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中島隆連載 第3回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第3回】 どうやったら発明を育てられるか


電話機の顔が20年間で変わった
 20年前の1979年、現在ではすっかり影を潜めたが、7セグメントで電話番号を表示する電話機が日本電気から出願された。前年の1978年には、呼び出し信号で発光ダイオードを点滅させる発明が三菱電機から出願されている(1)。これと前後して相手側が不在でもボタンダイヤルから自己番号を発信して相手側に記憶させる留守番電話や、固定機と移動機を無線でつないだコードレス電話、自動車電話や光ファイバーを使った電話なども、この頃に発明されている(2)。

 それが、僅かに20年を経ただけで、電話機の顔を2センチ角の液晶ディスプレイが変え、さらに電話機の使い方も変えている。技術者の感覚では、この20年の間に具体的に取り組んできた製品開発のテーマは様々に変わってきたが、知識の上では年々の変化が連続しており、技術的には極端な断絶を感じていない。それでいて、20年前に今を想定して電話機のディスプレイ機能の重要性に着目し、先を読んだ発明を生み出せなかったのはなぜだろうか。
 さらに20年を溯ってみる。今から40年前の1958年頃になると、様子は大きく異なってくる。電話機の中でPNPトランジスタとNPNトランジスタを適当に使い分ける発明やハンドセットに樹脂性ボールを埋め込んで呼び出しベルの振動でボールが窓から顔を出す発明などになる(3)。さすがに今から40年を溯ると、技術的にも歴史の断絶を感じさせるものがある(図1)。
中島隆連載第3回 図1
発明を育てる2つの要因
 発明は出願されてから20年間は特許で保護される。国々で多少の違いがあるにしても、これが一般的である。発明が生まれてから20年も経てば、技術の世代交代に直面する。、保護期間に一定のリミットをもたせて後の発明に道を開けるためにも、これを寿命であるとする。確かに20年前、今のような手のひらサイズの携帯電話や、メニュー情報を表示できる液晶ディスプレイは未だ世の中に現れていなかった。LEDの7セグメント表示が数字表示に使われており、液晶は未だ開発テーマであった時代である。しかし、そのような状況の中にあって、実際の製品に活かされて企業利益に貢献し、社会に役立つ息の長い発明もある。その一方で、出願されたもののアイデアだけで終わる発明も多いことも事実である。この違いはどこにあるのだろうか。

1.他の人に価値があり、実際に使えて、役に立つ発明
 発明の揺り篭から墓場までを新製品の一生に喩えれば、アイデアの着想段階は新製品の企画段階に相当する。次の段階で、着想を実際に役立つ発明に仕立てる。商品の設計・試作段階に相当するので、この段階は発明の価値を左右する大事なステップである。今から百数十年前、エジソンなどの大発明家が輩出した頃にスクリューの発明も完成した。それまでの螺旋ネジ式スクリューを使い、水を材木に喩えてネジで切り進む基本的コンセプトと試行錯誤、悪戦苦闘の末に、偶然に水中で障害物にあたって約半分に欠け落ちた事故が幸いして今のスクリューが生まれたのだという。

 永らく、一流の発明には次の三つの要素が必須だと言われてきた(4)。
@今までとまったく違った基本的原理が大きな改善につながる
A新しい方法に気付いている人は多いのに、大抵は初期の段階で放棄している
B固執心とシツコサが周りの反対を押しのける。幸運なできごとが突発する要素も加わる

 この時代から百数十年を経た今でも、上記の三要素は、アイデアを価値ある発明に育てる上で欠かせない要素のようだ。違うところは、アイデアの源泉を発明者の個人的な才能にだけ依存するのではなく、企業活動の中に組み込んだ創造的な高付加価値戦略商品として企業発明を位置づける傾向にある点だ。上記の三要素に加え、経済的に価値があり、ビジネスに使えて役立つ発明が求められているのである。

2.明確な目標がある発明
 アイデアから出発し、問題点を研究して具体的な発明にする。ここで止めずに、生まれた発明を素材にして時間をかけ、自分の発想を反芻して発明の本質を抜き出して行く作業が必要である。発明を自分のものにする普遍化作業である。着想を強力な発明に育て上げるのには、最初に自分がどう考えるのかをしっかりと見定めておかなければならない。そのうえで、明確な目標に向かってスパイラル状に自分の発明をレベルアップする抽象化作業が欠かせないのである。

 このとき役に立つのは、故意に自分の思考方向を散らすことである。技術的に対象を多角的に見直してみるだけでなく、時間的にも今日、明日から飛んで、20年先までを読んで自分の発明の価値を見直してみることもできるので、ぜひお勧めしたい。

 20年も経たないで、携帯電話がインスタントカメラのようになっているかもしれないし、ペーパー電話機が内蔵されたテレホンカードが使われているかもしれない。既にパーソナルナビゲーションがすぐそこにある時代になっているのだから。
 こうした明確な目標のうえで想像力を展開し、自分の発明の価値を考えてみることが寿命の長い強力な発明を育て上げることにつながる。

携帯電話の便利さと表示
 前回は電話機のスイッチを取り上げたので、今回はディスプレイを取り上げる。携帯電話の電池残量や圏外表示に留まらず、音量設定から不在着信、暗証番号、電子メール、ポケベルメッセージなど、いろいろな機能メニューが液晶ディスプレイに表示され、携帯電話
の便利さが支えられている。

 電話が個人持ちの携帯になり、音声で聞くだけでなく目でも見る表示機能が付いたことにより、電話本来の機能も革新的に変わりつつある。電子メールから電子手帳へ、あるいは、地図表示やナビゲーション案内機能へと拡大してゆく。

