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中島隆 連載第12回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
第12回 創造のヒントのためにパーソナルデータベースを


 熱海の丘のMOA美術館には太閤秀吉の黄金の茶室がレプリカで展示されている。その黄金色の壁面には、幅が数センチのV溝が数十センチ間隔で左右に伸びて彫り込まれている。薄暗い茶室でロウソクの炎が揺らめくと、V溝の斜面に光が反射し、金一色の壁に輝く帯が縞のように浮き上がったことだろう。このV溝があることで黄金の威圧感が和らぎ、いやらしさが救われているように思える。

 ところで、このV溝は美的効果を発揮するだけでなく、壁一面に板を張った場合、気温の変化や湿度などによる歪応力を水平に分散し、緩和するはたらきがあるのではないだろうか。有名な正倉院の校倉づくりにも、美と技巧が、ときとして一致することの不思議さを感じる方も多いのではないだろうか。

 この連載では、名工・名匠の技に限らず、全国津々浦々の技術遺産を訪ね歩かなくとも、特許情報に表われる多くの技術者のいろいろなチエと工夫を抜き出し、これらのチエと工夫が盛り込まれた発明をヒントにして、役に立つ新たな創造を生みだすことを提唱している。情報源は、特許庁のホームページ1)に有り余っている。優れた発明の数々を簡単に調べることができ、パーソナルなデータベースを蓄えることができる。発明は次々と多量に公開されるので、最近の他社動向を追跡する上でも大変に便利である。

 しかし、特許情報は大量なデータが得られるというメリットの反面、量が多すぎるというデメリットもある。そこで、効率よく特許情報を活用するためには、特許情報を「分類しておく」という作業が欠かせない。千差万別の発明をランダムに見るよりは、何かの共通性で束ねた情報を見る方が格段に便利である。だから、パーソナルデータベースには特許情報の分類が欠かせない。

 前回も、分類できない特許情報に意外なヒントが埋れているとしたが、これも、分類するという作業があってのことである(図1)。
中島隆連載 第12回 図1
特許情報のいろいろな分類
 まず、最初にしっかりと決めておかないとならないのは、何のために分類するのか、特許情報を分類する目的は何なのかである。これをはっきりとしておく事は、大変に大事なことである。

 例えば、公的な特許情報の分類として国際的な基準となる国際特許分類(IPC)がある2)。この分類体系は、農業で先進している国や工業製品で先進している国など、全世界の特許情報を調査する場合の利便性を目的にした体系である。だから、製品別ではなく、どんな目的でどのような方式を利用するのかという抽象的な面から発明を分類する。その反面、具体的な製品の技術という観点からは、使い難い点が残る分類になっている。

 そこで、わが国の特許庁では、国際特許分類(IPC)を基本として活かしながら、国内での審査の便利と産業界での使いやすさなどを考え、細分化したFIデータ3)とか、Fターム4)などの分類構造を築いている。なお、米国特許については、米国特許商標庁が特許大国の米国らしく、国際特許分類(IPC)とはまったく異なる製品別に近い独自の米国特許分類(USC)を定めている。

 特にFタームは、特定の技術テーマについて、いろいろな観点から生まれた発明を審査するために、わが国特許庁が産業界と一緒に定めた分類体系である。このFタームでは、その技術テーマのキーポイントをわかりやすく整理している。技術テーマの全体像をきちんと理解する上で役に立ち、出願前の先行特許調査などにも威力を発揮する。その割に、PRが行き届いておらず、公報にも掲載されていない。技術者には重要な技術資料だと思うのだが、馴染みが薄いので、この機会に少し詳しく紹介しよう。

