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中島隆 連載第8回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第8回】 チェンジ+エンジニア=チェンジニアのすすめ


新しい知的情報活動を始めよう
 ある昼下がりの事業部で、技術部長と特許担当がちょっとした会話を楽しんだ。
 「A君の発明なんだけど、出願するかどうか迷ってるんだ。最近は無駄な金も使いたくないからネー」。「だけど、出願段階での価値判断なんて、よその特許をちゃーんと調べておけばできるんではないですか?そうでないと場当たり的な出願になってしまいますよ。良い出願だと思っても、実際には無意味な出願になったりする」。

 「ホントにそうだよネー。本人は忙しすぎる。この辺で誰かが専門的にキチンと他社の出願動向や登録状況を継続調査していれば、全体から割り出して、埋もれている発明も発掘できる。良質な出願に導くためには、よその会社が出願するときに凝らしている工夫を分析することの大事さもわかる。発明の新しい見方や、関連技術の裾野の広がりなども特許情報から探れるはずだよネー。いっそのこと、営業情報とぶつけてみるとおもしろいかもしれない。今度、開発で取り上げている商品の特許マップを作って、一度、営業部門と話してみようか」。

 「部長。そう言えばBさんが定年退職だそうですよ。Bさんは開発技術のあと、本社の営業企画にいたでしょう。マーケットのことも強いし、本社のトップにも顔が利く。ちょっと授業料を払って外で特許情報分析を勉強してもらい、後輩の面倒を見てもらうような訳にはいきませんかね」。

 「こうなると、いままでの事務中心の特許活動では無理だね。特許情報も武器の一つに取り込んだ新しい知的情報集団が必要になるナ」。

 最近は、民放TVが米国のサブマリン特許を一時間番組で取り上げるような大競争時代である。振り返れば、戦後のQC活動は高品質を掛け声に世界No.1の競争力を育て上げてきた。今度の激動期は企業革新の絶好のチャンスである。特許情報だけでなく、ISOの環境ルールや各種の創造開発ツールなどをデータとして取り込んで、マーケットを幅広い視野から見たソフトな技術を企業に取り入れることで、今までのモノづくりに加え、組織的な知恵づくりのシステムを展開することができるように思う。そして、このような組織的活動から、事業部門単位でのM&Aなどの新たな事業を精力的に実行できる企業が生まれるだろう。

 知的財産を狭く工業所有権として捉えるのではなく、あくまでもマーケットを狙いながら、モノづくりとバランスがとれた知恵づくりの成果として、知的財産を捉えることが必要なのではないだろうか。
中島隆 連載第8回 図1
OB技術者の活用
 人望に優れたOB技術者は企業の大切な財である。たとえ100人に数人の僅かな割合であっても、謙虚で後輩に敬愛され、技術の世界以外にも広く優れた人脈をもち、会社の良い点と悪い点を正しく理解している日とは大事である。客先との綱引きの苦労や製品開発上での見落としなど、失敗の経験を真摯に受けとめていれば、自分の価値観や好みを押し付けるはずがないのだから、失敗の経験は豊富なことが望ましい。このようなOB技術者は後輩技術者や企業トップとも前向きな話ができる。視野が狭くなりがちな技術者から脱してはいるが、技術者のメンタリティを持つ優れた企業人である。

 余談になるが、企業が失敗のヒストリーを技術資料として整備しておくと、世の技術者にとって役に立つので最高のメセナになるだろう。だが、実際には、個人に傷つくことを怖れ、このような失敗ヒストリーは記録整理されずに消えているのが残念である。

 さて、技術者の中には、技術職を離れることで逆に視野が広まり、好奇心が反って旺盛になるケースも多いようである。今までの専門分野から離れて新たな分野に挑戦するエンジニアであり、敬意を込めてチェンジニアと呼ぶのに相応しい。モノを知っており、後輩を含めて技術者とも専門的な対話が出来るので、特に特許情報の分析を行うアナリストとしては貴重な存在になる。

 しかし、まじめに特許情報の文字面を読んだだけでは表面的なことしか判らない。公報を読んで発明者との対話を楽しんでも、自分の知的好奇心を満たすだけでは何も生まれない。自分で特許情報から得たものを他人に伝え、有意義に活用してもらうためには、コ−ディネータとしてのスキルが必要になる。量的に豊富な特許情報から、その前後関係や脈絡を読み取る場合には、技術者が、それまでに蓄積した土地勘と経験が冴える。チェンジニアをコーディネータにまでスキルアップするためには、適切な実地指導とアドバイスが必要である。こうして特許分析に必要な専門知識や手法を習得すれば、専門性と総合性、主観的な先見力と客観的な総合力、視野の望遠性と広角性など、一見、相反するような判断要素のなかから、説得力のある分析情報を提供することができるだろう。これからは、新しい知的情報活動に企業技術者OBを含めたチェンジニアの活躍が大いに期待される。

有機ELディスプレイ
 最近は有機材料の時代だと言われている。エレクトロニクスは過去、プリント基板や絶縁材料を除いて、大部分が無機材料によって来た。半導体やセラミックがエレクトロニクス産業を牽引してきたのである。しかし、有機材料はマテリアルデザインが可能で、複合化が容易である。記憶材料や電池などを含めて、次世代は有機材料がエレクトロニクスをプルアップするといわれている。

 有機ELディスプレイ1)はトリフェニルジアミンやアルミキノリノール錯体などの有機材料の発光層に電流を流して発光させる自発光型のディスプレイである。最大の特徴は、10000cd/uという高輝度にあり、バックライトが不要な薄いシート状のディスプレイパネルができる。有機材料の特徴を活かした製法や、高輝度性を活かした用途など、今までの電子材料にない優れた可能性が期待されている。

