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続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第22回】 仲間と思考を拡げる −K氏の経験−

 最近、むかしに戻って、いろいろなときに模造紙を活用している。テーブルに広げた模造紙を五、六人の仲間で取り囲む。共通のテーマで選んだ十件程度の特許文献が材料になり、アイデアの展開や新しいアプローチルートなど、思い付いたことを縦横無尽に展開する。ときにはポストイットを使ってグルーピングをしたり、蛍光マーカーで注釈を書き入れる。缶コーヒー片手に立ちんぼで簡単なメモや図解を書き込む。仲間で楽しむ自由な会話と、その拡がりの面白さは他の何物にも代え難い。50円の模造紙には、15万円のパソコンやホワイトボードでは得られない独特のクラシックな味わいがある。

 仲間の優れた智恵を賞賛し、それを学び、みんなで大きく育てていくことは、技術人にとって、ものすごく大事なことである。

 模造紙を使うと、みんなの手許で智恵が重なり合う。同じ目線で仲間同士の連帯と知的興奮を簡単に楽しむことができる。少し大げさだが、最初に何を書くか、だれが純白な紙にマークを付けるかということ自体、ちょっとした緊張感がある。何かのキッカケさえあれば、目の前の模造紙に次々とみんなが何かを書き込む。このようなチャットミーティングは50円と鉛筆の経済であり、古強者も新人も、みんなが肩を組めるのでお勧めできる。

 
技術者K氏の特許情報分析との格闘 

 特許情報は、公報に書かれた技術的な内容だけでなく、歴史的な背景や年々の企業動向や取り組みなど、いろいろなテーマの多面的な状況をインターネットで簡単に調べることができるので大変に便利な情報源の一つである。学術文献と違って、企業活動に直結している点にも大きな特色があり、技術的に全体像を俯瞰したり、重要な技術の時系列的な変遷を知るうえで、格好な座標軸になる。

 このような特徴に目を付けて、研究開発テーマの選定や事業企画のプランニングなどの企画書の一章に特許情報分析を組み込むケースが増えてきた。

  Kさんは六ヶ月前に事業部門から知的財産部門に移ってきた。ご存知のように、最近の事業部門はリストラが行き渡り、繁忙を極めている。その意味ではキーマンばかりになっており、だれ一人として融通できる環境ではない。そのような状況のなかで、事業企画を担当していたK氏は、次世代の新製品事業戦略の可能性を特許情報分析に求めてきた。

  笑みを絶やさないおだやかな紳士Kさんは、それでいて、特許情報に関してはズブの素人だという。発明者には何回もなっているが、特許情報分析となると、公開公報と特許公報の違いはわかっても、国際特許分類(IPC)などには土地勘がない。ただ、永年、事業部門で培われてきたので、商品開発の実戦経験や仲間を大事にする意識はみんなに負けない。とにかく開発戦略に役立つ情報を特許情報から得られる筈だという熱意に溢れている。

 それが、一ヶ月も経たないうちに元気が急に萎んで、老眼鏡の奥で目をしばたいている。私たちの体験でも、1千件くらいの公報を読んでみないと、特許情報から要領よく要点を抉り出すコツがつかめない。特許情報から技術動向を抜き出そうと思っても、多量な情報には子細に展開した技術が散在しており、主な流れをつかむもことさえむずかしい。その点では、特許情報の分析手法は未だキチンと整理されておらず、経験がものを言う属人的で未開な分野だと言えるだろう。

  多量な特許情報に意気消沈したKさんは頭を切り替えて、通産の機械統計や工業会資料、民間のシンクタンクのデータなどを使って社会一般データの情報分析作業に入る。最近は、公官庁や外郭団体、研究所だけでなく、学会や研究会が種々の次世代テーマについてのロードマップを発表している。

  確かに、マクロな人的・物的資源の背景や産業形態の変化、日米の技術比較などからはじまって、仮説の上に踏み込んだ提言にまとめた専門委員会資料などは、幅広く全貌を把握する上では役に立つ。これらの資料を集めて自社の位置づけをプロットし、新たな事業計画にまとめる作業は企画部門で手慣れたものである。こうして、企画書の一つの章の原案が構築された。

