ストレスと「におい」


普段の生活の中で、知らず知らずのうちに溜まっている「ストレス」。コロナ禍のいま、様々ン制約の下でストレスを感じている人も多いと思います。緊張やストレスによって、体臭が変化することをご存知ですか?今回は、お腹の腸内フローラの状態を予測するため、トイレで便臭組成を計測して健康をチェックする発明(WO2021106724A1、京セラ)を取り上げました。。


腸内フローラと腸活

私たちの腸内には、多種多様な細菌が生息しています。その数、なんと、1,000種100兆個。特に、小腸から大腸にかけて、これらの様々な細菌がバランスをとりながら腸内環境を良い状態にしています。顕微鏡で腸の中を覗くと、それらはまるで植物が群生している「お花畑(英語表記:flora)」のように見えることから、『腸内フローラ』と呼ばれています。ビフィズス菌などの「善玉菌」は、悪玉菌の侵入や増殖を防いだり、腸の運動を促したりして、お腹の調子を整え体に良い働きをします。一方、「悪玉菌」は、便秘や下痢などお腹の調子が悪くなるなど、体に悪い働きをします。


最近よく聞く腸活(ちょうかつ)は、『腸内フローラ』を整え、維持する活動のことです。腸の状態は健康や美容、ダイエットなどと深い関連性があると言われています。腸内環境を改善するための食品や食事方法、腸のねじれを改善するための運動やウォーキング方法など、様々な腸活が提案されています。しかし、例えば同じ食事でも効果には個人差があります。もし食事が腸に与えた影響を確認出来れば、自分の腸に最適な食事が分かるかもしれません。


におい計測ヘルスケアシステム

そこで、「便のにおい」に注目したのが、今回の注目発明です(WO2021106724A1、京セラ)。



お腹の腸内フローラの状態を予測するため、トイレで便臭組成を計測して健康をチェックします。便のにおいは、食べた物、腸内環境(腸内フローラ)により変化し、また、その腸内環境は、食事やストレス、病気などで日々変動します。毎日のトイレで手軽に腸内環境をチェックできれば、「腸活」をもっと身近で自分に合ったものにできるはずです。

このシステムは、トイレで便のにおいを感知するデバイスと、クラウド/データベースからなり、腸内フローラの検査結果と便臭組成を結びつけてデータベースを構築し、AI技術により腸内フローラの傾向を予測します。


図1、図2は全体構成を示します。



便器ボウル2Aに排出された便から発生するガスを、サンプルガスとして取得し、サンプルガスに含まれる特定の物質に基づく複数のガスの濃度等を検出します。検出結果および判定した被検者のストレスの程度等を電子機器3に送信します。便に含まれる特定の物質とは、体内において脳内神経伝達物質の原料が腸で吸収されずに分解、排泄された物質のことです。


ストレスの計測処理

脳と腸とは、情報伝達を行って(脳内神経伝達物質またはホルモンを介して)相互に作用を及ぼし合っています。例えば、ストレスが原因で過敏性腸症候群等の症状が生じることが知られています。また、腸において、摂取食品中のたんぱく質・脂質から生成された物質の一部は、脳に運ばれて、脳内神経伝達物質の原料となることが知られています。脳内神経伝達物質のノルアドレナリンの原料は、チロシンです。また、脳内神経伝達物質のセロトニンの原料は、トリプトファンです。例えば、腸内のチロシンが、誘導体を経て腸内から脳に運ばれて、腸内のチロシンの量が減少すると、脳内のノルアドレナリンの量が増加します。腸内のチロシンが減少すると、その分解物質である腸内のフェノール類の量も減少します。また、腸内のトリプトファンが誘導体を経て腸内から脳に運ばれて、腸内のトリプトファンの量が減少すると、脳内のセロトニンの量が増加します。腸内のトリプトファンの量が減少すると、その分解物質である腸内のインドール類の量も減少します。


