客室料金のダイナミック・プライシング


様々な条件に対応した適正な宿泊料金を自動的に設定する「ダイナミック・プライシング」に関する発明です(特開2019-016035、メトロエンジン)。



需要と供給は、時々刻々と変動する

ダイナミック・プライシング(Dynamic Pricing)とは、同一の商品やサービスの価格を、需要と供給の状況に合わせて変動させる価格戦略のことです(Wikipedia)。動的価格設定や変動料金制とも呼ばれています。身近な例では、スーパーマーケットの閉店間際に、野菜や総菜、魚介類などの生鮮食料品を値引き販売する例があります。また、航空料金や宿泊料金のように、閑散期には大幅に値下げされる一方で、繁忙期には料金設定が平常時よりも高く設定される例もあります。日中と深夜の時間帯別に料金設定する、電力料金の例もあります。

これまでにも、過去の宿泊予約の傾向をグラフ化したブッキングカーブに基づいて宿泊料金を設定する技術は用いられていました。しかし、宿泊の時期や宿泊施設の所在地遺棄など、様々な条件に応じて適正な宿泊料金を設定することには対応できていません。例えば、中国の旧正月や突然のイベント日程の変更、桜開花状況の変動など、需要と供給の状況は時々刻々と変動するため、過去のデータ分析に頼った分析には限界がありました。



人工知能を活用したダイナミック・プライシング

この発明では、ダイナミック・プライシングの考えを一歩進めて、予約行動に関わるビッグデータを収集し、人工知能や機械学習処理を用いることで客室単価を算出します。

図2はブッキングカーブを示します。ブッキングカーブとは、ある日付に至るまでの所定期間における所定日付の客室予約数の時系列変化のことです。縦軸に部屋の稼働率(%)、横軸に宿泊当日までの日数(=リードタイム、右端90日前から左端当日まで)を示しており、「宿泊日の何日前の段階で、部屋はどのくらい埋まっているか」を示すものです。一般的に、適正料金よりも安い場合には曲線の傾きが急になり、高い場合には緩やかになる傾向があります。また、宿泊施設の需要に影響を与える各種の外的要因(利用客による評価スコア、気象状況、経済状況、イベントの有無、競合する宿泊施設の宿泊料金や予約状況等もブッキングカーブの傾きに影響を与えます。



◆過去の理想的なブッキングカーブを学習する

理想的なブッキングカーブBC(n)の抽出

まず、宿泊施設固有の理想的なブッキングカーブBC(n)を抽出します。このブッキングカーブは、宿泊施設の収益を最大化するものであり、宿泊施設固有の特性やホテルタイプ、地域特性を考慮する必要があります。例えば、ラグジュアリーホテルはブランド価値を維持するために、仮に収益を最大化できるとしても、宿泊料金の値下げは行わない場合があります。また、沖縄の宿泊施設は客室在庫が早い段階で減る(早めに予約する)傾向があるため、ブッキングカーブの傾向が急になるという特徴があります。

理想的ではないブッキングカーブBC’(n)の抽出

次に、理想的なブッキングカーブBC(n)と対比するために、理想的ではないブッキングカーブBC’(n)を抽出します。具体的には、理想的なブッキングカーブの基準を満たさないものを抽出します。例えば、理想的なブッキングカーブの基準から最も遠いもの(地域やホテルタイプ、想定する利用者等)を抽出します。

ブッキングカーブの形状に影響を与える外的要因の抽出

例えば、下記(a)~(e)の外的要因とブッキングカーブの傾き及び傾きの変化との相関性を分析し、一定の相関関係が認められた外的要因を抽出します。
  • (a)人工知能により算出した利用客による評価スコアの絶対値および変動率
  • (b)競合宿泊施設の宿泊料金、客室在庫数の絶対値、相対水準、変動の幅、変動の速度等。
  • (c)同じ所在地域の民泊施設の宿泊料金、部屋在庫数の絶対値、相対水準、変動の幅、変動の速度等。
  • (d)所在地域内でのイベントの有無
  • (e)季節や気象状況
例えば、桜の開花時期とブッキングカーブの形状に相関性が認められた場合、桜の開花時期にあたる日の客室予約数の時系列の変化データはラベル付の対象となります。

◆機械学習モデルによる未来の予測と検証

機械学習モデルを用いて、将来の宿泊料金を設定し、さらに検証します(図4)。

将来の宿泊料金を設定する

現状のデータ(現在の宿泊料金、現在の客室在庫数、ブッキングカーブに影響を与える外的要因の有無)に基づいて、機械学習モデルが当該日付の宿泊料金を設定します。特に、外的要因がある場合には、宿泊料金を上げるか、維持するか、機械学習モデルに判断させます。例えば、桜の開花時期(外的要因Z(n)にあたる場合には、その期間の宿泊料金を上げるという判断をします。また、上げる幅については、分析した相関関係に基づいてもよい。

宿泊料金の検証を行う

宿泊料金を設定した後、その後の実際の客室在庫数の変化状況に基づいて、機械学習モデルによる料金設定の検証を行います。具体的には、宿泊料金を設定した日付についての実際に得られたリアルタイムのブッキングカーブBC(r)が、理想的なブッキングカーブBC(n)に近似していれば正解となり、傾きのずれが大きければ不十分と判断します。

機械学習の精度を高める

この将来の宿泊料金の設定と検証を繰り返すことにより、BC(r)をBC(n)にできるだけ近づけるようにすることで、機械学習モデルの精度を高めていきます。



そもそも、商売は需要と供給で価格が決まります。需給状況に応じて、ダイナミックに価格を変動させるダイナミック・プライシングは、これからもっと他の領域にも適用できるのではないでしょうか。例えば、昨今は人手不足が社会問題になっていますが、労働に対する対価を時期や需要に応じてダイナミックに変動させ、インセンティブやモチベーションを高めることも考えられます。自社のビジネスに、ダイナミック・プライシングを適用することを考えてみてはいかがでしょうか。