  しかし、選りすぐりの専門家や学識経験者が既定の企画路線の上に乗って作成したロードマップなんていうものは、全方位に目配りした模範答案のようなものであって、実際には個性に乏しい。事業を通じて利益を得るという面では、情報を集めていいとこ取りをしたとしても、力強さや具体性に欠け、K氏のナマの迫力が出てこない。当たり前のことだが、グラフ表示やイラストなどを工夫する以前の問題として、おもしろさという面でも引きずり込むようなインパクトが感じられないのである。

 Kさんは、もう一度、特許情報と格闘をはじめた。公報から重要部分を抜き出し、社会データを基にした一章原案の上に特許情報を打ち込んでみる。すると、事業化を考える上での重要技術やその関連、詳細な裾野技術の位置づけだけでなく、具体的なボトルネックまでもが明確になる。イメージが鮮明になり、攻め込むべき分野と攻めてはいけない分野が明確に浮かび上がるのである。

  いままでは、特許情報だけを見て特許情報分析をしていた。そして、多くの例が、「こんな特許が出ていました」というだけの特許紹介で終わっている。そうではなくて、社会的な動向や背景、統計データなどを調べ、その社会データの上に特許データを重ねてみる。そうすると、特許情報を媒介にして明確かつ具体的な将来ビジョンが浮き彫りになる。社会データと特許データを比較することで互いの良さが明確になる。仲間との相談にも説得力が出て、相手もその気になって真剣な議論を展開してくる。結果として、やるべきことがハッキリと見えてくる。同時にやらない方が良いこともハッキリと見えてくるのである(図2)。
 こうしてKさんは、第一章「社会的背景」、第二章「過去の取り組みと現状の問題点」、第三章「特許からみた現状分析」、第四章「具体的提言」という企画レポートをまとめたのである。それと同時に、実際の事業化テーマになるかどうかは別として、先行的な陣取り作業として、特許出願網の原案も並行して構想を立ててしまったのである。

  このように、社会データと特許データを組み合せて事業企画を考える場合には、50円の模造紙がイメージの拡大や構想の推敲には大変に役に立つ。残念ながら、キーボードやマウスでは夢が膨らまない。紙と鉛筆のような手軽さと、なによりもヒューマンな感じが生まれないのである。いまの「個の時代」だからこそ、逆に、模造紙に新たな創造のチャンスを見つけてみてはどうだろうか。模造紙は、それを囲んだ仲間が共同で智恵を重ね合う土俵を提供する。楽しい仲間をつくるツールとしても効果的である。とにかく、安上がりである。

最近の公開特許を借りた事例研究

 Kさんの場合には総数で約2千件の特許情報を材料に使った。だが、ここでは技術者の好奇心を刺激する最近の公開特許から一件を取り上げ、事例研究のキッカケを提供してみたい。できれば、模造紙と鉛筆を使い、仲間を呼んで考えてみると良いのではないだろうか。

 さて、特開2000-269635(オリンパス光学)は、次のような論理展開ではじまる。最近の半導体パッケージは、BGAにしてもCSPにしても、端子数が増えている(図3)。

 だから、プリント基板への半導体パッケージの実装では、すべての端子をプリント基板に確実にはんだ付けするために、モノづくりから製品検査まで、いろいろな綿密な技術が取り入れられている。これらの重要な技術の一つにリードやバンプなどの端子部分の受入れ検査がある。そして、この特開2000-269635では、多端子半導体パッケージの基板実装に重要な影響を与える端子の平坦さの測定技術に着目している。

  <仮説の第一>は、すべての端子は基板と接触する面が平坦に仕上がって半導体パッケージが基板とピタッと接触すれば良いのだと仮設する。この公報では取り上げるものでもないが、この仮説に対しては、逆に、平坦な仕上がりを求めないという選択肢もでてこよう。

 次に、<仮説の第二>は、「平坦」であることを定量的に数値で求めるという仮説である。これに対して、定量性には特にこだわらないという選択肢もあり得る。この仮説も、この公報の主題と離れるので触れていない。

 さらに、<仮説の第三>は、定量的に数値を求めるための数値化手法である。手法の一つとして、基準(リファレンス)を定めて実測と対照し、その間のズレ値を求めることによって平坦さを割出すという仮説を取り上げる。この公報では、“基準となる面(基準面)”の割出し方にフォーカスするのである。

 このように、たった一件の公開公報を取り上げるだけでも、そこに展開されている仮説を抜き出し、模造紙の上でみんなでいろいろな角度から仮説を見直してみる。そうすることによって、仲間との連帯感が芽生え、智恵の重ね合わせを楽しむことができるのである。

