁のWEBで大まかな特許情報を手早く検索でき、すぐに使える。

 今のところ、自分の関心技術がどのFタームにあたるのかを調べることが難しいなど、まだまだ使い勝手の悪い点が多い。それでも、今年の公開公報からは表紙の中段右方に(参考)としてFタームが掲載され始めている。それをチェックすれば、自分の関心技術がどのFタームに相当するのかを知ることもできる。

 ところで、情報を見る側の立場になってみれば、情報の量が多いことが必ずしも良いことだとは限らない。この点、Fタームを使うと情報量を絞ることができる。これは技術対象を限って最小限資料を手早く探す場合に大変ありがたいことである。審査で引用される重要な発明や優れた特許情報を探し出す上でも重宝である(図1)。

 Fタームは国産である。産業界と特許庁が協力して生まれた我が国独自特許情報分類システムであるので、残念ながら海外の特許情報では使えない。その意味では、まだ内国文化である。しかし、R&Dに取り組む技術者にとってFタームは使いやすいと思う。企業第一線で活躍する技術者諸兄が改良すべき点を指摘すれば、さらに充実して使い易いシステムに育つ。そうすれば、将来は我が国の独自な技術蓄積として、Fタームを世界に情報発信できるようになるかもしれない。

Fターム テーマコード5E319
 “プリント基板への部品実装技術”「プリント板への電気部品等の実装構造」というのが正式の定義名である。このテーマコードに集められている特許情報は、国際特許分類(IPC)の国内版ともいえるFIデータH05K3/32〜3/34に該当する国内特許情報である。IPCは5年毎に改訂されるので改訂履歴を追いかけないとならない。その点、Fタームは改訂されても一気通巻で書き換えられるので遡及調査にも便利である。繰り返しになるが、Fタームの優れている点は、図2に示すように、実際の技術者が抱く分類イメージに近い形で細分化がされている点である。
中島隆連載 第20回 図1図2
(1)どこに目をつけ、どうしようとするのか
 まず図2の二重枠を見てわかるように、このFタームでは、目のつけどころ(構成)と、ねらい(目的・効果)の大きな二つの見方で特許情報を把握している。これは、すべての発明が『どこに目をつけて、どうしようとしたか』、つまり、構成と効果によって表現できるとする考え方に基づく。もっとも、特許情報をR&Dのヒントとして活用する場合には、この逆に、『どうしたい。(そこで)どこに目をつけるか』という風に、逆転して考えてみる方が実際には役に立つ。

(2)「全体」と「部分」に分ける
 次に、目のつけどころ(構成)を「全体」と「部分」に大きく分けている。「全体」とは、系(システム)や時間変化などのように、個々の部分に分けてしまうと特徴がはっきりしなくなるようなケースを取り上げる。例えば、プリント基板への実装技術では、「全体」を「直接実装/間接実装」と「実装位置」に分けている。われわれ技術者は、個々を細かく見る「部分」としての見方には馴れているが、案外、「全体」として離れてみる見方には馴れていないのではないだろうか。参考になる捉え方である。

(3)「モノ」と「時」に分ける
 モノの発明と方法の発明というように、モノと方法の二つの概念で発明を捉える見方には慣れているだろう。
 「モノ」の見方という点では、この部品実装のFタームの場合には、電子部品とプリント基板の他に「部品と基板の接続」を第三の観点として扱っている点が特徴であろう。接続技術の重要性に着目したものである。このように、第三の観点を設ける捉え方は、他のケースでも参考になるだろう。

 さて、「時」を追う見方では、個別の工程に加えて、「検査・評価」と「取り外し・リペア」を取り上げている点が目新しいといえるだろう。Fタームから話はそれるが、「時」を追いかける場合には、この工程を追うやり方以外にも、商品の企画段階から設計の標準化、セットアップや調整、結線、スタート/ストップ(過渡)、定常、保守・点検、増設・変更、解体・廃棄などのように、商品のライフサイクルを追ってみる見方もできるだろう。

