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続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第21回】 幸運の女神を呼び寄せる


 今回も前回に続けて、私の健康を守ってくれている張さんの話しからはじめたい。鍼灸師でもある張先生は、戦後、中国で大学を卒業したあと日本に移ってきた。が、戦後の混乱期には中国では母親が日本人だとして、また、日本に来てからは父親が中国人だとして、幾多の苦難を乗越えてきた人である。いまでこそ時代劇を愛し、声こそ大きいものの、温和な温もりを感じさせる風貌には、苦労の跡を思わせるような厳しさや鋭さなど微塵も感じられない。礼節と信念だけでなく思い遣りも人一倍強い真の信頼感に溢れた良き中年紳士である。

 お身内が米国に住んでいられることもあり、たびたび海外にも出かけられるのだが、その間、私だけでなく張先生の腕と心に支えられる大勢の人が、早く無事で帰ってきて欲しいと祈る誠の名医である。ある歯医者が、「張先生は、私たちが置き忘れた何か大事な物をもっている。いまどき珍しい、志をしっかりと持った日本人ですね」とつぶやいたとおりである。

 文字どおり日本と中国の架け橋となり、「大地の子」を体で表わしたような彼だが、日本はあと20年ももたないのではないかという。今の日本は、なにが大事で、なにが大事じゃないのかをすっかり忘れている。「みんな、お金だけで動いている。目的を見失っている。お金がすべてではないです。わかるですネ!」が口癖である。

  その彼が言うのに、いろいろな苦難が自分を育ててくれたという。困難に直面するごとに強くなれたという。技術者の創造の世界でも同じことかもしれない。課題や目的にぶち当たり、それに取り組んで実戦経験を積むほどタフになるようである。

発明のカギは課題や目的

 一昨年から、企業の中堅技術者を特許情報分析専門家に養成する支援業務をはじめたこともあり、それが縁で、多くの技術者とお会いする機会に恵まれる。当然ながら、お一人おひとりの技術者の感性は千差万別である。まだまだ、我が国の技術人は金太郎飴でもなく、へこたれてもいない。だからこそ、日本では年間に40万件、一ヶ月で約3万件もの特許が出願されている。20日稼動で換算すれば一日あたり千5百件もの発明が特許出願されている勘定になる。特許出願には20万円から50万円ぐらいの経費がかかるのだから、日本中で毎日、3億円から6億円もの経済が特許出願のからみで動いていることになる。

 さて、発明を生み出すカギは、目的や課題が明確で、相互の関係がきちんと整理されており、着想のトリガーがあったときに具体化できるだけの技術的知識の土壌が育っていることだといわれている。

 今回は、特許情報を調べて発明のキッカケになる課題や目的を抜き出す。そして、課題と目的を中心にして特許チャート1を描いてみる。ここで紹介する特許チャートは、2百件程度の特許公報(公開、登録)から熱対策技術に固有な課題や目的(発明の“ねらい”)を抜き出した。それを整理し、関連付けて並べることで、新たな発明や考え方を生み出す研究・開発のためのツールにしようというのである。


とにかく、量が最初のスタート
 
 ところで、特許情報を研究開発に活かそうとする場合には、公開特許や登録特許の公報を要領よく読む訓練が必要である。特許情報に馴れるためには、できるだけ多くの件数を読むことが大事だ。そこには経験と慣れの要素が多分にある。一つの目安は、一ヶ月で一千件ぐらいの公報を読みこなすとよい。公報を要領よく読み取るポイントが自然と身体に染み込む。

  人によっては、明細書を書いてみるとよいという。書こうとしてみると、逆に、公報を要領よく読めるようになる。自分で書くとなると、人が書いた明細書のまとめ方が参考になり、明細書を要領よく見るコツも覚える。実際、特許明細書を初めて書くときに感じる厄介さは、5回程度も回を重ねれば感じなくなる。そうこうしているうちに、それまでは自分でも見逃していた大切な発明にも気がつくようになり、優れた発明を生み出しやすくなる。良いサイクルを回し始めるコツは、とにかく、多くの特許明細書に触れることである

