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中島隆 連載第16回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第16回】創造のヒントは登録特許にも秘められている


 短編ミステリーのように公開特許公報を読む。すると、そこには新しい着想を生みだすヒントが浮かび上がってくる。前号では、小型化・高密度実装に関わる放熱技術として熱伝導性ゴムシートを例にとり、同業他社の技術者が、いまどき、どのような技術課題に着目し、どのような見方で問題の本質をつかみ、どんな知恵をはたらかせて問題の解決を図ったか、公開特許公報をベースに説明した。そして、短編ミステリーのように公開特許公報を楽しみ、少し深みにはまって発想のヒント語を集めてみることなどを提案した。

 このようにして特許情報から集めた発想のヒント語は、技術者の知的好奇心を刺激して創造を活発にする良い道標になる。だが、なにも最新の公開特許公報だけにヒント語が秘められているわけではない。特許侵害を防ぐために社内回覧され、技術者がよく目にしている特許公報(登録)にも、たくさんの創造へのヒント語が秘められている。ただ、特許公報は、登録されて権利になった発明を公にすることが主目的である。だから、公開特許公報が発明から二年程度の遅れですむのに対して、特許公報では、審査にかかる期間だけ、数年程度は遅れた古い発明になる場合が多い1)。しかも、特許公報のフロントページには代表図が掲載されておらず、無味乾燥な顔をしている(図1)。読む方でも、権利侵害を防ぐということから【特許請求の範囲】を重要視するので、技術的新鮮さや興味という面では、つまらない印象を受ける。
中島隆連載 第16回 図1
 しかし、多少は古くても、登録になった発明は、実は、それなりに新規性を満たしており、しかも進歩性があるとして独占排他権が与えられた発明だ。それだけに特許公報の発明は重要な発明である場合が多い。まして、発想のヒント語を集めるという面からみると、【特許請求の範囲】の文章は読み難いのだが、権利範囲をできるだけ広くするように注意深く選ばれた語句が使われており、発明の概念を可能な限り上位に抽象化して表現するための工夫が凝らしてある。その点で、特許公報は権利侵害を防ぎ、同時に新たな発想のヒント語を抜き出す材料にもなり、一粒で二度おいしい好都合な情報なのである。
中島隆 連載第16回 図2
 そこで、今回は、同じ出願人による一連の立体的プリント基板に関する登録特許を例にとり、創造のヒント語を探り出してみたい。ここで取り上げる例は1991年から1994年までに出願されたフレキシブル基板(転写シート)を用いた一連の立体的なプリント回路基板である。

立体的回路基板から新しい着想へ
[プロローグ]

 立体的回路基板は、普段見慣れた平面状のプリント基板を、単に箱型やL字型などに立体化しただけの回路基板だと捉えてしまってはつまらない。せっかくなら、三次元の曲面をもつ導体パターン込みの立体構造だと抽象概念で捉え、例えば、携帯電話に自由に使うことを考えれば将来のイメージが変わる。和菓子の最中のように、スイッチやICなど、回路全部をケースと一体にまとめ、あとは電池を差し込めば個人持ちの携帯電話ができるというイメージである。それにとどまらず、もっとイメージを膨らませて、一人一人の手のひらの形に合わせた柔軟(ソフト)なインターフェースを実現するツールになると捉えることもできるだろう。

 だから、ここで取り上げる立体回路基板の例に余り縛られずに、社会の潮流を睨んで、それでいて技術者の観点から電子回路の本質や、エレクトロニクス製品の将来のあり方にまでイメージを広げてみると、立体回路基板から新しい着想が生まれてくるだろう。今までのように、軽薄短小化や自動組立、部品点数削減のツールとしてメーカー側からの発想で捉えるのではなく、思い切って、個人持ちのパーソナルな概念を実現するツールとして自由に捉えてみるとおもしろいように思う。電子部品やその実装、シールド、ヒートシンクなどの比較的身近な範囲だけでなく、視野が十年先にまで広がり、関連技術や社会インフラなど、想像以上に関心が広い範囲に広がってゆくだろう。

 このように立体回路基板は、今までのプリント基板の概念を一変する可能性を秘めている。それだけに、さまざまなアプローチが各社で試みられている。しかし、ここでは特許公報から発想のヒントを抜き出すことに話題を絞りたく、特別な理由があるわけではなく単なる一例として、射出成形の金型にフレキシブル基板を入れて樹脂一体成形する立体的回路の例を取り上げる。

 話は現実に戻るが、立体的回路基板に関する一例として一連の特許公報(2761981名機製作所、2657612、2631808、2748320名機製作所/日東紡)を取り上げ、【図1】として掲載されている図面を出願日順に並べたものが図3である

課題とソリューション
 最初に図3(a)に示す1991年3月の出願段階では、発明者は立体的プリント回路基板の外部接続に着目している。配線や部品などを接続するための接続部分である。通常の平面状プリント回路基板で考えても、軽薄短小化や高性能化に応えて回路パターンを微細化しても、異方性コネクタやはんだ付けなどの接続に手間がかかり過ぎ、微細化は限界に近づいている。まして、回路基板が三次元の立体的回路基板になると、下手をすれば、入り組んだ裏面に部品を取りつけたり、配線接続をしなければならず、実際にはイメージだけが先行して実用性がないかもしれない。そこで発明者は、立体的回路基板がどうしてもクリアしなければならない課題の一つとして、外部との接続部分に目を付けたのであろう。