インクジェットを利用した有機ELの製法
 今までの半導体では、シリコンなどを真空蒸着やCVDなどで薄膜にしていた。しかし、有機ELでは溶剤に溶かした有機材料を使うことができる。だから、フルカラー化を図る場合には、カラープリンタのようにインクジェットヘッドから青、赤、緑の有機材料を吐出し、溶媒を乾燥して発光膜を作ることができる。図2に示す例では、発光層の周りに土手を築き、濃度の薄い有機EL材料を吐出できるようして、インクジェットヘッドの目詰まりを防いでいる(P11-74076セイコーエプソン)。図には示さないが、アクティブマトリクスの上にインクジェット法で有機ELディスプレイを形成することも同様に提唱されている(P11-65487セイコーエプソン)。
中島隆 連載第8回 図2
高輝度を活かした有機ELの用途
 電気自動車やインテリジェントトラフィックシステム(ITS)など、自動車社会のエレクトロニクス化は見落とせない基本的動向である。これからの商品企画を考える上で、社会資本と絡み合った自動車エレクトロニクスの動向は欠かせないビジネス要素である。

 ここでは有機ELディスプレイを自動車用ヘッドアップディスプレイに利用しようとする例を図3(a)から(c)で示す(P11-67448豊田中央研究所)。ヘッドアップディスプレイは前方の視認性を阻害せずに表示内容をドライバーに正確に視認させる必要がある。従来は投射型液晶やホログラムに高輝度ハロゲンランプが用いられてきたが、液晶やホログラムを通過させるので表示に利用できる光は数10%に減ってしまうので効率が悪い。しかも、光源のハロゲンランプに高電圧が必要であり、発熱損失は省エネ上からも課題が多い。さらに、光学系なども含めて小型軽量コンパクト化が難しいなど、実用性に欠ける。有機ELは、マトリクス表示ができるだけでなく、眩しい程の10000cd/u以上の高輝度性、単純なパネル構造、軽量薄型性などのメリットがある。

 図3(a)にホログラム方式とダイクロイック方式のヘッドアップディスプレイの構成例を示す。ホログラム方式では、2インチ程度の小型な有機ELディスプレイを用いる。有機ELディスプレイの表示内容はミラーやホログラムミラーを経由してフロントガラス面のコンバイナーに投射され、ドライバーの視線からフロントガラスの2m程度前方に速度を数字表示する映像などを映し出す。

 一方、ダイクロイック方式では、ダイクロイックフィルタがコンバイナーになる。図のシャッターは、太陽光が有機ELの発光面に直接入射することを防いでいる。
中島隆 連載第8回 図3a
 ヘッドアップディスプレイでは、高輝度で、しかもドライバーから見やすい指向性を持たせることが必要になる。図3(b)に示す例では、多層の誘電体ミラーを有機EL発光層の下に配置し、これを光共振器として用いることによって発光層が発光した光のうち特定波長の光だけを共振させ、高輝度化と同時に高指向性をも持たせる工夫を加えている。
中島隆 連載第8回 図3bc
ドライブICにも工夫がされている
 有機ELは有機発光層に加わる電界で発生した電子・ホール対や励起された発光中心が定常状態に戻るときに発光する。電流駆動であり、発光量は電流密度に依存する。
 ところで、ディスプレイパネルの実用化を図る場合に欠かせないのはドライブ回路であり、駆動回路や制御用の周辺回路が用意できなければ製品化はできない。一方では、液晶ディスプレイは大量に使用されているので、なんとか液晶用の周辺ICを有機ELディスプレイにも流用できないかということが考えられている(P11-87053、P11-73160TDK)。

 液晶は電圧駆動なのでコントロールICの内蔵スイッチ素子のオン抵抗は数十Ωから数十kΩである。そのままでは有機ELに使えない。そこで、図4(a)、(b)のように、電圧駆動型ICに補助スイッチを設けてオン抵抗を数十mΩから10Ω程度に低くする工夫が提案されている。
中島隆 連載第8回 図4a,b
 このように優れた輝度や薄型特性を兼ね備えた有機ELも、従来は、赤色発光材料に良いものがなく、フルカラー化を図る上で大きな障害になっていた。しかし、最近、色純度や輝度、安定性にも優れた赤色発光材料2)や色変換材料3)が相次いで見つかっており、有機ELディスプレイの実用化が更に強力に進んでいる。

世界の中の知的情報活用
 TI社のDMD(デジタル・マイクロミラー・デバイス)だけでなく、有機ELの分野でもコダックなどのアメリカ企業からの対日技術攻勢は強い。デュポン、3M、P&Gなどの化学系企業だけでなく、IBMやHP、モトローラなどの米国企業はローテク生産を海外に任せ、高付加価値分野で自らの収益構造を強く主張する勢いだ。我が国の企業がモノづくりと高品質に拘っている間に、アメリカの企業は流通や情報・サービスで無敵な牙城を築いてはいないか。我が国産業界では知的付加価値への取り組みが特許部門任せで遅れているのではないか。

 次回から数回は、最近のアメリカ企業の特許動向を紹介しながら特許情報から研究開発の動向を探り、アメリカ特許に対する警鐘とする予定である。

【参考文献】
1)トリガー、18巻、3号、日刊工業新聞社(1999年)
2)特開平11-67450(ソニー)
3)特開平11-67451(出光興産)
4)吉田邦夫編著「ケミカル・ルネッサンス」丸善ライブラリー、丸善(1998)
我が国の化学産業の課題を取り上げているが、エレクトロニクス産業にも当て嵌まる有益な見方が随所に記載されている。特に、日本の化学企業の経営戦略(V部)は一読に値する。

●電子技術1999年6月号掲載
01/01/11
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