幸運の女神にウィンクを送ろう

 特許情報に対する勘を日頃から鍛えておくと、幸運の女神が微笑みかけようとしたときに確実に微笑をゲットできるようになる。そのためにも、公開特許や登録の特許公報類を読みなれておくことは、研究開発に携わる技術者にとって必須の素養であり、実に大事なことである。(図1)

 さて、そうはいうものの、その機会をただ待っているだけでなく、こちらの方からも幸運の女神に何かしらのメッセージを送らないと千載一隅のチャンスを逃し、べつな人にウインクしてしまうかもしれない。今回は、この連載2でも以前に取り上げたが、放熱技術を再び取り上げてみる。放熱技術は、単に軽薄短小に対応するだけが目的ではなく、「安くて」、「こわれず」、「使い易い」エレクトロニクス製品の三つのMustを実現するために重要な要素技術である。そして、放熱技術の特許情報を活用して幸運の女神にウインクを送り、微笑みかけてもらうための創造のツールを工夫してみたい。

放熱技術での特許情報の重要性

 放熱技術は回路設計と筐体設計、材料やデザインにも係わる縁の下の力持ちである。それでいて、エレクトロニクスの放熱技術だけを取り上げるような専門の学会はない。月刊誌にしても実装技術を対象にするものはあるが、放熱を対象にするものはないのである。

 ところが、特許情報を調べて見ると、放熱だけを取り上げる国際特許分類(IPC)がきちんと設けられている。機器に関してはH05K7/*、電子部品に関してはH01L23/*を調べるだけで、毎月百件程度の技術情報が得られる。図2のグラフにH05K7/20に該当する特許情報の年次別件数推移3を示す。

 グラフからもわかるように最近の公開特許件数の増加は20%をこえている。しかも、登録になる件数も増えている点には注目してよいだろう。放熱技術自体は成熟技術といわれており、それほど革新的なものが生まれているという印象はない。むかしから変わらずに伝導、対流、輻射の世界でありながら教科書通りには行かないのが現実だろう。だから、先行特許文献がありそうでも実際には登録になる件数が増えているということかもしれない。侵害防止という観点でも外観に現れやすいので立証がし易く、侵害に対して回避しようとすると大工事になるので要注意な技術である。

放熱技術での特許情報の重要性

 最近の放熱技術に関する特許情報の例を以下に紹介しよう。以前は、おおざっぱに基板上での温度上昇を推測し、予想以上に温度が高くなる部品には後追いでアルミのヒートシンクを取り付ける場当たり式でもことが済んでいた。しかし、軽薄短小と高密度実装の世界になって、後から手直しなどを加える余地がない。

 そのため、高密度実装の普及とともに放熱技術も少しずつ様子を変え始めている。例えば、発熱量の多いLSIやパワートランジスタなどは、シリコーンゴムのような熱伝導シートを使ってヒートシンクに取り付けるが、機構設計をきちんと行っておかないと思わぬつまずきがおきる。図3に示すのは、このようなトラブルを避けるための放熱構造の一例である(公開P2000-196269東芝)。
  この例では、技術的課題を次のように捉えている。@電子部品の高さやヒートシンクの窪みの深さ、シリコーンシートの厚さなどの《形状や寸法への依存性》が強く、Aシートの厚さによってはヒートシンクを固定する際に電子部品に過大なストレスが加わり《応力トラブル》がおきやすい。このために、Bシリコーンシートやヒートシンクの《設計が面倒》であり《製作も面倒》である。かといって、Cシリコーンシートを厚くすれば公差は楽になるが熱抵抗が増えて《放熱強化》ができない。