(4)「その他」という枠
 それぞれの分類枝に「その他の部品構造」というように、「その他…」という枠が設けられていることに注目して欲しい。一般的には「その他」というと、余り重要ではない場合が多い。しかし、特許情報の場合には、「その他」は、大変に要注意な枠である。というのは、成熟した技術は、はっきりと定義ができ、分類枠も明確に定まるのだが、それに反して、どの分類枠にも入らないユニークな技術は、特許分類上で「その他」の枠に収容される場合が多いからである。その意味で「その他」は、ジャンクも多いが宝石もある仮の枠であるということになる。

 Fタームの活用議論をさらに一歩進め、Fタームを用いた技術成熟度の判断や将来技術の予測などに話題を発展させてみよう。Fタームが技術分類に近い形で細分化されているとするならば、それぞれの分類枠に入っている件数は、ちょうど投票数が示すように、その技術に対する関心度を表わすことになるだろう。そこで、個々の枠での出願件数の推移を調べれば、まだ伸びる技術なのか、下り坂の技術なのか、技術の発展模様や今後の動向を探る一つのメジャーになるのではないだろうか。

 図3には、テーマコード5E319のいくつかのFタームについて、過去20年間の件数変化を示している。グラフの中で出願件数が多いのはFタームAA03と付けられた表面実装に関する技術である。1979年ごろは100件前後であったものが、それから14年を経た1993年前後には、年間500〜600件に急増している。その後は、1995年に20%ダウン程度の谷を迎えている。さて、その後の変化を第二のピークへの上り坂と見るか、下降線と見るかは、見方が分かれるところであろう。答えは、最近の出願内容を見て技術の延長線を外挿すればある程度は想像できるだろう。ともあれ、1979年頃にテイクオフした表面実装技術は、ほぼ15年間でそのピークを迎えたと見ることができる。
中島隆連載 第20回 図3
 表面実装とは裏腹の関係にあるリードレス部品(FタームAB05)ではどうだろうか。当然、表面実装と同じ傾向を示すように思えるだろう。しかし、実際には表面実装と違った動きを途中から見せている。1989年から1997年頃に約20%のブロードな低下を示すが、その後は表面実装とは違って着実な増加傾向を示している。特に1994年頃からの増加は、新たな山に向かいつつあるように思える。ここには電子部品メーカのしたたかさが現われているということもできそうである。

 図3には、参考までに異方性導電体(BB16)に関連する件数変化と、部品取り外し(CD57)に関連する件数変化も示した。これらは、せいぜい年間50件程度である。ただし、異方性導電体の方は、最近、件数が着実に増えており、ここ数年の動きを新たなテイクオフと見るか、重要性の判断が別れる技術だと思われる。なお、異方性導電体は、このFターム「プリント基板への部品実装技術」という観点以外にも、コネクタとしての観点や、半導体デバイス、表示パネルとしての観点などがあり、それらのデータも併せてみる必要がある。

 これに比べて、部品取り外しに関する技術はISO14000などの絡みがあるといっても、プリント基板への実装技術という観点で見る限りは低迷しており、無風で地味な技術であるということができよう。

 このように、Fタームを探って20年スパンでの出願件数の変化を見るだけでも、技術の実質的な変化や枝分かれを知ることができる。事実、1979(昭54)年頃の当時のエレクトロニクスを思い返してみると、当時はまだチップ抵抗器やチップコンデンサがわずかに使われ始めた頃である。それがこの20年間で大きく変化した。プリント基板への実装技術の技術革新は猛烈なスピードで進んだことがよくわかる。

40年、30年、20年、10年前、そして、いまの表面実装
 具体的な例でプリント基板への実装技術の変革を見てみよう。いまから40年前、1960年にドイツで出願され、我が国でも特許が成立したシーメンスの発明(特公昭38-12075)を図4に示す。細部でこそ、いまの形とは異なってはいるものの、全体的な概念としては、今でいうボールとベアチップを組合せたフリップチップ表面実装の原形に当たる。半導体能動素子の上面には凹みが設けられており、金のボールを用いて配線基板の回路パターンと接続する。今にして振りかえって見ると、技術の発展形態は頭で想像するような単純なものではなく、企業活動や社会的環境の変化などによって予想外の変化を示していることがわかる。そして、副次的な技術をも併せた総合的なリソースベースが育っていないと、いかに先駆的発明といっても、その延長線上に花が開くわけではなく、早すぎても枯れてしまうことがあるというモデルケースのように思われる。

