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中島隆 連載第14回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第14回】 創造のヒントは、続けて特許情報に触れること


 いよいよ21世紀への変革期に差し掛かった。夕焼けの空を見渡せば高層ビルが林立した巨大都市。誰もが携帯電話やパソコンを片手に忙しくビジネス情報をとり交わす。湾岸を一望する横断橋はライトアップされて夜空に浮かび上がる。このような情景は、まさに手塚治のアニメのようである。しかし、技術者の目からみれば、21世紀だといって突然に何かが変わるというものでもない。

 最近の知的財産権ブームをうけて、多くの企業が社内LANに特許データベース情報を取り入れはじめた。社外の特許データベースを活用するところもある。もちろん、社内ネットを使わなくても、インターネットで特許庁のWEB http://www.jpo-miti.go.jp/indexj.htmを開けば、だれでも簡単に、平成5年以後に公開されたすべての特許情報だけでなく、特許関連の統計データなどを、すぐに見られるという便利な時代になった。

 だが、いかに大金をかけて潤沢な情報環境を整備してみても、それだけで技術者の創造性が啓発されることはない。それよりも、他人の発想を知ることが自分の創造性に火を付ける。できれば上質な、自分の感性にあった知的好奇心をくすぐる刺激に、繰り返して接することが大事だという。ちょうど岸辺に打ち寄せる波のように、何度も繰り返して知的情報に触れ続けさせることが自己の創造性を啓発することに役立つという。

 このような情報源として、特許情報はピッタリである。一年間に40万件という物量の豊富さと、それなりにスタイルが統一されている点では、他に比べるものがない。エレクトロニクスの分野を離れて趣味を楽しみたいと思えば、真夜中であろうと窓辺のガーデニングに関するヒントを求めることができる。明日のコンペに備えてゴルフクラブの重心と飛距離の関係を調べてみることだってできるだろう。もちろん、話題になっているビジネス・プランやバンキングシステム、インターネット関連の特許出願などについても、およその状況を知ることができる。

 このようなときにも、だいじなことは、ある技術テーマに絞って一連の公開特許を継続して監視しておくことである。例えばスイッチング電源の制御回路に限った公開特許を追いかけてもよい。あるいは、半導体のパッケージ構造を追いかけてみても良い。テーマの絞り込みはキーワードで行っても構わないし、少しプロらしく特許分類記号を使っても良い。いずれにしても、自分なりに一つの追跡するテーマを決め、同じ技術の特許情報を毎週、追いかけてみる。そうすることによって、その分野の公開特許に土地勘が生まれ、内容の違いや変遷が分かってくる。こうなると、ちょっとした会話で話題のタネを提供することに困る事もない。このように特許情報の監視を続けてみると、新たな発見が次々と湧き出てくることに気付くに違いない。

21世紀のエレクトロニクス環境対策
 戦後から一貫していままで、私たちは一直線にモノづくりに励んできた。それが、いま、製品の構想を練る段階から環境対策を考えなければならない新しい次元に直面している。何を作るかというプラン段階から生産段階でのゴミ、製品寿命が尽きた後の後始末まで、工業人として商品ライフを考えた製品づくりが求められている。技術者が一社会人として技術のフロントにたつ。これこそが21世紀の重要な技術課題になるかもしれない。

 今からちょうど一年前(1998年)、環境対策に関する公開特許を調べてみた。すると、その当時は、はんだの無鉛化や、易分解性をねらいとした部品の実装構造、筐体構造などが多く取り上げられていた。分解し易さを考えた工夫である。それから一年を経て、環境対策の視点はどのように変っただろうか。今回も前回と同じキーワードで最新の公開特許を探り、その中に盛り込まれている技術者の視点の変化を調べてみた。

●有害物質を使わない
 環境対策を考える上で、「モトを絶つ」という思考は今も変わりない。すでに、物を作れば売れた時代と大きく異なり、安全性の配慮が重要な設計診断事項になっている。有害物質は使えない時代である。

 特に半導体分野では、競争下での急激な技術革新速度もあって、今までは砒素やカドミウムなどの有害重金属が安易に使われてきたきらいがある。最近は、デバイスの性能向上だけではなく、人や環境に無害な製品作りを行うのが当然の流れになりつつある。その例の一つが太陽電池に現れている。従来、変換効率に優れた薄膜太陽電池として、n層に硫化カドミウム化合物半導体、p層に銅−インジュウム−セレンの化合物半導体を組み合わせた薄膜太陽電池が注目されている。しかし、n層に使われるカドミウムは有毒物質である。太陽電池はどこで多量に使われるか判らない。だから、もし壊れた場合にはカドミウムが環境に流出して環境を汚染しかねない。そこで、研究段階からカドミウムを使わない薄膜太陽電池に取り組むようになっている(図2 P11-298016矢崎総業)。

 よく知られている無鉛はんだや、上記の薄膜太陽電池に限らず、このような使用部材の無害化を求める傾向はセラミック基板上にスクリーン印刷する厚膜ペースト材料にまで広がっている。厚膜ペーストの場合には、本来の機能膜としての抵抗特性や導電性、抵抗温度係数(TCR)などが安定生産に適しているだけでなく、セラミックス基板との良好な接着や、電極との馴染みなどが満たされないと使えない。だから、まったく新たな製品を作り出すのとは異なり、今までに使い慣れた生産ラインがあるだけに、環境対策技術には、技術課題の困難性だけでなく、実地の生産ラインやノウハウにまで絡むという厄介さが加わっている(図3P11-288801デンソー、ナミックス)。