 このように課題には相互に因果関係がある。この絡み合った課題を解決する具体例が図3(a)(b)の放熱構造に示されている。図からも簡単にわかるように、ヒートシンクに穴や凹みを設けるのがポイントである。締め付けストレスが過大になるとシリコーンシートが潰れて穴や凹みに入り込み、シリコーンシートの逃げ場になるのでストレスを緩和できる。こうして《設計の簡略化》と《製作の簡略化》を図っている。

 これとよく似た放熱構造で他の工夫の例を図4に示す(登録P3068615北川工業)。この発明では、シリコーンシートを用いる点は同じだが、課題の認識が先の例とは少し異なっておりおもしろい。シリコーンシートは樹脂だから、はんだ付けができない。そこで、自動実装を行なう場合でも後付け工程が必要になり、そのために《組立工数》が増大する点に目をつけている。目的を《製造工数の削減》にしぼっているのである。

 そこで図4(a)(d)に示すように、金具(支持体)の脚の部分をバネにする。こうした機構設計上での工夫を加えることによって、ヒートシンクをシリコーンシートで押さえつけ、脚をたわませながらリフローはんだ付けするようにした。なお、この例は19998月に出願されて9ヶ月後の20005月には登録されている。公開特許公報は、まだ発行されていない。
 
 図5に示す例は、電子部品用の小型ファン付きヒートシンクである(P2000-196271デンソー)。CPUのパワー増大に伴って強制空冷ファン付きのヒートシンクが利用されるようになってきているが、アルミ抜き型のヒートシンクではフィンの放熱面積を大きく取れない。そこで、最近は薄い金属シートを波形に折り曲げたコルゲートフィンが利用されるようになっている。

 この発明では、@放熱プレートとコルゲートフィンを熱的に結合させて《放熱量の増大》を図り、Aブロワーケースとの結合を簡便化して《製造・組立を容易》にし、Bコルゲートフィンの《位置合せを容易化》して、全体として安価に製造できる《低コスト化》の実現が目的だとしている。

  具体的な構造は図5(a)(c)に示すように、コルゲートフィンを収容する放熱プレートの脚に注目し、脚を折り曲げてブロワーをネジ止めできるようにする(図5(a))。さらに、《製造コストを減らす》ために《部品点数の削減》を図り、ビスを使わずに脚をブロワーケースの穴に挿し込んで固定する簡単な構造(図5(c))も工夫している。

課題と目的でまとめた特許チャート

 さて、先にも書いたように、今回は特許情報から発明の課題や目的だけを抜き出して一風変わった特許チャートを描いてみる。それというのも、大多数の場合に、課題や目的がきちんと整理されれば、技術者は状況を客観的に見渡せる。そうすれば、あとは技術者が専門知識を駆使して How to を考えられる。このようなケースが大部分であると私は感じている。

 先の例で《部品点数の削減》や《製造コストを減らす》などのように、発明の課題や目的を《…》でくくったが、図6は、こうして抜き出した課題や目的をカードのように並べている。ただし、日本語独特のいろいろな表現があるので、私なりに共通の言葉に置き換えている。
 抜き出した課題や目的は、右方の具体的で身近な課題から左手に向かうにしたがって大目的につながるように因果関係を整理して配置した。上下関係は線で結んでいる。もちろん各ノード(言葉)の右方から複数の課題が加わり、そのノードから左方にはいくつかの結果に分かれていく場合も多い。

 こうして課題や目的の相互関連を整理してみると、次のようなことがわかる。

@右から左に向かって概念が広がり、反対に、左から右に向かって概念が具体化している。どれといって独立なものはなく、相互に上下、左右に関連がある。

A左端の課題・目的は《低コスト化(安くて)》、《操作性(使い易く)》、《高信頼(こわれず)》という納得の行く普遍的なものである。重要課題の抽出である。これは、放熱技術に限らず、関心のある技術テーマを取り上げて同じことを試みてごらんになれば、その技術テーマの普遍的課題が見えてくる。

