マテリアルズ・インフォマティクスへの期待


スマートフォン、自動車、リチウムイオン電池。私たちが日常的に使用している多くの製品は、それらを支える材料技術によってもたらされたものです。さらに、今後は、モビリティの進化や5G、最先端医療のために、そして、持続可能な地球を実現するために、新材料の適切な開発が不可欠になるでしょう。そこで注目されているのが、最新のITや機械学習などの情報科学を材料開発に応用したマテリアルズ・インフォマティクスです。今月の注目発明は、マテリアルズ・インフォマティクスの具体例として、感光性樹脂組成物の製造方法(特開2020-077346、旭化成)、ポリマー構造の物性予測(特開2020-074095、昭和電工)を取り上げます。


経験科学的な研究開発から、データドリブンな研究開発へ

一般的に、材料研究には長い時間がかかると言われています。そもそも、研究開発は、答えが分かっていないから研究をするのであって、試行錯誤の連続です。従来の研究開発では、研究者の能力に依存する他、材料が複雑化するにつれて膨大な時間や労力が必要となっていました。例えば、有機ELの基礎となる発明は1987年の当時のコダック社の研究員の論文です。また、ノーベル賞で話題にもなったリチウムイオン電池の研究は、1970年代から始まっています。

従来の研究開発が、研究者の経験や勘に基づく経験科学的な材料開発であるのに対して、マテリアルズ・インフォマティクスは、コンピュータ処理によって何十万通りという可能性の中から良い性能が得られそうなあたりを付けていく、データドリブンな材料開発と言えるでしょう。これによって、開発期間の大幅な短縮や開発コスト低減につながります。また、データベースから目標材料を直接的に探索することで、ユーザーニーズに合わせた効率的な材料開発が可能になり、未知の素材の発見に繋がる可能性もあると期待されています。


マテリアルズ・インフォマティクスの具体例

マテリアルズ・インフォマティクスの具体例として、感光性樹脂組成物の製造方法(特開2020-077346、旭化成)、ポリマー構造の物性予測(特開2020-074095、昭和電工)を取り上げます。ここでは、各特許情報の詳細には踏み込みません。詳細についてはオリジナルの特許情報をご参照ください。本マンスリー特許情報で指針としている人工知能の用途に関する切り口として、入力→人工知能(計算)→出力の関係を見ていきます。


感光性樹脂組成物の製造方法の例

感光性樹脂組成物の製造方法(特開2020-077346)では、熟練したオペレータの試行錯誤による効率の悪さを改善するために、所望の特性を持つ感光性樹脂組成物を得ようとすることが目的です。

感光性樹脂組成物の組成データと特性データを学習させた学習データを得ます。この学習データを用いて、目標とする感光性樹脂組成物の特性を示す目標特性データを入力したことに応じて推奨する感光性樹脂組成物の組成を示す推奨組成データを出力します。

全体の構成は図1の通りですが、入力→人工知能(計算)→出力で整理すると下記になります。

入力情報 人工知能(計算) 出力
組成データ※1
特性データ※2
目標特性データ
機械学習
ニューラルネットワークなど
推奨組成


※1 組成データ
アルカリ可溶性高分子、エチレン性不飽和結合含有化合物、光重合開始剤、酸分解性基を含む繰り返し単位を有する樹脂、フェノール樹脂、光酸発生剤、溶解抑止剤、増感剤、重合禁止剤、密着剤、可塑剤

※2 特性データ
膜厚、最小現像時間、光に対する感度、透過性、解像性、最小のレジスト線幅、基板に対する密着性、現像液発泡性、現像液凝集性、エッジヒューズ特性、硬化膜柔軟性、ベースフィルムまたはカバーフィルムとのタック性、色相安定性、剥離時間、剥離片サイズ、テント性



図2はモデルの学習方法のフローチャート、
図3はモデルを用いた感光性樹脂材料の製造方法のフローチャートです。

ポリマー構造の物性予測の例

ポリマー構造の物性予測(特開2020-074095、昭和電工)では、従来では人が行っていた物性の予測を、精度良く予測することが目的です。
全体の構成は図3の通りですが、入力→人工知能(計算)→出力で整理すると下記になります。図4はポリマー構造・物性DBのデータ構成例です。図8Aはモデル作成処理のフローチャート、図8Bは物性予測処理のフローチャートです。

入力情報 人工知能(計算) 出力
繰り返しによりポリマーを構成する構造単位
ポリマーの部分構造
構造単位の原子数
部分構造の数密度(部分構造数÷原子数)
物性値

ポリマー構造
回帰モデルの計算 物性値の予測



図4はポリマー構造・物性DBのデータ構成例です。


図8Aはモデル作成処理のフローチャート、図8Bは物性予測処理のフローチャートです。

マテリアルズ・インフォマティクスへの期待

実は、ネオテクノロジーは、マテリアルズ・インフォマティクスに以前から注目していました。しかし、マンスリー特許情報として人工知能の用途を継続ウォッチングしている中では、マテリアルズ・インフォマティクスに関する特許情報は、ほとんど表れていませんでした。

今月取り上げた2件は、マテリアルズ・インフォマティクスの例として、組成物の推奨組成や予測物性を得るための計算装置・計算プロセスの発明です。具体的に得られた材料の発明ではないところ点に注目しました。世界各国でマテリアルズ・インフォマティクスによる最先端材料の研究開発が活発になってきています。
日本はIT活用が遅れていると言われていますが、日本は材料技術における強みを持ち、産業データを豊富に持っています。だからこそ、マテリアルズ・インフォマティクスにおいては、リーダーシップを取れるのではないでしょうか。
そのためには、材料系の技術者だけでなく、データを駆使するIT技術者との連携が欠かせません。これからのマテリアルズ・インフォマティクスに期待したいと思います。