デジタルセラピーDTxと行動変容


デジタル機器やIoTの導入は、医療やヘルスケアの領域でも進んでいます。近年、注目を集めているのがDTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピー)です。デジタルセラピーは、スマホのアプリやIoTディバイスなどを用いて、疾患治療のために、ソフトウェアが患者に直接介入を行います。今回取り上げたのは、ユーザに固有のカスタマイズされた禁煙プログラムのコンテンツを提供することによって、ユーザの行動変容を促進する発明です(US20210202066、Carrot, Inc.)。


生活習慣と慢性疾患

「がん、心臓病、脳卒中、糖尿病」などの慢性疾患は、生活習慣が深く関与していることが明らかになっており、生活習慣病とも呼ばれています。生活習慣病の代表格である糖尿病の患者の数は、日本で1,000万人と推計されています。さらに予備群を含めると2,000万人ともいわれています。中高年の多くが何らかの生活習慣病をもっていて、それが将来重大な健康障害になる可能性があり、生活習慣病の早期発見と早期治療が急がれています。


日本では「21世紀における国民健康づくり運動」が行われています。この「健康日本21(第二次)」では、主要な生活習慣病を「NCDs対策」という枠組みで捉え、取り組むべき必要な対策を示しています。NCDsとは、Non Communicable Diseasesの略で、日本語では「非感染性疾患」と呼ばれます。


「健康日本21(第2次)の推進に関する参考資料」(平成24年(2012)7月)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/kenkounippon21_02.pdf

デジタルセラピーで行動変容を促す

生活習慣病の多くは、発病してもかなり進行するまで自覚症状がほとんど現れないという特徴があります。そのため、健康診断などで生活習慣病のリスクを指摘されたり、検査結果が異常値であったりしても、それを自覚しにくいものです。そのために予防や治療というアクションを起こせない、または起こさない人が少なくありません。


そのような問題に対応しようとするのが、デジタル・セラピューティクス(DTx)、いわゆるデジタルセラピーです。デジタルセラピーは、ソフトウェアが患者に直接介入を行います。パーソナライズ化した治療、日常生活データに基づいて、患者の行動変容を意識付け、疾患の予防や管理、治療、さらには未病につながると注目されています。デジタルセラピーは、スマホアプリやウェアラブル機器、医療指導者や臨床医によるバーチャルな行動の指導などを通じて、行動変化を奨励・強化します。慢性疾患につながる生活習慣を変えることが、治療であるという考え方であり、薬剤や医療行為による治療とは異なる治療の概念です。


この発明は、ユーザに固有のカスタマイズされた禁煙プログラムのコンテンツを提供することによって、ユーザの行動変容を促進します(US20210202066、Carrot, Inc.)。


禁煙プログラムの全体フローをFig.33Aに示します。プログラムの各フェーズは、探索442、設計444、モバイル化446、終了448、セキュア450、継続552に分けられます。


《喫煙行動のモニタリング》


ここでは、タバコの煙に含まれる主要な毒素の1つである一酸化炭素(CO)を測定指標に使います。Fig.9のように、ウェアラブルデバイスのフォトプレチスモグラフィー(PPG)センサーを使用して、カルボキシヘモグロビン(SpCO)およびオキシヘモグロビン(SpO2)レベルを測定します。ユーザがウェアラブルデバイスを装着した状態でモニタリングを行い、モニタリング結果データの分析・評価を完了した後、禁煙プログラムを生成したユーザ・医師に配信されます。


モニタリング

Fig.12は、5日間のモニタリング期間における患者の様々なレベルのカルボキシヘモグロビン(SpCO)の例示的なチャートを示しています。データポイント402、404は、高レベルのCOを示ており、高レベルの喫煙イベントを示している可能性があります。データポイント406、408は、おそらく患者が眠っていたために、低レベルのCOを示しています。アルゴリズムを曲線上の詳細なデータポイントに適用して、適切な感度と特異性で喫煙イベントを検出することができます。例えば、SpCO曲線の形状、開始点、上りストローク、傾斜、ピーク、デルタ、下り勾配、上り勾配、変化時間、曲線下面積、および他の適切な要因を分析して、喫煙イベントを検出することができます。


