デジタルヘルス ~健康診断と体組成の連係~


皆さんは、毎年、健康診断や人間ドックを受けていますか?病気予防のために、定期的な健康診断を受けることが大切です。私も、毎年、人間ドックを受けるようにしています。しかし、今年は新型コロナウィルスの影響で、人間ドックを受ける機会を失してしまいました。もっと身近に、健康リスクを確認できる手段があればいいのに…、と思いますよね。今回取り上げるのは、血液検査等によらずに、より簡易な方法で生化学検査値を推定し、健康リスクの評価、健康維持、健康回復のためのアドバイスを行う発明です(特開2020-162834、タニタ)。


健康診断の必要性

初期には自覚症状が無くても、症状が現れた時には既に進行しているという病気は少なくありません。自分の生活習慣を自覚し改善するためにも、病気の早期発見や早期治療のためにも、定期的な健康診断を受けることが大切です。健康診断や人間ドック等の検査を受けなければ、体内のリスクの変化が分からず、体の変化に気付く機会がないため、疾病への対応が手遅れになる恐れがあります。自らの健康を守るためにも、一人ひとりが自分自身のからだに向き合うことが予防の第一歩です。


体組成とは

体組成とは、「からだが何で出来ているか」ということです。からだを構成する組成分は、「脂肪」「筋肉」「骨」「水分」に大別されます。体組成は「生体電気インピーダンス法(BIA=Bioelectrical Impedance Analysis)」という分析方法を応用して計測することができます。生体電気インピーダンス法とは、からだに微弱な電流を流し、その際の電気の流れやすさ(電気抵抗値)を計測することで体組成を推定する方法です。“脂肪はほとんど電気を流さないが、筋肉などの電解質を多く含む組織は電気を流しやすい”という特性を利用します。そのため、身長と体重が同じでも、脂肪の多い人と少ない人では、からだの電気特性に違いがあります。つまり、脂肪の多い人(筋肉の少ない人)は電気抵抗値が大きく、脂肪の少ない人(筋肉の多い人)は電気抵抗値が小さくなります。近年では、体重計だけでなく、手軽に体組成を計測できる体組成計も販売されるようになっています。
(参考)タニタホームページ
https://www.tanita.co.jp/health/detail/39


生活習慣と体組成の関係

生活習慣病や動脈硬化等の疾病リスクは、生活状態の変化に起因する体内の変化や体組成変化により、日々変化して積み重なっていくものです。しかし、従来の体組成計では、個人内の体水分変化や体脂肪、筋肉の相対変化によって、その人の健康状態に具体的にどのような影響が出ているのか、測定結果を見ただけでは分かりません。また、年1回の健康診断や人間ドック等の検査を受けなければ、体内のリスクの変化が分からず、体の変化に気付く機会がないため、疾病への対応が手遅れになる恐れがあります。


体組成と生化学検査結果の相関関係

この発明は、体組成情報と健康診断で測定する生化学検査値との間に相関関係があることに着目しました。体組成情報を用いて生化学検査値を推定し、健康リスクの評価、健康維持、健康回復のためのアドバイスを行います。

ユーザの体組成情報を学習モデルに入力することで、その体組成情報に対応する生化学検査値を得ることができます。なお、学習モデルは、機械学習等の人工知能によるものでも、それ以外の統計的手法により得られるものでもよく、複数組の体組成情報と生化学検査値との組み合わせを学習用データとして学習して得られるモデル、複数種類の体組成情報とある生化学検査値と関係を規定した回帰式又はアルゴリズム、複数種類の体組成情報を入力してある生化学検査値を出力するニューラルネットワーク、などが挙げられています。

実測により取得したユーザの生化学検査値を実測値(実際の健康診断において血液検査等によって測定された値)とし、学習モデルを用いて推定された生化学検査値を基準推定値とし、実測値と基準推定値とに基づいて学習モデルを調整することができます。

生化学検査値とは、健康診断における生化学検査のいずれかの検査項目のことです。人間ドック学会の平成30年度一日ドック基本検査項目表による生化学検査、その他の生化学検査などがあります。



