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中島隆 連載第5回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第5回】 情報と戦略


 まことに素っ気ないタイトルである。それでありながら、情報と戦略は戦いに通じ、戦記を含めて知的好奇心を刺激する大きなテーマである。むかし、三国志では、曹操が北方の名門袁紹を討とうとするとき、四方連環の情勢を冷静に調べ、盲動を抑え、袁紹を討つ時節の到来を待った。日清・日露の戦争でも陸奥や小村などの英才は、世界各地の情報を詳しく把握してロシアの内部崩壊を誘い、戦費が底をついた我が国が有利にロシアと講和できるように導いた。その一方で、先の太平洋戦争では、結果的には情報と戦略を無視して戦術を過信し、歴史の必然とはいえ、結果的に常識的判断を失ったと評されてもしかたがない深淵に国家を導いてしまう。

 いま21世紀を目の前にして、今日明日の目先は見えても、次の次が見えていない。作れば売れた時代から、作っても売れない時代に大きくサマ変わりしてきた。実際の結果は製品を市場に出してみないと誰にもわからないので、エレクトロニクス産業に限らず、競合を凌ぐための数年先を睨んだ開発戦略などは打ち出せなくなっている。

 このような時期には、特許情報をマーケット情報や競合動向、技術動向などと同列に位置づけ、これらを多面的に整理分析し、知的情報として社内に提供してみてはどうだろうか。そのためには、知的情報を長期戦略を考えるうえで本当に役に立つ″価値のある情報″にまで仕立て上げる知恵と工夫が必要になる。玉石混淆で大量な特許情報の扱いに慣れている知的財産部門が、いわゆる「特許」という観点とは別に、「情報と戦略」という観点から″知的情報としての位置付け″に挑戦してみるとおもしろいのではないだろうか。

intellectualへの冒険
 企業活動にとって、最近は特許だけでなく、商標や著作権などの知的財産権(所有権)が重要になっている。そこで、ここ数年、特許部門の呼称を知的財産部門に変えた企業が多い。英語ではIntellectual Propertyというので「IP」部門という呼び方をしている会社もある。ロングマンという辞書によれば″インテレクチャル″には、「長期に学ぶ必要がある事柄に関係して、それなりの教養を持った」という意味があるようだ。余談だが、″インテリジェント″というと、単純に「賢い」ということだから、子供や犬にインテリジェントはあるが、インテレクチャルはないということになる。

 和製英語的なコジツケになるかもしれないが、長期的な研究開発戦略を描く上で実際に役立つ情報とは、インテレクチャルな情報であるという事もできそうである。少なくとも三年程度の時の流れの中で出願動向を探り、対象技術の周辺の様子や社会の動向、顧客のニーズにまで目を配って多角的に整理した知的分析情報は有益な情報である。

 例えば、電子カードについて、過去三年程度の公開特許データを技術別に分類し、技術関連図を描いてみる。主な出願人の企業動向を調査し、公的資料やインタビューで得た市場予測値やインフラ動向も盛り込んでおく。このようなデータを予め叩き台として用意した上で、営業部門や専門技術筋などを交え、討議の中で全体像をまとめてみる。分析軸としてヒト、モノ、カネ、トキの4要素を置けば、およその全貌はつかめるだろう。このマップの上に自社の出願ポジションを投影すれば陣取り状況を俯瞰でき、研究開発戦略を設定する上で役立つロードマップができあがる。

 このような作業に最も適しているのは、多量なデータベースに慣れ、情報技術(IT:Information Technology)で武装した知的財産部門ではないだろうか。知的財産部門だけでは難しい場合には、技術OBに資料作りをお願いできれば技術蓄積の流出を防ぐこともでき、同時に、幅の広い技術伝承の場にもなるように思える。図1には、このように想像して描いた知的情報部門の役割を示す。

交差した技術の時代
 人と機械のインターフェイスはヒューマンファクターが絡むので、奥が深くて難しい技術である。ユーザーにとっては楽そうに見えるが、メーカにとっては実に難しい、まさに交差した技術の典型である。そして、最近は、このような交差した技術の出番になっている。そこで今回から何回かにわたって、この″交差した技術″の代表格であるディスプレイを取り上げる。

1.いま、ディスプレイがおもしろい
 筆者が米国製の液晶腕時計や液晶温度計を見たのが1970年頃である。それから四半世紀を経て、パソコンのCRTディスプレイがTFT液晶やPDPプラズマに置き換わり、主流はCRTから薄型TFT液晶へと変わりつつあるようだ。すでに、液晶モニターの低廉な価格をアピールする広告が現れている。薄型のノートパソコンも一段と軽量になり、電池も長持ちするようになった。

 そしてここにきて、液晶やプラズマの他に、マイクロマシンのDMDや有機ELパネル、電界効果型FEDなどの新しいディスプレイが参入してきた。

2.液晶技術の変遷はヒントになる
 特許情報は国際特許分類(IPC)に従って分類されている。技術は成熟化すると共に一般には細分化していくので、それに合わせて、国際特許分類も分類構造を5年毎に見直して改正されている。液晶に関する国際特許分類がどのように変ってきたかをみると、技術の変遷を垣間見る事ができる。図2には、液晶に関する国際特許分類の項目がどのように変わったかを示す。
中島隆 連載第5回 図1 図2
 1974年の第2版から1985年の第4版までは、液晶に関する特許分類項目には変化がない。液晶表示装置やカラーディスプレイ、テレビ用途、電子時計、電気光学セルなどの用途関連項目のほか、液晶のギャップ、スペーサ、配向処理、封止、偏光子などの技術や、表示駆動装置などに関する技術の項目が盛り込まれている。