特定の日のSpCOの変化

Fig.13は、特定の日のSpOCの変化を示します。データポイント504は、患者が目覚めたときにSpCOレベルが最低であることを示しています。データポイント506、508、510から、高SpCOレベルが、作業休憩、ランチ、通勤などのトリガーに関連付けられていることが分かります。


《喫煙行動の分析レポートと禁煙プログラムの生成》

喫煙行動の分析

Fig.16は、モニタリング期間を経て分析されたサンプルレポートを示します。この例では、ジョーンズ氏は10月1日から10月6日まで、合計175本のタバコを吸いました。1日あたりの平均喫煙本数は35本、1日最大45本です。ジョーンズ氏のCOレベルは平均5.5%、最大20.7%であり、5日間の評価期間の60%で4%を上回っていました。ジョーンズ氏の喫煙のトリガーは、仕事、家庭のストレス、通勤が含まれていました。レポートでは、ジョーンズ氏の喫煙習慣を考慮して、ニコチン置換療法を開始するための高用量および高頻度のニコチンレベル予測を推奨しています。


禁煙プログラムの生成

収集されたデータに基づいて、禁煙プログラムが生成されます。例えば、より高い喫煙の兆候は、より高いニコチン置換療法の用量または複数の薬物(例えば、バレニクリンなどのニコチン中毒を治療するために使用される薬物)の開始を促します。また、ユーザに必要なカウンセリングの頻度、種類、期間や、喫煙者のニーズの層別化につながります。最も使用頻度の高い喫煙者はより多くの介入を受け、リスクの低い喫煙者はより少ない介入を受けます。介入には、ユーザからのテキストメッセージ、電話、ソーシャルネットワーキングメッセージ、または別の適切なイベントが含まれます。


《喫煙行動の分析レポートと禁煙プログラムの生成》

ユーザは、医師またはカウンセラーと協力して、禁煙プログラムを開始します。コーチカウンセラーとのやり取り

目標設定

Fig.17は、禁煙プログラムに入るユーザの1日の平均SpCO傾向を追跡するためのグラフを示しています。改善するにつれて毎日追跡されます。医師またはカウンセラーは、特定の日(現在または過去)にズームインして、COの詳細および測定された他のパラメータおよび関連するストレッサーとの関連を見ることができます。


ゲーム的要素

日頃の行動を変えることはそう簡単ではありません。そこで、ユーザを関与させるために、禁煙プログラムのプロセスをゲームとして提示し、進行状況の可視化、報酬ポイントを提供することもあります。例えば、推定喫煙コスト、喫煙理由、喫煙をやめたときの推定節約額などの質問を提示し、ユーザが回答するなどです。生物学的・行動データを提供することに対して個人に報酬ポイントを提供します。


《可視化》

禁煙プログラムにおけるCOの経時的傾向の可視化は、患者の脱落を防ぎ、喫煙の再発を防ぎ、薬物とカウンセリングを滴定し、結果を改善します。例えば、Fig.17のデータポイント902は、患者が禁煙プログラムに入る前のCOレベルを示します。データポイント904、906は、禁煙プログラム中にニコチン置換療法とバレニクリン療法が実施している際のCOレベルを示します。データポイント908は、患者が禁煙に成功したことを示しています。この時点で、患者が再発を防ぐために再犯防止プログラムに参加することを推奨する場合があります。


歩数計で一日に歩いた歩数をカウントすることによって、より多く歩くことを意識付けするのと同じように、今回取り上げた禁煙プログラムでは、ユーザに自分自身の一酸化炭素レベルを可視化して見せることによって、禁煙のための意識改善、行動変容を促進させます。


デジタルセラピーの考え方は、慢性疾患につながる生活習慣を変えることが治療であるという考え方であり、薬剤や医療行為による治療とは異なる治療の概念です。AIはデータから一人ひとりの行動特徴を把握し、データに基づいてパーソナライズした提案を行うことが得意です。今後、デジタルセラピーの領域でのAI活用が期待されます。

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