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中島隆連載第4回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第4回】 特許で先に陣取りをする。それから、R&Dにふさわしいテーマを切り出す


PHS(簡易型携帯電話)と携帯電話
 4,300万人もの加入者がPHSと携帯電話を利用している。普及率も3割を越えた。これらの移動体通信端末は、文字どおりパーソナルという新たな市場を開拓し、社会に定着して急激に伸びたヒット商品である。その中にあって、携帯電話とPHSとが織りなす明暗の軌跡は、製品開発技術者が一度は研究・分析してみる価値のあるケースヒストリーになるだろう。携帯電話は加入者数が3,700万人からますます増加する勢いである。それにくらべて、PHSの方は600万人台にまで減少し、更に減る様子である。この原因はどの辺にあるのだろうか。

 PHSは、数百メートル区画の小エリアにセルを区切っている。それなのに、このメリットを十分に活かしきっていないかのように見える。「簡易」という文字から受けるイメージや、イベント会場で回線がパンクするなどの社会資本の未成熟からくるマイナスイメージの問題ではなく、競合を蹴落とす力強いパンチが打ち出されていない。“ピッチ”という愛称をもらいながら、PHSに銀座周辺のグルメ情報を画面に表示するなどの便利で楽しい利用価値や、ぜひ手許に備えておきたいと感じさせるようなMUST性を支えるサービスプラットフォームが未成熟である。

 これに対して、携帯電話にはマジョリティになっているという安心感があり、これが地下街では使えない不便さや使用料金の多少の割高さを補って追い風になっている。技術的に優れたものが必ずしもヒット商品を生むとは限らない。利用料金が安いぐらいでは、安心を買うというユーザーの深層のデマンドに応えるものにならない。技術者はいつも遊び心を持っていたいし、社会の変化を楽しめる技術者でありたいのである。

発明を生み、育てる。そして、次期テーマを暖める
 このシリーズでは、技術者がマーケットニーズを探って発明を生み出し、その発明を育てるというシナリオでストーリを展開してきた。お客様アンケートハガキがアイデアを生む。そのアイデアを膨らませて20年のタイムスパンで先を読む。そして、ビジネスに使えて役立つ発明にまで価値付けする。そこに専門技術者が永年、取り組んできた知見が投影され、創造が生まれてくる。

 こうして創造した成果を企業のR&D活動に陣取りとして活かすことを考えてみよう。特に、正否の8割を左右するといわれるテーマの選定作業にあたって、特許情報を前向きに活かす工夫を取り上げてみる。

 R&Dテーマを探すためには、図1に示すフローによって特許出願を先行し、最初に陣取りをしておくのが合理的である。

@それまでの技術蓄積をバックに、自分なりの想像図を描いてみる
A最近の特許情報を調べて大まかに客観状況を把握する
B重要なヘソになる特許がありそうなら、遡って調べておく
C先に描いた想像図を土台にして自分なりに問題を提起する
D基本的なアプローチ案を立案して重要部分の基礎実験を試みる
E自分のアイデアを集めて体系化し、ある程度の束にした出願をする
F棚に上げる(だが、絶対に忘れないで、時々は見直しておく)
G価値の高いものからテーマを打ち出すR&Dに着手する前に特許出願によって陣地を構築し、時間を置いてから、彼我の戦力分析を行って、優位に立てる確証の基に戦線を展開する手法である。
中島隆連載第4回 図1
特許情報+マーケット情報+技術情報=戦略的情報
 最近の公開特許情報であっても、アップツーデートな研究開発から見れば、ネタとしては数年前の古い情報であり、新鮮さの失せたクズ情報である。大事なものは千に三つ程度であろうし、キーテクノロジーはノウハウとして秘匿されているかもしれない。競合他社の動向を知り侵害防止を図ると言っても、知ったからどうなるものでもない後ろ向きな情報である。企業が製品開発を進めるうえで特許情報は、それだけでは経営情報ではないのである。

 しかし、知的財産を運用する企業のプロパテント意識は今後ますます厳しくなる。競合製品を意識するのと同じように特許情報も否応なく意識せざるを得ない。だからこそ、特許情報に営業情報と技術情報を重ねてみると、R&D戦略に重要な役割を果たす経営情報となり、積極的に利用できる新たな価値が生まれるのである(図2)。

<図2 特許情報はマーケット情報、技術情報と融合したときに有益な経営情報になる>

 マーケット情報としては、端的に言って何がこれから化けて大きくなるか、注目される業種やマーケット(製品)が何かを知りたいのである。ある特定の分野の中でどういう方式がメインストリームになるのか、自分たちが手がけているものの開発方向が合っているか、世の中がどう変わりつつあるのかなどである。市場ニーズを的確に探るためには、分野毎のマーケットデマンドと、そのスケールの推移予測データが欲しいのである。

 技術情報としては、その製品や技術を実現するうえでのボトルネックを知りたい。自社のどんな技術を中核に活かすことができるか、周辺に補充すべき技術の範囲はどの辺にまで及ぶか、そして、客先仕様が何を望むか、競合はどの段階にあるのかなど、技術的な勝算を的確に判断するための情報が欲しいのである。
 これまでの特許部門は出願や事務手続きなどの後追い作業で手一杯である。マーケット部門と連係して特許情報と技術情報から経営情報を抉り出すのは、技術統括部門や特許リエゾンに課せられた重要な役割である。