 図2は電場発光光源(エレクトロルミネッセンス:テーマコード3K007)分類構造を示すタームリスト表である。Fタームリストで縦にAB、BA、BB、CAとあるのは、主要な観点で分けた見出しである。それぞれの右欄には、具体的に細分化した枠が設定されている。例えば、ABの目的・効果という欄の右欄には、発光特性(AB01)、電気的特性(AB05)、特性の安定(AB11)などと、細分化したコードが付けられている。BAの形状という欄の右欄には、帯状(BA01)、棒状(BA02)、端面発光(BA04)などという具合である。BBの外囲部(封止容器、樹脂モールド、液体封入など)、CAの基板(ガラス、セラミックス、半導体、金属など)、CBの透明電極、CCの端子構造の他、DBやDCという欄にはELの材料や添加物が展開されている。絶縁体、半導体、誘電体の配置、製造法、回路なども細かく分けられている。そして、知りたい部分のコードを記号で指定すれば、該当する先行特許文献を特許庁の電子図書館ホームページ5)から検索することがきる。例えば、Fタームを3K007AB05と指定すれば、ELの電気特性に関する先行特許文献だけを画面に表示させることができる。
中島隆連載 第12回 図2
それでも、自前の分類が欲しい
 特許情報の分類は、上記のように膨大な特許情報から必要なものを抜き出す利用面で欠かせないものである。網羅的に全世界の特許を調べる場合には国際特許分類(IPC)が役に立つし、ピンポイントに絞って国内の先行特許を調べる場合にはFタームが便利である。

 しかし、新たな問題解決の役に立つ発想のヒントを探そうとすると、これまでの官設の特許分類では急場の役に立たない。そこには自分なりの見方でヒント情報を集め、自分の言葉でヒントを抜き出せるパーソナルなデータベースが必要になる。ちょうど名刺やカタログを整理して友人や顧客との接点を大事にするように、自分なりに分類したヒント集を作るしかないのである。

 このパーソナルなヒント集は、自分の創造用データを活用しやすくするのが目的だから、公開公報を綴じ込むだけでもいいし、学会論文や新聞切り抜きを綴じ込んでおいてもよい。公開公報のフロントページや新聞の切り抜きには、一言のメモを書き加えておくだけで、だいぶ活用しやすくなる。こうして、発想のヒントとして集めたデータには、それぞれの工夫のポイントを分類として付けておくとよい。短い文章にまとめるには手間がかかる。それを省くためには、「拡大」とか「内/外」、「流用」、「分散」、「時間」などのような粗っぽいメモだけでも役に立つ。ついでに、パソコンの表データなどに入力しておけばよい。

高密度実装から放熱への回帰
 ハンディ傾向はエレクトロニクス機器の大きな潮流になっている。そこでは、高効率化を図り、小型・薄型化を高密度実装で実現しようとする。結果的に熱対策にぶつかり、往々にして、熱が部分的に集中化するケースが増える。

 ここでは、最近の熱設計に関連する公開公報の中から抜き出した発想のヒントが役に立つ。ここでは、そのような例をいくつか取り上げ、自分なりのヒント集を築く場合の読者の参考に供しようと思う。

 図3に示す例は、プリント基板をアルミケースで覆う小型電子機器の筐体構造である。実際の筐体設計では、中々、頭で考えたように理想的にはいかず、現場では寸法合わせなどに苦労をする。こんな観点から放熱フィンの形を工夫した一例である。

<図3 カバーとヒートシンクを斜面でネジどめする筐体構造(P11-204967デンソー)斜面を利用する発想は、熱的密着を考える場合にいろいろに変形して活用できる>
中島隆連載 第12回 図3
 ケースとプリント基板をネジ止めするような場合には、機械加工精度によって、どうしても多少の寸法ずれが生じるものである。プリント基板に立てたパワートランジスタ用の放熱フィンを中柱に使って上蓋をネジ止めするとなると、問題はさらに厄介である(図3a)。

 この工夫の例では、放熱フィンの頂部を斜めにカットし、同時にカバーのネジ止め穴の周りも斜めにプレスする(図3b)。こうすると、放熱フィンの位置を左右にスライドすれば、プリント基板とケースの間隔を最適に調整でき、プリント基板とケースの平行がとれない、強引にネジで止めるとタイコのように中央部分が膨らんで歪みが残るなどの心配が無くなる。