総蛋白、アルブミン、クレアチニン、eGFR、尿酸、総コレステロール、HDLコレステロール、LDLコレステロール、Non-HDLコレステロール、中性脂肪、総ビリルビン、AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GT( 10γ-GTP)、ALP、血糖(空腹時)、HbA1c、トリグリセライド(TG)、アミラーゼ、CRP(C-Reactive Protein)、RF(Rheumatoid Factor)赤血球数、白血球数、ヘモグロビン量、ヘマトクリット値、MCV(Mean Corpuscular Volume:平均赤血球容積)、MCH(Mean Corpuscular Hemoglobin:平均赤血球ヘモグロビン量)、血小板数

全体システムは図4、システムのフローは下記の通りです。



図5は、生化学検査値であるHDLコレステロール(縦軸)と体組成情報である脂肪量(kg)(横軸)との相関関係を示すグラフであす。HDLコレステロールと脂肪量との間には、脂肪量が大きいほどHDLコレステロールが小さいという直線的な相関があるようにみえますが、そのばらつきは比較的大きく、脂肪量からHDLコレステロールを高精度に推定することは困難です。




図7は、複数種類の体組成情報を用いた推定の精度を示すグラフです。図7のグラフの縦軸は実測HDLコレステロール、横軸は複数種類の体組成情報を用いて重回帰分析により推定した推定HLDコレステロールです。複数種類の体組成情報を用いて重回帰分析等の分析手法を行うことで、精度よくHDLコレステロールを推定することができます。




多数組の生体情報及び体組成情報と生化学検査値との組について重回帰分析を行うことで得られた重回帰式を用いて、生体情報及び体組成情報から、生化学検査値を推定します。この重回帰式は、生体情報及び体組成情報を説明変数とし、生化学検査値を目的変数とするものです。また、この重回帰式は、多数組の生体情報及び体組成情報と生化学検査値との組を教師データとして学習をして得られた学習モデルということもできます。なお、学習モデルは重回帰式に限られず、例えば、決定木やニューラルネットワークを用いた学習により生成される学習モデルも可能です。また、年齢や性別は、例えば、説明変数とせずに、年齢及び性別ごとに異なる重回帰式を用意して用いても可能です。

例えば、脂肪量(kg)をx1 とし、内臓脂肪量(cm2 )をx2 としたときに、重回帰分析によりHDLコレステロールYを以下の重回帰式(1)で推定します。なお、生化学検査値の推定精度を高めるために、例えばx1 、x2 の変化量及び/又は変化の方向を考慮し、それらも説明変数として加えた重回帰式を用いてHDLコレステロールYを推定することも可能です。




推定された生化学検査値に基づいて、健康リスクを評価します。生化学検査値の範囲と健康リスクとの関係を規定したテーブルを参照することで、推定された生化学検査値に対応する健康リスク評価を抽出します。健康リスク評価は、可能性のある病気や症候群(例えば、血圧)とその可能性(リスク)の度合い(例えば、I:良い、II:変化なし、III:悪い)との組み合わせからなり、健康リスク評価部56は、例えば、「予測血圧変化 I(↓Good!)」等の健康リスクの評価を行います。


生化学検査値の範囲と健康アドバイスとの関係を規定したテーブルを参照して、推定された生化学検査値に対応する健康アドバイスを抽出します。健康アドバイスは、可能性のある病気や症候群(例えば、メタボリックシンドローム)について行います。例えば、「<体内変化評価コメント> 体組成変化から推定されるメタボリックシンドロームリスクは低下傾向で、良い方向に変化している可能性が高いです。この調子で維持しましょう!」等です(図8)。




一人ひとりが自分の健康リスクに気を配るようになれば、病気になる前に病気を防ぐ、未病につながります。ひいては、高齢化社会でも元気で働くことができる人が増え、社会全体の医療費削減に貢献できる可能性があります。

ここ数年で、健康診断を受けると保険料が安くなるという、健康増進型の医療保険が生まれました。同じように、自宅の体重計(体組成計)が病院の健康診断情報(生化学検査値)と連携して、定期的な体組成データを持参すると検診費用が安くなるなど、新しいデジタルヘルスのサービスモデルが可能になるのではないでしょうか。

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