 これまでにも立体的回路基板を実現する色々な方法が提起されているが、発明者は、金型にフレキシブル基板を入れてABSやポリプロピレンなどの樹脂を流し込んで立体的回路基板を一体成形する自分に慣れた技術をベースにしている。その範疇で、金型の内部にセットするフレキシブル基板の一端を自由にしておき、金型内に流れ込んだ樹脂がフレキシブル基板の裏面に流れ込み、その力でフレキシブル基板の自由端を反対側に持ち上げ、結果としてフレキシブル基板の接続部が立体的回路基板の表面に浮き上がるようにする工夫を加えている。

 図4(a)は、裏面に樹脂が流れ込み易い様に切り欠き部分を設けたフレキシブル基板の外観と、金型の内部での樹脂の流れを矢印で示している。同(b)と(c)は、金型を断面で見てフレキシブル基板の裏面に樹脂が流れ込み、フレキシブル基板の自由端を反対側に持ち上げる様子を示している。

 ここで特に注目したいのは、図2に戻って、【特許請求の範囲】に使われている表現である。ここでは、この発明者の工夫のポイントを「…溶融樹脂材料の流れ方向と交差する溶融樹脂材料回り込み線を形成し…」と抽象化して表現している点である。とりわけ、「流れ方向」という文言や「交差する」、「回り込み線」などのように抽象化した表現に目を配りたい。このような表現(語句)は、まったく別なケースにも新たな着眼点を探す上で貴重なヒント語になり、新しい発想を思い浮かばせるためのキーワードになるからである。
 このように、特許公報は、権利侵害を防止するために継続的に監視すると同時に、技術者が発想のための抽象化のヒントを得るという見方で【特許請求の範囲】に散りばめられている語句を見るだけで、そこに新たな使い方が生まれ、新しい発想を生み出すヒント語をピックアップする格好の資料に変わるのである。
中島隆 連載第16回 図3 図4
 ふたたび図3(b)と(c)に戻るが、1993年7月の出願段階になると、フレキシブル基板の代わりに転写シートを用いて立体的プリント回路基板を形成する方向へ技術対象が変化する。図3(a)の1991年の発明から数年を経た結果、単にフレキシブル基板を樹脂成形金型に入れておくという初歩的な段階から、もっと実用的なことを考えて転写シートを用いる方向へと技術が進歩する。

 図3(b)と(c)を詳しく説明すると、いずれも立体回路のコーナー部の表面に固有な課題に着目している。具体的には、樹脂を金型の内部に射出成形する時に、回路パターンが樹脂の流れで伸ばされ、銅箔に無理な力が加わって、回路パターンが切れたり亀裂を生じたりするトラブルを防止することに着眼点を移している。このための第一の対策として、図3(b)の例では、コーナー部の回路パターンを樹脂内部に潜り込ませ、しかも、回路パターンを二股に分けている。そして、発明者は、射出された樹脂が転写シートの二股部分に流れると、分岐部分を引っ張り、この張力により回路パターンがねじれ、キャリアシートから回路パターンが剥がれるというメリットにまで言及している。この関係を図5に示す。

 第二の対策として、図3(c)の例では、コーナー部の回路パターンをペースト状導電材層で裏打ちすることを考えている。そして図6に種々の変形例を示すように、発明者は、回路パターンにスリットを設けたり、穴を開けるなどの工夫を考えている。このような様々な工夫のポイントが図示されていると、それをヒントにして、立体的回路基板とは全く別な技術課題に直面した場合にも、いろいろな工夫を思い付くことができる。そこで大事なことは、スリットや穴などの工夫が、どのような発想から生まれたのか、自分なりに考えて、自分なりの言葉に置き換えてメモに残しておくことである。
中島隆 連載第16回 図5図6
 図3(d)では、さらに1994年へと約一ヶ年が過ぎた後の発明を示している。ここでは、発明者は、金型内部での転写シートの正確な位置決めとシワの発生防止へと着眼レベルをステップアップしている。そして、位置決めピンを用いた転写シートのセッティングと樹脂注入用ゲートの位置関係だけでなく、図7に示すように、転写シートの一部を自由端にしてシワを逃がす工夫へと技術内容を深掘りして発展させているのである。ここでも、「規制する」という概念と、その反意語ともいえる「自由にする」という概念が発想に使われている。
中島隆 連載第16回 図7
エピローグ
 少し古くなった特許公報でも、例えば【特許請求の範囲】に使われている文字表現を見てみると、新たな発想を生むためのヒント語を抜き出せるということを事例で示した。ここで取り上げた立体回路基板それ自体は、商品マーケティング・製品開発・自動生産の商品サイクル短命化のなかで、どの程度の重要な要素技術になるかは、未だ位置づけがハッキリしない。とりわけ、易分解による環境対応やリサイクルだけでなく、個人の感性が重要視される「個の社会」に変革すると、今までのような大量生産ベースの観点だけでは重要性の判断ができなくなる。まさに個の知恵の勝負の時代になっているということも言えるだろう。

 技術者が自立して組識と対等な個人の発想で勝負する時代では、特許情報が技術者一人一人に、夫々に違ったユニークな着想・発想を投げかけ、新しい価値を生み出す上で役に立つ情報資源となる。その時に備えて、発想に役立つヒント語を特許情報から拾い集めておくのはどうだろうか。

【参考】
1)最近は特許公報の発行も一昔前に比べるとずいぶん早くなってきている。公開特許公報は、特許出願から1年半たった後に公開されるのだが、ときには、特許公報の方が公開特許公報より先に発行される場合すらある。

●電子技術2000年3月号掲載
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