 ネジ穴の周りのケースが凹ませてあるので、ネジ頭もケースから沈ませることができる。こうすると、ナベビスを使っても、ケース同士を隣り合わせに並べることができるという新たなメリットが生まれてくる。

 さらに、この発明では、観察の目を基板の四隅に移し、四隅のネジ穴の周りに切り込みを入れる。万が一、微妙なストレスが基板に残る場合には、四隅のくびれが変形して基板にストレスが加わらないようにする工夫(図3c)を加えている(P11-204967デンソー)。

 この発明からは、「斜面を使う」という発想が浮かび上がる。斜面はクサビにも発展するだろう。考えてみると、ネジ自体も斜面の利用である。

 図4に示す例は、カーボン材料から発展した電子機器の放熱用筐体である。放熱用筐体というと、今まではアルミが多く使われてきた。しかし、最近の携帯電話やパソコンなどのように軽量化と強靭性、加工性、低廉性などが求められると、従来の材料では早晩、対応ができなくなる。
中島隆連載 第12回 図4
 この発明は、黒鉛シートやCCカーボンと炭素繊維補強プラスチックとを組み合わせた。黒鉛シートは層状構造をしているので、厚み方向と水平方向とでは熱伝導性が数十倍も異なる。黒鉛シートの熱伝導率は、Z方向で4.6W/m・℃なのに 、XY方向では139W/m・℃にもなる(図4a)。

 この放熱用筐体では、半導体などの発熱を、まずXY方向に水平に拡散させる。それから遅れて厚み方向に放熱させる。これによって、CPUなどに熱が局所的に集中することを防ぐ(図4b)。この発明者は、プラスチックに炭素繊維を複合成形して熱膨張率を整合させることも図っている。熱膨張率が異なると、ソリの問題が厄介になるからである。カーボン材料は、極めて軽量なだけでなく、導電性も制御できる。廃棄物処理の面をとっても、これからの活用を考える上で魅力の多い材料である。

 この発明からは、「異方性を活かす」という発想が浮かび上がる。熱の輸送だけでなく、誘導をレイアウトするという概念は、今まで余り検討されていない。強いてあげれば、送風ダクトやヒートパイプぐらいであった。熱的特性に限らず、異方性導電性コンタクトなどを含めて、「異方性」という概念は、これからの発想を広げる一つのヒントになるキーワードである。

 図5に示す例は、人工衛星に搭載される電子機器に関する少し変わった技術である。人工衛星は打ち上げる前は、地上で大気圧にある。それが、打ち上げられると真空中に位置することになるが、この間に空気を放出しなければならない。しかも、宇宙では精密な電子機器であるから、確実なEMI対策が必要になる。それでいて、徹底的に軽く、安い構造でなくてはならない。このような条件下で考えられた空気排出構造が、厚さ25μmの金属蒸着樹脂シートにカッタナイフで十文字の切れ目を入れるというだけの簡単な構造である(P11-186775三菱電機)。
中島隆連載 第12回 図5
さて、この発明から読者は、どのような発想のヒントを手に入れたであろうか。

【参考文献】
1)特許庁のホームページ(http://www.ipdl.jpo-miti.go.jp/)は時々見ておくと参考になる。
2)国際特許分類(IPC)については、分類項目の変化から技術の裾野の広がりを見ることができるとして、この連載の第5回目(1999年2月)でも少し触れた。
3)FIデータは、公開公報の表紙(フロントページ)の(51)Int.Cl.6の右欄にFIとして記載されている。IPC記号と、間をおいて少し右に書かれているA、B、Cなどの記号を言う。わが国独自の細分がされているので、侵害防止の特許調査などには大変に役に立つ。
4)Fタームでは、特定の技術テーマを取り上げ、特許庁が審査に使う先行特許文献を分類している。なお、Fターム解説書は価格が安い割には内容が濃い。先行特許を調べる場合には大いに参考になる。(財)日本特許情報機構で扱っているので問い合わせてみるとよい。
5)http://www.ipdl.jpo-miti.go.jp/homepg.ipdl

●電子技術1999年11月号掲載
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