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中島隆連載第2回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第2回】 どうやったら発明を生み出せるか


なにごとにもキッカケがある
 この号から2、3回は、最近の携帯電話の特許情報を材料に選んで、これからの研究開発のヒントを探ってみる。この号では、携帯電話を最初に手にしたときに誰でもがまっさきに触ってみたくなるボタンスイッチを取り上げる。「こんなものを手に入れたヨ」とでも言いながら電池のセットを終えると、すぐ、ボタンの押し具合や液晶表示を確かめるにちがいない。おそらく大部分の人が、「ピッ、ピッ」音を耳にしながら、自宅か会社など身近なところに電話をしてみるだろう。そうして、ボタンのでっぱり具合や指先に感じる少しザラついた触覚、ボタンの表面のマークなどを細かく吟味する。表題の「どうやったら発明を生み出せる?」という答えは、ここにあるようだ。
 とにかく触ってみる。実際のモノを目で見て、手にとって重みを体で感じてみる。裏返してみたり底を眺めてみる。指先でこすってみたり動かしてみる。こうして、手が直に感じ取った「何か」が技術者の感性に共鳴し、発明のキッカッケになる。

発明を生みだす二つの背景
1.その分野で蓄積したコア技術から発明が生まれる
 企業技術者の飯のタネは製品開発の成果や実際に役立つ製品の設計である。早い話が、期限付きのテーマを早く片づけて営業部門に儲けを上げさせるのが仕事である。そのために、受け持った製品や技術については、日ごろから客先や学会、他社の動向などにも気を配り、設計変更の余地なども考える。自分の会社が置かれている環境や、競合他社の状況なども先刻承知である。

 だから、もし、抱え込んでいるような開発課題があるとすれば、それは容易に片付くような性質のものではなく、性能とコスト比以外にもバランスに難があるなど、実際に厄介な問題を多く抱えているものである。それだけに、各社が市場でしのぎを削っている中で蓄積した基幹技術には、問題解決のパラメータを整理してみるだけでも、玄人をうならせる専門家なりの高度な発明が生まれてくる。

2.愛用者カードや利用者の声から発明を生む
 客先からの苦情や営業情報は、研究開発に携わる技術者にとって、客の声をナマで聞くことができる貴重な情報源である。ユーザーが実際に使って見た後の具体的なニーズは、技術者に何が課題かを的確に知らせてくれる。愛用者カードにボールペンで書き込まれた一言が、技術者にはユーザーのぬくもりを感じさせ、製品改良へのパワーになる。「ポケットの中で勝手にスイッチが入って困る」という苦情は、「あなたなら、どうする?」という工夫を具体的に考えさせるキッカケになり、「では、こうする」と知恵をしぼる絶好のチャンスになる。ユーザーの情報は技術者の大切な宝である。

 これらの二つの背景を念頭に置いて、携帯電話のスイッチに関して最近公開された発明を見てみよう。各社の技術者が、どのような観点からスイッチを捉え、発明が生まれているかを知ることができるだろう。

クルクルピッピのジョグダイアル
 携帯電話は手のひらで操作ができるので便利である。とりわけ、片手の手のひらで本体を支え、親指や人差し指でクルクルピッピとスイッチ操作ができるジョグダイアルは便利だ。それにしても、朝の通勤や、疲れた帰りの電車の中でのプルプル電子音は大変に耳障りである。呼び出し音だから気付かせるのが役目ではあるが、無機質な音で、決して人を楽しくさせる音ではない。イネムリしていても迷惑に割り込んでくる。それに輪をかけるのは、呼び出された人がする一方的な会話である。「そうです。…」、「むずかしいですね。…」と、その人が置かれた状況を無闇にいろいろと想像させる。
 携帯電話と電子手帳を合体して、片手ですべての操作ができる電子メール機能付き携帯電話ができれば便利である。電子手帳ではフルキーボードを小さくまとめて用いるのでペン入力になる。片手で手帳を支えながら、反対の手でペンを使うので両手がふさがってしまう。

 ソニーの携帯電子メール電話機の発明(特開平10−224288)を図1〜3に示す。この発明は1997年2月に出願されており、ジョグダイアルを携帯電話の入力操作に使うだけでなく、画面上の表示データを選択するマウスと同じ操作を片手でできるようにしている。ジョグダイアルは、図1に原理を示しているように、ロータリースイッチとスライドスイッチを組み合わせた複合スイッチである。図2はジョグダイアルを50音表から選んで文字入力する機能と、マウスのようにポインタを画面上で移動させてクリックするマウス機能の両方を実現で
きる様子を示している。
 図3には、手のひらで本体を支えて、親指と人差し指でジョグダイアルを操作する携帯電子メール電話機の操作イメージが描かれている。
中島隆連載第2回 図1、2、3
 この発明のポイントは、携帯電話メーカーとしてプラグインフラッシュメモリのような携帯電子メール機能の充実を図りながら、ユーザーが操作するスイッチを、「電子メールの片手操作と、ジョグダイアル」として捉えている点にあり、これからの発明にも参考になる点が多い。この発明の【特許請求の範囲】は、いわゆるmeans claimの例として参考になる。たとえば「前記表示手段内のカーソルを操作でき、使用者が装置本体を保持した際に、指で操作可能な領域に配置された少なくとも1つのカーソル操作手段」というクレームの書き方であり、この明細書は、これからの出願をレベルアップする上でも良い参考になる。

