スポーツ観戦の顧客体験を向上させるスポーツテック


今年の8月は特別な夏になるはずでした。そう、東京オリンピックが予定されていたからです。スポーツテック(スポーツにおけるテクノロジー活用)は、サッカーワールドカップや、夏季・冬季オリンピックなどのビッグゲームごとに進化し続けています。東京オリンピックでも、本来のスポーツ観戦と同時に、どんなスポーツテックが工夫されているのか楽しみにしていました。テクノロジーによって、競技の判定精度向上や観客の体験価値向上など、スポーツを楽しむ幅が広がります。今月の注目発明は、映像中の特定人物の識別と特定人物と他の人物の間の距離測定(特開2020-109556、日本テレビ放送網)、フェンシングの剣先やバドミントンのシャトルの軌跡の追跡(特開2020-107071、日本放送協会)の2つを取り上げます。どちらの出願人もテレビ局です。オリンピックを意識していたのかもしれません。


スポーツテックのひろがり

スポーツの世界においてもAIやVRなどの先端テクノロジーの活用が始まっています。この注目発明でも、スポーツテックは何回か取り上げてきました。



映像を通じて、スポーツ観戦の顧客体験を向上させる

スポーツファンにとって、ライブ観戦は、緊張感や躍動感を体感し、熱気や感動に包まれる最高の体験です。競技場に行けない時でも、テレビやインターネットによるスポーツ中継を楽しむことができます。最近では、テレビでスポーツ観戦している時に、映像解析の進展により、補助的な情報表示がされることが増えてきました。例えば、競泳プールを上方から俯瞰的に撮影した画面。選手が到着した順番に選手名と国旗が表示され、どこの国のどの選手が入賞したのかが即座に分かります。また、ウィンブルドンでも使用されているテニスのホークアイシステムは、複数の固定カメラの映像を用いてテニスボールを3次元的に追跡し、IN/OUTの判定を行っています。このように、スポーツ観戦の顧客体験を向上させるための様々な工夫がされているのです。今回の注目発明は、いずれも、スポーツ観戦の顧客体験を向上させようとするものです。ライブ観戦とは違った楽しみ方が広がります。


映像中の特定人物の識別と、特定人物と他の人物の間の距離測定

多くの観客(人物)が存在する映像から、競技中の選手(特定人物)を識別します(特開2020-109556、日本テレビ放送網)。駅伝の例が挙げられています。
フローは下記の通りです。

人物の識別(図7)
4台のカメラを用いて、選手の正面、背面、左面、右面から選手の映像を撮影します。人物であることが認識できればよく、個々の人物の属性等まで認識しません。
人物の向きの推定(図8)
異なる時刻のフレーム画像中の人物に関して、同一人物を対応付ける追跡処理を行うことにより、各人物のカメラとの相対的な移動ベクトルを推定します。例えば、選手とカメラとの位置は時刻が進んでも維持されますが、観客とカメラとの距離が遠くなる場合、観客は、映像上では後方に移動することになります。このような映像では、選手の向きは前を向いている(正面)と推定することができます。
特定人物の選別
選手の向き毎に、選手を識別します。選手の正面、背面、左面、右面から撮像した画像を用いて、選手を識別するための学習が行われた教師データを用います。例えば、映像中の選手(特定人物)及びその選手の属性です。選手の属性とは、選手個々の氏名や年齢、選手の属するチームや大学、役割(野球の場合には投手や野手等、サッカーの場合には、オフェンスやディフェンス)等です。
特定人物の位置関係の推定(図11、図12)
2次元の映像では、手前にあるものが大きく映り、遠方にあるものほど小さく映ります。いわゆる遠近法です。これは競技を撮影している場合も同様です。マラソンや駅伝では、選手を正面から撮影する場合が多く、手前を走る選手ほど映像上で大きく映り、後方の選手ほど映像上で小さく映ります。このような性質を利用し、識別した識別対象の位置関係を推定します。識別した特定人物に関して、図11のように、頭頂部から首中点を結ぶ直線の距離をLとし、人物の首中心から下方向にL×2Lの注目領域を設定します。そして、識別した特定人物の映像上の大きさの指標として、この注目領域の大きさにより、位置関係を特定人物の間の位置関係を推定します。図12は、選手の向きが正面の場合の映像です。この映像では、人物Dの注目領域が最も大きく、人物Cの注目領域が最も小さい。従って、選手の順位は、人物D(大学Z選手)、人物B(大学Y選手)、人物C(大学X選手)の順であり、その順番で走行していることが識別できます。

フェンシングの剣先やバドミントンのシャトルの軌跡の追跡

フェンシングの剣先、バドミントンのシャトルなど、目視が困難なほどの高速で移動するオブジェクトを撮影すると、そのオブジェクトに極度のモーションブラーが発生してしまいます。ハイスピードカメラの使用やシャッタースピードの高速化によりモーションブラー低減ができる一方で、ハイスピードカメラは高価であり、シャッター速度を高速化すると映像の輝度が低下してしまいます。そのため、赤外画像及び可視画像を用いたオブジェクト追跡が行われていました。しかし、複数の追跡対象の追跡中に追跡対象同士が近接した際、または、全追跡対象をロストした後に再検出した際、追跡対象が入れ替わる場合があります。この場合、正確な軌跡の描画が極めて困難となり、軌跡の入れ替わりが生じてしまいます。

この発明では、オブジェクトを追跡する際、オブジェクトと人物との対応関係を示す属性情報を用いることにより、その軌跡の入れ替わりを抑制することができます(特開2020-107071、日本放送協会)。

この2つの画像を用いて、オブジェクトを追跡します(図1)。

  • 動いているオブジェクトに付された赤外光マーカを赤外光で撮影した赤外画像
  • それぞれのオブジェクトを動かしている人物を可視光で撮影した可視画像



フローは下記の通りです。

赤外光検出
オブジェクトの位置として赤外画像から赤外光マーカの位置を検出します。
関節位置検出(図5)
可視画像から人物の各関節位置を検出します。
特徴ベクトル算出(図9)
オブジェクトの位置から各関節位置までの特徴ベクトルを算出します。この特徴ベクトルは、追跡の対象となるオブジェクトの位置と人物の姿勢との関係を表しています。
属性情報生成
オブジェクトの位置と各関節位置との関係を予め学習した識別器を用いて、特徴ベクトルによってオブジェクトに対応する人物を選択し、オブジェクトと人物との対応関係を示す属性情報を生成します。
軌跡生成(図12)
オブジェクトの位置及び属性情報に基づいて、オブジェクトの軌跡を生成します。


スポーツ観戦のアシストテクノロジー

今回紹介した発明は、競技の進行中の状況がどうなっているか視聴者の理解を助けるための、スポーツ観戦のアシストテクノロジーといえるでしょう。世界最高レベルの選手の技を、見逃さずに自分の目で確認できる、スポーツ観戦の魅力を高め、顧客体験の向上につながります。次のオリンピックには、スポーツテックのさらなる進展を期待したいと思います。