B左側から右側に向かってノードを逆にさかのぼってみると、課題や目的を段階的に具体化できる。課題のブレークダウンである。

 この特許チャートは、右から左に見れば重要な課題や課題の相関関係がわかり、その逆に左から右に見ていけば、発明を生み出す際の複数の選択肢が浮かび上がる。技術者が自分の頭脳で具体的な発明を考える上で、問題整理と同時に、着想のヒントも得られるという訳である。

ノードの加点して数値で把握

  図6には、ノードの上に点数を示してある。線には太線と矢印も加えてある。ここでは実験的な試みとして各ノードに1点を与え、右から左に、あるいは左から右に結んだ線の順でノードに点を加算した。その点数をノードの出力方向の肩には示した。

 最左端と最右端のそれぞれのノードには総合評点が表われている。図6の最左端の《低コスト化》は147点で最大である。これに次いで《操作性》が55点と高い。《高信頼》(38点)よりも《生産性の向上》(49点)の方が高いことも発見である。また、最右端の《放熱強化》、《局所冷却》、《熱集中の防止》は、それぞれが70点で並んでいる。こうして集計した各ノードの数値を比較してみると、それぞれの数値がノードの重要性を示す指標になっているようにも思う。

 この特許チャートを見て、単純に重要課題を評点であらわしたと理解することもできる。技術的絡み合いの度合いや相互の関連性をあらわすと理解することもできる。評点配分に係数の重み付けをするなどの工夫を加えれば、どのような課題に取り組むのが自社にとって価値があることなのかを判断する材料にもなるだろう。

 従来の特許マップは、他社の先行特許環境がどのような状況にあるのかを把握する役割にとどまっていた。だから、特許マップを見ても「だからどうなる?」というフラストレーションに陥りやすい。これからの特許情報解析は、このバリアを踏み越えるものでなくてはならない。そこには実際の研究・開発に具体的に役立つツールとしての性格を担わせる必要がある。そのためには、技術人が技術伝承ということも考えて、いろいろな工夫を盛り込まなくてはならない。

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 張先生に言わせれば、人それぞれで身体やこころの状態は異なるのはもちろんだが、同じ人でも、毎日、それも時間によって様子が違うという。身体にも一日のリズムがある。毎週のリズムもある。だから、その時々の身体の状況を診て、最適な手当てをするのが当然だという。

 今の世の中、ビジネスモデル特許だ、ITだという掛け声に操られて、本分を見失うような錯覚に陥りかねない。だが、ITの本質はなに?知財の本質は何?となると掛け声だけの虚ろな実態が見えてくる。秋風がふいて御神輿の“ワッショイ”、“ワッショイ”という賑わいも遠くに過ぎた。ここは秋の夜長を楽しんで、自分流にボチボチと地道にやるのが健全というものだろう。

【参考】

1)この回から『特許チャート』なる新造語を使い始めている。むかし、学習参考書で有名なO社から出版された“チャート式×××”のお世話になった。だいじな事柄や要点だけが抜き出されていて、一夜漬けなどの急場には大変に役に立った。

 MapChartの厳密な使い分けは未だ調べてはいないが、海図はMapとは言わないらしい。語感からすると、Mapは状況を示しただけの静的な印象である。それに対して、Chartには、何かしらの指針になるという行動的な印象がある。

 ある概念に飽きたときには、新しく切り替えを試みるために、言葉を置換えてみるのもよい方法である。「特許マップ」にも飽きてきた。いままでの特許マップには、常に「だからどうなるの?」という疑問符がつく。その筋のオーソリティには迷惑かもしれないが、特許情報から抜き出した創造のヒントになるようなメモ書きや図表のことを、軽い気持で『特許チャート』と表現して行きたい。

2)電子技術、41巻、11月号、1999年、42巻、2月号、2000年、42巻、8月号、2000年、

3)日本能率協会、「特許情報からみた電子機器の放熱設計と薄型実装」、電子機器における熱設計・対策セミナー、20004


●電子技術 2000年10月号掲載

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