ユーザーデマンドに対応した機能の盛り込み
携帯電話に関する小連載を今回で終える。そこで、今回は小連載の締めくくりとして、ユーザーデマンドに対応した携帯電話のいくつかの新しいアプローチを紹介する。

 最近の通勤電車で目に付くものは、少しくたびれた初老の立ちんぼ姿と、小奇麗な液晶端末をひざに乗せてメールのやり取りをしている若い女性の姿である。テレビコマーシャルにもあるように、携帯電話やPHSはもはや、おしゃべりの道具ではなく、ドライブの誘いやパーティの予約をするための情報ツールになっている。モデムカードでパソコンとリンクしたケイタイをフルに駆使できないと、デートの約束もできない。営業活動すら満足にできない時代である。

 しかし、このようなケイタイも、電池電圧が低下した場合には、電話機のマイコンが停止するので、だいじなデータのやり取りをしている最中でも、通信が途絶えてしまう。それだけでなく、RAMに記録されている送受信チャンネルの設定や送信出力の制御情報などが消えてしまう。携帯端末を使ってデータを送受信する無線データ送受信機能では大問題である。

 そこで、無線通信やデータ端末側でのアプリケーションを継続したままで電池交換ができるようにする工夫が必要になる。図3には、通信中に電池電圧の低下を検出すると、モデムカードを介してデータ端末から電源供給を受けるようにした例を示す(特開平10-271231日本電気)。
中島隆連載第4回 図2、3
 図4に示す例でも、携帯電話によるデータ通信の安定確保に着目している。この例では、ACアダプタからパソコンが電源供給を受けている場合、パソコンのCPUを活用して電源の切り替え指令を行ない、モデムカードを通じて携帯電話にもACアダプタからの電源供給を行なう。携帯電話の電池電圧によらずにデータ通信を確実に行なえるようにする工夫するのである(特開平10-271230日本電気)。
中島隆連載第4回 図4
 PHSは加入者数が減っているとはいえ、その利便性を高めるために様々な工夫がされている。PHSの欠点は、高速移動中には利用できず、サービスエリアも首都圏などに限られてしまう。そこで、このような場合に対処するサービスとして、加入者が予め転送先の電話番号を登録しておくと、自動的に転送する着信転送サービスが従来から行われている(図5(a))。

 ところが、このような着信転送サービスがあっても、サービス業者側で転送先の電話番号を設定するシステムだった。利用者が設定することができないので急場には間に合わない。そこで、図5(b)、(c)の例では、PHSや固定端末から転送先の電話番号を適宜、設定できるよう改良している(特開平10-271563NTT)。
中島隆連載第4回 図5ab
ハンディフォンとしての通信機能改善の他に、PHSにアミューズメント性を持たせよう
とする工夫も見逃せない動向である。ゲームソフトを通信でダウンロードできるようにす
る例が図6である。基地局にリンクしたデータベース局には顧客名簿ファイルとゲームデ
ータベースを備え、PHSのキー操作により希望するゲームをリクエストする。最新作を
すぐに利用でき、しかも双方向性を利用して得点集計するなどの工夫もできる(特開平
10-271562タイトー)。
中島隆連載第4回 図5C、図6
 PHSの特質とデータ通信の双方向性を活かす観点は、上記のゲームソフトやその得点集計に限ることなく、これをヒントにすれば様々な展開ができそうである。こうした柔らかな発想から、次々と連鎖して新しいビジネスチャンスが生まれるだろう。

ハコモノのハードからシステムへの変革
 最近はモノづくり中心の古典的技術から、ネットワークを重視したシステム技術としての観点や取り組みが重要になっている。ここで取り上げた携帯電話の例だけでなく、スイッチング電源に関する最近の米国特許などにあっても、ずいぶんと発明のあり方が変わってきている。たとえば、設備機器やシステムに分散した複数の電源装置を通信ネットでリンクしたパワーマネージメントなどである。わが国のバブル崩壊の数年前に米国でもバブルが崩壊し、それで米国の産業形態が大きく変わった。古典的なハードリソースを海外に求め、ハード指向からシステム指向に切り替わって風通しが良くなり、ビル・ゲーツの時代がやってきた。いま、わが国でも同じような歴史が繰り返して起きている。もはや、ハコモノの細部に特化した技術観点だけでは大規模なマーケットを創造することができない時代に変わりつつあるようだ。時代は急激に変革に向かっている。

 次回から数回、今度はディスプレイを取り上げてみたい。液晶やプラズマディスプレイの時代から、新しいディスプレイへと、こちらも変革が急である。なお、筆者に何かのご要望があれば、ぜひ、次のメールアドレスにご連絡を頂きたい。
できるだけご希望に添った展開をしていきたいと考えている。
e-mailアドレス:chief@neotechnology.co.jp
ホームページアドレス:http://www.neotechnology.co.jp/

* 米国特許5,815,389(Reltec) 通信ネットワークでリンクした電源システムが展開され
ている(ネオテクノロジー発行「マンスリー特許情報 米国特許:電源機器編」参照)。

●電子技術1999年1月号掲載
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