 半導体パッケージなどに使われているエポキシ樹脂にも有害物質が使われてきた。万一の火災などに備えた難燃化のための助剤である。例えば、ハロゲン化エポキシ樹脂は焼却時に有毒なハロゲンガスを発生し、三酸化アンチモンは有毒である。そこで、これらの助剤に替えて、難燃化のために球状シリカとモリブデン酸亜鉛など、人体や環境に悪影響の無い物を使うようにする取り組みもある(図示なし。P11-310688信越化学)。

 特許情報を少し探ってみるだけで、有害物質に対する代替対策は、はんだの無鉛化だけでなく、各社が広い範囲にまで視野を広げて取り組んでいることがすぐにわかる。

● 生産段階でのロスの低減
 ビデオカメラや携帯電話などの小型軽量化に伴ない、微細パターンを駆使したSMD高密度実装基板には金めっきランドが多く使われている。それに従って、基板自体の生産コストも高価になっている。基板も小さくなり、基板の生産段階では、一枚の基板シートから多数の基板を取るような面付け基板が使われている。

 しかし、面付け基板の一部に不良が見つかった場合、その面付け基板全体を廃棄してしまうのでは経済的に勿体無い。しかも、産業廃棄物としても問題が多い。そこで、使える部分だけを残しておく。そして、不良品が出た場合には、不良部分だけを切り取って捨て、とっておいた良品部分を嵌め合せて再生基板シートを作るという工夫がある(図4P11-307905ソニー)。生産段階で捨てる廃棄物の量を減らすだけでなく、積極的に経済効率をも高めようとする新たな工夫が生まれている。
中島隆連載第14回 図1 図2 図3
●分別回収から再利用システムへ
 エレクトロニクスには、金属やプラスチックなど、いろいろな部品・材料が使われている。なかには劣化せずに十分に再利用ができるものも残っている。そこで、易分解を考え、再利用できるものはリサイクルに供する分別回収への配慮が重要になってくる。組立の容易化とともに易分解を重視する設計の流れは、最近では既に常識的で基本的な潮流になっている。

 例えば、電子レンジの高圧トランスでは、簡単にトランスを分解でき、珪素鋼板を重ねた鉄心と銅線を分別できるように工夫している(図5 P11-273962シャープ)。従来は珪素鋼板を溶接していたが、その構造をやめて板ばねで珪素鋼板を挟み込んで固定する方式にする。板ばねを外せばトランスは簡単に分解できるので、銅線も簡単に取り外しでき、高純度な銅線だけを資源として回収できるようにした。

 廃棄物には貴重な資源が含まれている。しかし、シュレッダの粉砕粉も、分別されずに混ざっていたのでは単なるゴミである。経済性を満たす工夫がなければ念仏に終わってしまう。オランダのフィリップス社は、使い終わった蛍光灯を蛍光灯の発光層の違いで分ける。粉砕前に発光材料別に分けるという工夫である。高周波を加えて蛍光燈を無電極放電させ、センサで発光スペクトルを調べて蛍光物質別に蛍光灯を分別する(図6 P11-513125フィリップス)。
中島隆連載第14回 図4 図5
● 本格的なリサイクルシステム
 単品だけで無害化や分別、易分解などを考えても、社会全体としての環境への取り組みには至らない。最近の特許情報を見ると、一年前には見られなかった明らかな変化が見られる。企業が事業性を前提にしてリサイクルシステムに強く動き出している動きである。

 家電品の処理システムでは、テレビの電子部品、洗濯機のモーター、冷蔵庫のコンプレッサなどを手作業で取り外し、粉砕してから磁選機などで材料を分け、回収している。しかし、電子機器のリサイクルでのボトルネックは金属,有害物質やプラスチックなどの多種類の材料を使っていることにある。

 ここでの重要課題は、有害物質の除去やプラスチックの再生原料化、使える部分の再利用化などを、どのようなシステムで動かすかにある。そこで、再利用を含めた電子機器の製品データ、環境負荷データ、市場流通データ、検査データなどを環境情報データとしてデータベース化し、再使用が可能かを判断して仕分け、再利用コース、再生原料コース、破砕コースと振り分ける事業システムが提案されている(図7 P11-300330日立製作所)。

 さらに、家電品に管理票を貼付し、廃棄物の処理の流れをGPSなどで監視する。ネットワークセンターに情報を収集し、排出、運搬、リサイクルだけでなく、不法投棄などをチェックするシステムも考えられている(図8P11-268803日本特殊工業)。
中島隆連載第14回 図6
中島隆連載第14回 図7
 技術者は製品の着想から後始末まで最適化での妥協線を探っていく。そのなかで社会との接点に自分流の技術観を据え、独自で新鮮な切り口から取り組む勇気がすでに求められ始めている。1999年11月、ある分野で21世紀の技術を討議するテクニカルフォーラムが開催された。驚いたことに若い20歳台の技術者は少なく、多くは既に数々の実績を積み上げてきた中年技術者であった。既に立派な成果を上げたところに、さらに新らたな挑戦と転換が芽生えるだろうか。

 そこでは、特許情報に含まれている新鮮なヒントが知的好奇心の刺激剤として役立つ。他人の特許情報を継続的に見慣れていくことで、実戦経験を豊富に積んだ技術者が若い技術者と対話できる。特許情報は企業での技術伝承にも有効に活用できると思っている。(1) 電子技術41巻4号(1999)に一部を紹介。

●電子技術2000年1月号掲載
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