ここで、ストレスによって交感神経と副交感神経との活性状態のバランスの崩れ、つまり、交感神経と副交感神経の活性状態を知ることによって、ストレスの程度を計測することが可能になります。例えば、被検者のストレスの程度が上昇すると、交感神経が活性化して、交感神経が副交感神経よりも優位な状態となります。このとき、腸内において、ノルアドレナリンの原料であるチロシンが減少し、それに伴いフェノール類も減少します。また、被検者のストレスの程度が低下すると、副交感神経が活性化して、セロトニンの原料であるトリプトファンが減少し、それに伴いインドール類も減少します。


図6は、被検出ガスであるフェノール類とインドール類の濃度の検出値と、被検者のストレスの程度との関係を例示する図です。図6の横軸はインドール類の濃度の検出値、すなわちインドール類の濃度に応じた電圧です。図6の縦軸はフェノール類の濃度の検出値、すなわちフェノール類の濃度に応じた電圧です。被検者のストレスの程度が十分に低い場合、腸内のフェノール類の量とインドール類の量とのバランスがとれており、インドール類の濃度の検出値およびフェノール類の濃度の検出値が領域R1に含まれます。領域R1は、ストレスのない状態の人物の実測値または計算値として求められた基準値PO0を中心とした一定の範囲として定められます。基準値PO0は、被検者ごとの個体差を考慮した基準値PO1で置き換えられます。


被検者のストレスの程度が上昇すると、フェノール類が減少してインドール類が増加するため、インドール類の濃度の検出値およびフェノール類の濃度の検出値が領域R2に含まれます。領域R2も、ストレスのない状態の人物の実測値または計算値として求められた基準値PO0から拡がった範囲によって定められます。図6では、領域R2は、領域R1におけるインドール類の濃度の最大値と領域R1のフェノール類の濃度の最小値とを結ぶ線と、領域R1におけるインドール類の濃度の最大値からフェノール類の濃度が減少する方向に伸ばした線と、領域R1におけるフェノール類の濃度の最小値からインドール類の濃度が増加する方向に伸ばした線とで囲まれた領域です。


ここで、領域R1,R2は、例えばディープラーニングなどの手法で定められます。図6の点線の矢印で示すように、被検者のストレスの程度が上昇していくと、インドール類の濃度が相対的に高まります。したがって、フェノール類とインドール類の濃度の比から、被検者のストレスの程度を計測することが可能になります。ここで、インドール類の濃度の検出値およびフェノール類の濃度の検出値が領域R1および領域R2を除く領域(領域R3)に含まれる場合、被検者は異常状態の可能性があります。すなわち、フェノール類とインドール類の濃度の組み合わせが領域R3にある場合、被検者は例えばセロトニン過多、セロトニン症候群、躁、統合失調、不眠、うつである恐れがあります。


ストレスの計測時の動作

図11はストレス計測方法の例を示すフローチャートです。


  • フェノール類およびインドール類の濃度の検出値を取得します(ステップS60)。

  • フェノール類およびインドール類の濃度の検出値の組み合わせを求めます(ステップS61)。

  • 求めた組み合わせと、領域R1~R3との関係に基づいて、被検者のストレスの程度を計測します(ステップS62)。領域R1~R3を定めるデータまたは関係式は記憶されます。

  • 判定した被検者のストレスの程度を電子機器3に送信します(ステップS63)。





この発明のメリットは、毎日使用するトイレでストレスチェックができる点です。特別なことをする必要はないので、忙しい人でも続けられる工夫がされています。普段の生活の中で、自分のストレスレベルが確認できれば、自分のストレスをうまくコントロールできるようになるかもしれません。健康管理のための様々なデジタルヘルス関連の機器が増えていますが、たとえ優れた機能であったとしても、追加で何かをする必要があるのでは、毎日続けるためのハードルになってしまいます。普段使用するものに組み込む、という考え方も重要な点だと思います。

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