 ところが、このシーメンスの歴史的な発明からほぼ10年経た1970年には、今から30年前にあたるが、IBMから図5に示すボールボンディングの発明(特公昭47-49666)が生まれている。この例によれば、早くも1970年頃には各種のフリップチップ接続が検討されており、はんだ接続とボール接続による応力対応構造が技術的に工夫されている。

 半導体素子とは別に、表面実装の歴史という面で見ると、チップコンデンサは比較的早くから生まれた表面実装部品である。それが1979年頃になって表面実装技術が普及し始めると、技術が細かく多様化してくる。図6はチップコンデンサをはんだ接続する場合のパターン形状に着目した発明であり、スリットをパターンに設けることによってはんだ玉やフラックスの洗浄をしやすく工夫したものである(特開昭56-38895日立製作所)。
中島隆連載 第20回 図4図5図6
 今から約10年前の1989年に入ると、図7(a)に示すような導電性エポキシを接続に利用する発明が生まれてくる(特開平3-74816 富士通)。リフローが普通の工程になる。

 それを反映して、図7(b)のような耐熱性のない部品を利用する場合でも徹底した工程合理化を行なうための工夫(特開平3-104186 セイコーエプソン)が盛り込まれてくる。また、図7(c)に示されるような不良部品のリペアに関わる工夫(特開平3-76240 シャープ)なども現れる。

 こうした経緯を経て、今年2000年に公開される特許情報では、図8(a)に示されるプリント基板を使わずに低コスト化と環境対策を図る新たな発想(特開2000-124586 ソニー)や、図8(b)に示すような鉛フリーを配慮した銀ペースト接続(特開2000-124059 デンソー)、図8(c)に見られるような微細なバンプ接続やビルドアップ基板を利用して異方性導電性シートやペーストで表面実装する技術(特開2000-133682 松下電器産業)へと技術が変革してくるのである。

 このように、Fタームを用いてプリント基板への実装技術の流れを見てみると、技術の成熟化と共に、セットメーカが部品を買って実装するという人任せのスタンスから、川上の部品側にも積極的に立ち入っていくという傾向が具体例を通じてわかる。
中島隆連載 第20回 図7図8
 ここではFタームを利用して単純に年別の件数推移を見た。年間の総件数でノルマライズすれば、景気が与える全体的な出願件数の増減の影響を補正することもできそうだ。さらには、件数変化の勾配や加速度を求め、あるいは、立ち上がり期の積分値を求めることによって、技術開花のための蓄積エネルギーを比較してみることもできるだろう。また、Fタームと製品生産量や出願人バラエティなどを組合せて多変量解析すれば、技術価値評価や産業連関予測などの新たな手法ができ、特許情報解析の今までにない利用価値が生まれるのに違いない。

 アメリカのよい点は勇気と努力に敬意を払う点でもある。だから、つい、個人の発想に独自性を強く求めがちである。それが原因なのか、特許情報に埋まっている豊かな知恵を自分の知恵と創意工夫の糧に活用するというところまでは、まだ、目が向いていないようである。

 特許情報の優れた点に目をつけて、科学技術立国を標榜する我が国の技術人が持ち味を活かし、技術者の観点から独自の情報技術システムを工夫し、それを新しい分析手法にまで育てて世界にアピールすることができるとすれば素晴らしいことではないだろうか。少しポンコツになってはいるが、技術人の一人として筆者も努力したい。くだんの張さんも、にこやかな顔で「頑張ってください」と応えてくれるだろう。

【参考文献】
1)電子技術、41巻、11月号、1999年
2)野口悠紀雄、『「超」発想法』、講談社、2000年
日々直面する課題に翻弄されている技術者に、ぜひ、一読をお勧めしたい。勇気が湧いてくる本である。

●電子技術
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