 片手での操作が楽なジョグダイアルそれ自体に関しては、もちろん、図4に示すような、ジョグダイアルのバネを工夫して小型化する発明(例えば、特開平10-208589松下電器産業)のように、スイッチ単体に関する細部の改良や工夫が生まれている。図5のように、ジョグダイアルの回転運動に着目し、ダイアルの回転を時計の針に見立て、時刻表示の設定などに利用する発明(特開平10-213687静岡日本電気)を生んでいる。ユーザーの感覚で操作性を改善する工夫の例である。
中島隆連載第2回 図4、5
日・米でペン型携帯電話の競争
 携帯性を追求すると、カード型やペン型の携帯電話の出現に近づく。ペン型携帯電話ではテンキーを用いるわけには行かないので、ペン先に組み込んだトラックボールによって数字の筆記動作から電話番号や短縮番号を入力する方法が検討されている。しかし、世界統一の移動体通信システムで個人番号が使われるようになると桁数がどんどん長くなり、入力の手間だけでなく数字の確認は煩わしい。短縮番号にしても、誰の番号か覚えていられない。

 三菱電機のペン型携帯電話は図6に示すように、自宅の電話番号を家の形などのシンボルマークに対応させてデータベースに登録しておく。ペン先のトラックボールで家の形を描けば自宅に電話をすることができるという発明である(特開平10-210128)。

 この三菱電機の発明は1997年1月17日に出願されているが、米国では半月前の1996年12月31日にモトローラがペン型携帯電話にも関連するまったく別な観点からの発明を出願している(特開平10-214157)。

 この発明は、ペン型携帯電話を例にとれば、図7に示すように右利きの人が使う場合と、左利きの人が使う場合とではディスプレイが上下逆転してしまう使いにくさに着目している。ところで、このモトローラの出願は、第一クレームの権利の主張範囲が大変に広く、「右利きか左利きかに応じて電子部品を切り替えることができる携帯電子装置全般」を対象にしている。携帯電話だけでなく、片手で操作するラジオやCDプレイヤ、ポケベルにまで影響が広く及ぶので、もしも、特許権が成立すると厄介な権利になる恐れが大いにある。日・米の技術者が同じく携帯電話を共通の対象に据えながら、一方は、ボールペンのようなシンボル入力を、他方は左利き・右利き対応をと、技術者の生活感や感性の違いによるのか、結果的にはまったく別の発明が生み出されている点は大変に興味深い。アメリカ人は左利きを直さない。これらの発明には、それぞれのお国柄や社会風土の違いがはっきりと現れていて面白い。
中島隆連載第2回 図6、7
普通のスイッチでも工夫されている
 通常の携帯電話に使われるスイッチでも、使いやすくするためのいろいろな工夫がユニークな発明を生んでいる。図8(a)、(b)は現状の押しボタンスイッチをいろいろな角度から使いやすくする工夫の一例である。
(a)は通話キーとは別に設ける小型な機能キーに凹みを付け、指先の感じで機能キーを識別できるようにしている(特開平10-207593国際電気)。
(b)は夜間などに使いやすいエレクトロルミネッセンス(EL)を組み込んだ薄型とクリック感を重視したキーボタンである(特開平10-222271三菱電機)。このほかに、タッチした部分が膨らむキー(特開平10-214158リコー)や、抗菌性プラスチックのキートップ(特開平10-208576帝人)など、夫々の発明にユニークな観点を見ることができる。

 携帯電話では、自動車運転中に使用するための事故が頻発している。このような事故を防ぐために、国際電気からは、キーパッド入力の電話番号を音声合成して音声出力し、ダイアルを確認させる発明(特開平10-210129)が生まれている。図9はキー入力から音声処理LSI(ASP)を使って合成音を出力するフローである。

らにすすむとスイッチが無くなる
 ダイアル番号をキー入力から合成音にして確認させる発明が国際電気から1997年1月に出願された僅か数ヶ月前の1996年11月に、カナダのノーザンテレコムからは、スイッチを使わない音声ダイヤルシステムの発明(特開平10-215319)が米国に出願されている。ノーザンテレコムの発明では、図10のようなフローで電話機のマイクに名前や宛先を話しかけると、キースイッチから入力しないでも、自動音声認識によって相手に自動に接続する。音声を認識して対話型で内容を確認する音声ダイヤルシステムである。
中島隆連載 第2回 図8、9、10
 携帯電話のスイッチ一つを取り上げても、蓄積した技術と、ユーザーの声から、いろいろな発明が生まれていることがわかる。この号では発明のキッカケを携帯電話のスイッチから探ってみた。次号では発明が生まれたあと、どのように発明を育てるか、再び携帯電話を材料に取りあげて探ってみよう。
(つづく)

●電子技術1998年11月号掲載
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