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中島隆連載 第7回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第7回】 枝を盛んにして葉を茂らせる


 ある日の夕方、エレクトロニクスメーカーA社の会議室で6人の若手女性社員を集めた新発想ミーティングが開かれた。(図1)最新技術を取り込んだ斬新なコンセプトで、新商品を開発するための発想ミーティングである。新しい目で企画コンセプトを打ち出すねらいから、研究所と事業部門の事務系、技術系女性社員をピックアップした急ごしらえの混成メンバーである。彼女たちには、あらかじめ、テーマとして取り上げる新商品のイメージや、ミーティングの目的などを簡単に説明してあるようである。

 初めて顔を会わせることもあり、最初は少し緊張した面持ちであったのだが、意外なキッカケから話に花が咲いた。一人が「女性は限定販売という言葉に弱い」と言いながら新聞の切り抜きを取り出してきた。白いプードルをかわいがっていたという彼女は、あとで白プーさんというニックネームがついたのだが、それがキッカケになって、身につけたときの感じや、かわいいイメージなど、若い女性ののりで話が盛り上がる。すると、事務系OLのカエルさんは、ポケットからコンパクトを取り出した。ユニホームのポケットに入れても邪魔にならず、手に持ちやすい大きさ、フタや窓のカタチなど、具体的なイメージ作りがどんどん進行する。すっかり仲間に打ち解けて可愛がられたワンちゃんは、「私はピンクパールのような色が使いやすいが、コアラさんはヒョウ柄が好みだ」と話を雑ぜ返しながらコーヒーを入れて雰囲気づくりをする。CADが専門の機械系のベーブちゃんは、携帯電話やポケベルでの日常の生活実感を例にあげて白プーさんの話をどんどんと発展させる。傍らで理工系女性研究員のラスカルさんは、論理的思考で話を整理している。

 こうして、一時間の予定で始めた発想ミーティングは一時間半に延び、特に後半の30分はチョットした話から新たな発想が展開した。残念ながら、ここでは携帯性をベースにした具体的な内容に触れる訳にはいかないが、6人の女性社員によって新商品開発のための具体的なヒントが続々と生まれてきたのである。
中島隆連載 第7回 図1
発明をどんどん生み、良質に育てて出願する
 生活感や実際の体験がユーザーに新鮮な着想を生ませる。それが斬新な商品につながる。冒頭で紹介した発想ミーティングの実例をみても、メーカーの研究開発技術者では思いつかないような新商品のイメージを生みだせる。日頃の局地戦で悪戦苦闘している技術者は、忙しさが災いして答えを急ぎすぎる。そのため、柔軟な発想を無責任と感じ、楽しむことができなくなっているのかもしれない。たまにはシロウト衆の話を楽しんでみるのも悪くない。

 次の段階は、ホンモノの技術者の出番である。生まれたイメージを技術者のプロのワザで練り直し、具体的な設計に育てる作業になる。同時に母胎になった発想を発明の段階までに育て上げることになる。この段階で発想を出願可能な発明にまで育成するためには、多くの場合、紙と鉛筆が役に立つ。イメージを絵に描いていく過程で、材料や構造、製法、周りとの関連などが具体的に見えてくる。メモに書いて整理していくだけでも、全体像がはっきりしてくるだろう。発想を発明に育てる手法については参考になる良い参考書1)が出ているので利用できる。

 筆者の経験では、およそターゲットを何にするかが決まれば、どのようにして実現するかのHow toは技術者がどうにか思いつくものである。もちろん、完全な解がすぐにでき上がるということはないだろうし、未解決なポイントは暖めておく事になる。くれぐれも、「こんなことは誰かがやっているだろう」と、安直に自分の発想を捨て去ってしまわないことが肝心である。特許を取ることと、学会で発表できる高度性とは、本質が異なるのだと考えておきたい。

 さて、最近の公開特許件数は一ヶ月で2万8千件であるが、登録率は印象で4割と言われている。ちなみに、1997年の登録率トップの企業は96.3%のヤマハ発動機であるようだ2)。登録(公告を含めて)になった発明を特定の技術範囲に絞って出願年順に並べてみると、発明の前後関係が想像するようには連なっておらず、ギクシャクとしていることに気付く場合が多いのではないだろうか。直前の特許発明は権利範囲が広く設定されているのに、その次に位置する特許発明では、不要な限定が加わって極端に狭い権利になっているようなケースである。この間をつなぐ出願が抜け落ちている。例えて言えば、「直流出力の全ての電源」が前の特許だとすると、「保護回路付きの全ての電源」を飛ばして、次に「保護回路付きの3出力直流電源」がくるようなものである。

 このようなケースは、先行出願と対照して自分の発明を見直す作業を怠った場合に起こりがちである。出願時の先行特許調査は、自分の発明を最大限に強化する上でも欠かせない重要な作業である。先行特許を調べておけば、冒頭の発想ミーティングなどの場合でも、適切に舵取りをすることができる。役立つ出願を積極的に展開する立場からも先行特許調査は重要である。