 さて、公開特許の内容に話しを戻そう。端子の位置や高さのバラツキを三次元検査装置で検査し、不良品を事前に排除するにしても、平坦度を数値的に求めるためには、最初にその基準となる基準面を決めておかなければならない。この基準面を決める手法には、(a)すべての端子の座標を回帰して最小二乗平面を計算によって求め、それを基準面とする手法と、(b)基板と端子が実際に接触する面を基準面とする手法との二通りがある。(a)の手法は一見、合理的なように思われるが、最小二乗法による計算値であるので、実際の接触面とは異なる。また、(b)の手法は現実的なように見えるが、実は、傾け方によってグラグラと接触面がいくつかあるような場合には、どの面を基準面と考えるべきか、判断ができない(図4)。半導体パッケージの重心がわかれば、基板上にパッケージを置いたときに接触する端子の接触面は自ずと決まるだろうという粗っぽい話しもあるが、現実には、そう簡単にCSPの質量重心などが求められるものではなさそうである。

 なお、この公報では“平坦度”という表現を使っている。文字ズラからみると“平坦度”が大きい方が平坦だと思うだろうが、端子高さのバラツキ値や基板面からの浮き上がり距離で平坦度を数値化するので、ここでの“平坦度”は、数値が大きい方が平坦ではないということになる。

 そして、この公開特許では、複数の接触面がある場合に、どの接触面を基準面として選ぶべきかの選択方法について述べている。この発明の優れている点は、接触面を選択する目安となる判断尺度として、「評価関数」という新たな概念を導入することである。

 評価関数としては、3つの端子の座標を結んで三角形を形成し、<その三角形の面積が大きくなると評価値が大きくなり、しかも、三角形の形が正三角形や二等辺三角形に近づくと評価値が大きくなる>そんな関数を評価関数とするのである(図5)。
  いったん、このように評価関数を設定しておけば、各端子の位置や高さを三次元測定し、コンピュータを用いて計算させることによって、複数の接触面の評価値を数値として求め、その内で評価関数の値が最大になる接触面を簡単に割出すことができる。こうして、評価関数によって最も安定な接触面を選び、その接触面を基準面とすれば、端子の平坦度を定量的に把握することができるというわけである(図6)。


創造のカギは仲間の輪を広げること

 マスメディアによれば、いま、マウス・イヤーと呼ばれるような激烈な技術革新期に直面している。一むかし前のように個人の力による面壁百年や沈思黙考ではことが済まず、スピードと決断がすべてを支配する。今日は本社、明日は工場とダイナミックに駆け巡り、新幹線やフライトの中でバランス感覚のある次世代商品を探る。その間にITを駆使して今日明日の問題をテキパキと片付ける。そんなコミックのようなイメージが求められている。

  しかし、普通の人間は、そんなにカッコよく、器用な真似など、できるものではないのである。みんな、同じように自分との葛藤に悩んでみたり考え込んだりしながら、できることから薄皮を一枚一枚重ねているのである。

 振返ってみると、戦後の半世紀は、大量生産によって経済的に豊かになることを求めてきた。標準化と品質管理の中で、基準を踏み外さないようにすればコトはうまくいった。ところが、気がついてみると、最先端を走っている。めじるしになる先駆者はどこにもいないのである。それだけでなく、気がついてみると、仲間とか友とかいう大事なことを置き忘れてきたのではないだろうか。

 このような今の時代だから、お互いの優れている点を多いに学び合おう。そして、みんなの智恵を出し合い、助け合って創造的な仕事に取り組もう。いろいろに考え方や受け止め方が異なる仲間だから、智恵を重ねると新たな発見が生まれる。そこにはじめて、社会に役立つ変革も生み出せる。アメリカの猿マネとも言われる強引なパワーと自己主張の一辺倒だけでは、いつか、自助にも限界がくる。仲間同士がお互いを尊敬し、優れている点と劣っている点を互いに補い合う。こうした温もりのある気持が、地に足のついた信用のできる商品の開発に欠かせない。パワーゲームの先には、心の安らぎが見えないのではないだろうか。ここらで一度、技術人は、「仲間と友」という面にも思いを向けてみようではないか。


●電子技術 2000年12月号掲載

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