 耳で聞く、目で確かめるという携帯電話機の表示機能に関するエッセンシャルな松下電器産業の発明(特開平10-233827)を図2に示す。受話器を耳に当てて発信音を確かめる動作や、耳で呼出音や話中音を確かめる動作をしないでも、ディスプレイに「シヨウデキマセン」とか、「ダイヤルチュウデス」、「ヨビダシテイマス」、「ハナシチュウデス」などの表示をさせる。電話機を耳から離したままで発信状態を目で確認でき、通話ダイヤルを操作して電話番号を入力するとそれを目で確認できるので操作が楽になる。

 もっとも、最近のように小さなディスプレイに多くの表示内容を盛り込むと、表示が小さくなり、判読が困難になる。老齢化が進むと、便利さを求めた結果が逆に不便になるかもしれない。図3に示す考案は、フレネルレンズを取り付けて小さな表示でも見やすくしようとするものである。
中島隆連載第3回 図2、3
表示と消費電力
 今の携帯電話では、液晶パネル自体はμW単位の消費電力なのに、バックライトに数十mWの電力が消費されている。便利さを追求して、表示内容を充実させると表示も大型化し、カラー表示も欲しくなる。消費電力の低減と電池使用時間の長寿命化がリンクして大きな技術課題になっている。

 携帯電話ではバッテリーの使用時間を長くするために、いろいろな工夫がされている。電話機に一定時間以上入力がない場合には、液晶ディスプレイのバックライトを自動消灯し、パワーセーブを図る。しかし、それが災いして一定時間を経過しないと使用後もバックライトが消灯しない。もっと電力消費を削減するという点からはムダが残っている。パワーセーブに関するシャープの発明(特開平10-242896)を図4に示す。使用者がキー操作をすることで速やかに低消費電流モードに移行させ、バッテリーの寿命延長を図ろうとする。

 液晶のバックライトやダイヤルキーの照明用LEDの点灯は、電池残量にかかわらず一律に行なわれている。このため、照明の必要がない場合にはムダであり、電池残量が少なくなった場合には通話途中で電池が切れるなど、不都合になり兼ねない。パワーセーブに関する三菱電機の発明(特開平10-234079)を図5に示す。電池残量が一定量以下になった場合には照明を落とし、あるいは、点灯させないようにして電池消費の削減を図り、少しでも通話時間を長くする。
中島隆連載第3回 図4、5
表示と高密度実装
 携帯電話の軽薄短小を実現する高密度実装技術として、液晶パネルでは、ガラス基板の上に直接半導体ICチップをフェースダウン実装するCOG(Chip on Glass)技術が利用されている。しかし、泣き所がないわけではなく、液晶表示パネルに強い光があたると、バックライト用の光ガイドを通してICに光が入射し、ICを誤動作させてしまうことがある。

 表示素子を高密度実装する際の盲点をついたオプトレックスの発明(特開平10-239677)を図6に示す。ガラス基板の端部に実装されたICの周りをガラス基板と屈折率が同等な黒色顔料入り樹脂で覆うことにより、外部からガラス基板に入射する光がICに入る前に吸収してしまうことで、誤動作を防ごうとする。

これから先、表示は・・・
 携帯電話が多機能化すればするほど、表示パネルは大画面化する。バッテリー残量表示や信号強度、その他のデータやボイスコールなどはアイコン表示されるので、より、大画面が必要になるが、ユーザーはできるだけ小型な電話機を望んでいるので、ドットマトリクスと別にアイコン表示エリアを設けて小型化を図るなどの工夫をしてきた。しかし、アイコンが多種になってくると、アイコン用の配線を液晶パネルにどう配置するかという課題に直面する。ノキアでは、表示をさらに便利にするために、アイコンに着目した発明を出願している(特開平10-240203)(図7)。英数字や記号を表示するドットマトリクス領域とアイコン領域を共通の導電パスでつなぐことにより液晶パネルの多機能化と小型化という相反する要請に同時に応えようとするものである。
中島隆連載第3回 図6、7
 もっと表示画面を機能化させようとするフィリップスの発明(特表平10-509007)を図8に示す。表示画面に人物の群像を表示し、呼出し時には相手の人物が手を振り、こちらの注意を引こうとする。相手が留守のときや、こちらが邪魔されたくない場合などは、人物像の代わりにドアが閉まって留守を表示する。このような自然な図形表現を取り入れることによって、使用者は一目で相手が不在かどうかを直ちに知ることができ、他の人に呼びかけるなど、迅速な対応を図ることができる。電話会議の場合などには、必要に応じて別なパーティを呼出すことも可能である。このような視覚を最大限に利用した電話では、表示パネルのサイズも大型化し、カラー化やタッチスクリーンが普通に使用されることになるだろう。
中島隆連載第3回 図8
 発明を育てるときに当面の数年間の価値を考えることも大事である。しかし、20年のタイムスパンをイメージしながら、その中で自分のアイデアを膨らませて発明に価値付けすることも大切なことである。そこに、その専門分野で格闘している技術者の夢があり、創造の価値が生まれてくるからである。
(つづく)

【参考文献】
(1)特開昭55-123246、特開昭55-11646
(2)特開昭55-105462、特開昭55-120234
(3)特公昭36-10352、特公昭32-8306など
(4)ティリング、レイスウェイト著、喜安善市、永井忠雄訳、「発明への招待」、みすず書房
イギリス人発明者による原著は1976年の出版らしいが、いまだにこの本は、日々の仕事に追われている技術者が自分の創造性に目を向けてみるキッカケになる良書だと思う。「手で考える」というセクションや「著者らの発明」というセクションなど、実例が多いのも読みやすい。大量生産から創造的高付加価値へと技術のあり様が変わって行くなかで、技術人として大切な何かを見詰め直すヒントを与えてくれる。
●電子技術1998年12月号掲載
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