 その後は、1990年の第5版から以後、5年毎に細分化が進んでいる。1990年の第5版には、液晶制御や走査駆動技術の観点、マトリクス表示、記録ヘッド、光導電層、接続端子、電極などの観点が加わる。さらに、1995年の第6版からは、STNセルやTFT、強誘電液晶、混合液晶などの材質の改良、製造方法やタッチパネルなどの入力機能、フィルタや偏光板、バックライト照明系、光メモリやオプトエレクトロニクス装置などが項目として加わる。

 ここでは液晶を例にとったが、こうして分類項目の変遷を調べてみると技術の裾野が広がる様子を見ることもできる。当初は基本的な構成要素と応用展開、それを視野に入れた身近な周辺回路などからスタートする。その後、技術の発展とともに周辺の電子回路や制御系へと展開する。さらに技術が発展すると、材料の改良に伴う細分化や具体的な応用製品、バックライトのような重要なキー技術への展開へと分類構造が変わってくる。一種のスパイラルである。

 このような技術の発展に伴う特許分類の変遷傾向は、液晶に限らず、他のいろいろな技術にも共通的にあてはまるようである。今は未成熟技術であっても、このような前例を参考にすることによって、20年先の技術の成熟を見越すこともできるだろう。どこに目を付けて出願を狙って行くかを探る上での格好な指標になるだろう。

各種ディスプレイの工夫
いま、いろいろなディスプレイが動いている。ここでは、最近の公開特許にみる各種のディスプレイの工夫を例示的に見てみよう。

1.プラズマディスプレイパネルPDP
 自発光性という優れた特徴を持つプラズマディスプレイは、前面の二本の表示電極と背面のアドレス電極との3電極を用いる3電極方式や、隔壁を用いて蛍光体を帯状にするストライプ構造などを採用することによって、輝度を高めて消費電力を抑え、長寿命化を図ってきた。さらに明るく、コントラストの高い高精細な画面に挑戦する最近の一例を図3(a)、(b)に示す。

 この例では、パネル面に外光が入射すると白っぽいバックグランドとなってコントラストが悪くなるという従来の課題に着目する。そして、黒色顔料を添加したペーストでストライプ状の遮光層をスクリーン印刷する。この遮光層で蛍光体層を隠すことによってコントラストを上げる工夫である。遮光層をストライプパターンにしたので、位置ずれの心配も少なく生産性が高まる。しかも、遮光層の裏側に光吸収防止層を設けて蛍光体が発光した光を反射させ、散乱した光によって明るさアップも図っている(特開平10-269951富士通)。

2.プラズマアドレス液晶表示
 プラズマアドレス液晶表示は、液晶セルとプラズマを重ねたものであるが、PDPとは異なり、蛍光体を用いないので自発光性はない。プラズマをサンプルホールド機能として活用している点に特徴がある。

 図4(a)は、プラズマアドレス液晶パネルの構造を示しており、同(b)には、その断面を示している。放電電極としてのカソードKとアノードAの間にプラズマ放電を生じさせ、放電チャンネルを行方向に走査する。この走査に同期して液晶セルの列方向に画像信号を印加することにより、表示駆動を行う。つまり、放電チャンネルにプラズマ放電を発生させると内部がほぼ一様な電位になるので、プラズマ放電をサンプリングスイッチとして利用し、行単位で各画素に信号電圧を加え、画像選択を行う。この例では、必要な駆動電圧を低くすると同時に、視野角を広げ、コントラストを高めることを狙っている(特開平10-282479ソニー)。
中島隆 連載第5回 図3a_図3b_図4a_図4b
3.電界放出型ディスプレイ
 電界放出型ディスプレイはCRTをフラット化したディスプレイパネルである。その構造を図5(a)に示す。同(b)は断面である。電子銃に相当するエミッタチップをアレイ状に配置し、全面基板の一画素にはR、G、Bの三つの蛍光体を設け、二枚の基板を張り合わせている。内部は真空である。しかし、電界放出ディスプレイには、1KV程度の高電圧が必要であるという大きな欠点がある。そこで低電圧で励起できる蛍光体が欲しいのだが、赤と青を発光する蛍光体は発光効率が悪い。このために、明るくしようとして輝度を高めると、今度は色にじみが生じてしまう。
 この例では、電子銃から放出される電子ビームの軌道を曲げ、そのための電子レンズの構造を簡単にする工夫を加えている(特開平10-269973三菱電機)。
中島隆 連載第5回 図5a_図5b
 ディスプレイの分野は百花繚乱であるが、その中には、ヒューマンインターフェイスをどう取り扱ってゆくかという技術的に難しい課題に取り組む様々なアプローチを見ることができる。数年前に夢といわれたマイクロマシンがDMDとして現れた。次回は、この米国のDMDを取り上げてみたい。(つづく)

【参考文献】
1)岡崎久彦著「戦略的思考とは何か」中公新書
日本人というのは、過去の経緯で出来上がっているものを工夫して改善していく点では世界一といってよい能力を発揮する。だが、肌で感じないと理解しないので、何も無い所から論理的整合性のある構築物をつくることには当惑する。国家戦略論として面白いだけでなく、技術戦略にも参考になる。
2)「電子技術」‘98年7月号 フラットディスプレイ特集号

なかじま たかし
e-mailアドレス:chief@neotechnology.co.jp
ホームページアドレス:http://www.neotechnology.co.jp/

●電子技術1999年2月号掲載
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