発明をどんどん生み、良質に育てて出願するためには、次の三つの要素が欠かせないだろう。

1.最初は他人の発明に多く触れる。次には、出願の場数を踏む
2.着想メモから出願提案書に育てる
3.仲間といろいろ話し、自分でシツコク迫る

プラズマディスプレイ PDP
 プラズマディスプレイは数百μm単位の微小なR、G、B各色蛍光灯を平面状に並べた表示パネルだということができる。典型的なAC駆動タイプでは、前面のガラス基板には行方向の電極が設けられ、電極の表面は誘電体層で覆われている。背面のガラス基板には隔壁でR、G、Bに隔てられた列方向電極と各色蛍光体が設けられており、これらの表裏のガラス基板で挟まれた中間にはネオンとキセノンの混合ガスが充填されて放電空間が形成されている(図2)。

 PDPは自発光で視野角が広い。大画面テレビに適しており、高輝度化やホワイトバランスの改善、大画面の低コスト量産などに取り組んでいる3)。ここでは、1997年の7月頃の出願に絞って、どのような観点の発想がPDPに展開されているかを公開特許から見てみよう。
中島隆連載 第7回 図2
輝度を高めて長寿命化を図る
 PDPはCRTに比べると未だ画面が暗い。そこで、通常のネオンとキセノンの混合比よりもキセノンの割合を高め、エキシマ発光という通常のキセノン放電の波長よりも長い紫外線を発生させ、発光効率を2倍にすることが考えられている。また、放電により発生した紫外線を効率よく蛍光体に集めるために前面ガラス基板の内側にUV反射層を設け、あるいは、可視光の反射量を増やすために蛍光体の裏面に白色背面反射層を設けることで、PDPの明るさを2倍程度に高める工夫がされている(図3 P11-31460東芝他)。

ホワイトバランスの改善
 PDPは紫外線を蛍光体でR、G、Bの可視光に変換する。ところが緑色蛍光体や赤色蛍光体は変換効率がよいが、青色蛍光体は輝度が落ちる。同じ紫外線量では、緑:赤:青の比率が3:2:1となり、これらを同時に発光させた場合の白色は黄味を帯びてホワイトバランスが悪い。

 簡単な方法は発光が強い緑を抑える方法だが、これでは全体の輝度が低下してしまう。そこで、図3(a)の隔壁の厚さにも見られるように、R、G、B各色によって隔壁の厚みを変え、実質的な発光量を揃える工夫がある。それとは別に、青色部分では隔壁の間隔を0.16mmと広くし、赤色部分では0.153mm、緑色部分では0.133mmと狭くすることで、全体のホワイトバランスを改善する工夫もある(図4 P11-54047松下電器産業)。
中島隆連載 第7回 図3a、b 図4
PDPの活用
以上の例ではXY関係に対向する対向電極型PDPを取り上げたが、他の方式として走査電極と維持電極を平行ペアに組み合わせ、データ電極とXY交差させる面放電型PDPがある。この方式は片方の走査電極とデータ電極間にパルスを加えて交点部分の放電空間に壁電荷を書き込み、壁電荷のメモリ効果を利用し、次に走査電極と維持電極間にパルスを加えて壁電荷の残っている画素で平面方向に放電を起こさせる方式である。

 この方式の場合には、走査電極と維持電極間に数百ボルト、数百ヘルツの維持パルスを加えるのでノイズ抑制が重要になる。これに対して、行毎に維持パルスの極性を反転させ、電磁ノイズを相殺させる工夫が提案されている(図5 P11-38931NEC)。
中島隆連載 第7回 図5a,b,c
 視野角が広いPDPを大画面テレビだけでなく、電子黒板と組み合わせてみようという発想もある。薄型性を活かし、ホワイトボードに描画だけでなく、パソコン出力やビデオ画面表示までさせようというものである(図6 P11-34581日立製作所)。
中島隆 連載第7回 図6
閑話休題
 PDPの隔壁を周期的なパルス波形に置き換えてみると、おもしろい。回路系の技術者は、パルス幅制御や位相制御などから発想ポイントを簡単に思いつくだろう。機構や構造設計に回路技術の発想ポイントを適用すれば、新たな構造を発想できそうに思われる。異分野の発想パターンをスライドして持ち込んでみると、新しい発想の展開につなげることができる。PDPはアナロガスを実証する上で、格好な例ではないだろうか。

 さて、戦後、今までは個人の才で特許を取ってきた。しかし、すでにそのような時代ではなく、特許を戦略資源として活用する時代である4)。特許の意味も、一連の企業活動の発信情報として捉えるほうが的を得ているように思う。プロパテントからもう一歩進んで、マーケティング情報・技術情報、特許情報を一体的に混交分析し、知的情報としてトップが経営に活用する時代が来ているように思われる。

【参考文献】
1)小野耕三、渡部温著、実際の知的所有権と技術開発、日刊工業新聞社(1995年)
発想から発明に、発明から出願へと段階毎に育てる手法は大いに参考になる。
2)特許庁編、特許行政年次報告書1998年版、発明協会(1998)
最近の特許庁のサービスは良質になっている。タイトルが硬い点はお役所流なのだろうが、価格も手ごろなので是非、目を通しておきたい資料である。
3)トリガー、18巻、3号、日刊工業新聞社(1999年)
フラットディスプレイの特集号である。
4)荒井寿光著、特許戦略時代、日刊工業新聞社(1999年)
企業の経営者や研究開発のマネージャは、是非、一読されることをお勧めする。中堅環境企業の身につまされる具体例などもあり、企業の知財活動のプランニングや技術支援部門の計画立案などに参考になる。

●電子技術1999年5月号掲載
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