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中島隆連載19回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第19回】 点より面、面より集合


 特許情報から技術を眺めるときは、一件一件の公報明細書を子細に見るよりも、一群にまとめた公報の集合を少し離れて見てみることが大事だ。ちょうど、絵画の展覧会では、キャンバスの対角線の3倍ぐらい離れてみるのがよいように。

 確かに一件一件の特許情報には、その発明の背景、発明者のねらいや目の付け所、今まではどこに問題があったのか、それをどう工夫して解決したのかなど、技術者にとって知的好奇心をそそる内容がふんだんに書かれている。大半の明細書は読みにくいのが難点で、何とかならないかと思うのだが、それにしても、特許明細書には発明の出発点からゴールまでが書いてあるのだから興味が尽きない。そこから、ライバル他社の技術者の考え方を学ぶことも、発明者のそれぞれの個性と努力、知恵の結晶を読みとることもできる。同業者がひしめき合う技術競争社会の中での現実の話だから、ノンフィクションとしてもおもしろい。

 しかし、一件一件の明細書に目をとらわれていると、全体を見失いかねない。広い世の中にはいろいろな考えを持っている人がいるので、氷山の一角なのかもしれない。あるいは、偶然、おもしろいものに出くわしただけなのかもしれない。事実として、一件の明細書を読んだだけで関連ある技術の全体を見抜けるはずもないのである。

 だから、特許情報が良質な技術文献であるのは確かなのだが、一件一件にあまり縛られないで、同じような技術を取り上げた公報を、せめて十件程度は見て欲しい。しかも、できれば、違う会社から出願された公報を読み比べながら楽しんで欲しいのである。

目からうろこ
 特定の技術テーマに関する特許情報を手軽に見るのには、特許庁のWEB(http://www.ipdl.jpo-miti.go.jp/)を使うのが便利である。電子図書館の「特許・実用検索へ」のところをクリックして、「公開特許公報フロントページ検索」か「公報テキスト検索」へジャンプする。あとは思いつく技術用語を組み合わせて入力し、「検索」を実行させればよい。親切なガイダンスもついているので安心である。

 あるいは、私どものような民間の特許情報サービスを利用するのもよい。エレクトロニクス分野の技術テーマ別に定期的に特許情報を継続調査しているサービスである。今回はこのような継続調査サービスの一つ「米国特許マンスリー“放熱技術”」から研究開発のヒントになる例を取り上げてみる。なお、この米国特許マンスリーでは、米国独自な特許分類(USC)を使ってエレクトロニクス関連の技術テーマを追跡監視している。後にも説明するが、米国特許を調査する場合や米国の技術動向などを米国特許から調べる場合には、一般的に使いなれた国際特許分類(IPC)は役に立たない。米国特許の検索では、USCが大事な指針になる。米国が独自に決めたUSCを駆使できる特別な土地カンが重要である。

 さて、米国には公開制度が無い。特許権が成立して初めて発明が公表されるのだが、この5月には放熱技術を対象としたコンピュータ検索では約180件の米国特許が選び出された。そのうちで、エレクトロニクス業界が注意しておくべき米国特許は36件程度である。約80%はノイズ情報だった。この36件の米国特許を、筐体内部での強制空冷等の放熱技術、基板レベルでの放熱技術、部品レベルでの放熱技術などに技術的共通性で分けてみる。

 こうして簡単に分けてみるだけで、表に示したような件数分布になり、基板実装レベルでの放熱技術が多いことも分かる。そして相対比較が楽になる。特に英文公報の場合には、区分しただけでもそれぞれの図面が活きいきとしてきて、わかりやすく見えてくるのだから不思議である。

<表 2000年5月発行分の米国特許から選んだエレクトロニクス分野の放熱技術。共通性で分けてみると技術の相対比較が楽になる>

 特許情報を調べてみる場合には、WEBやデータベースなどで特許情報自体を集める検索などの作業も大事である。だが、それ以上に内容の共通性に着目して特許情報を区分し、分類した束(群)にまとめておくことが、もっと大事である(図1)。

 このように特許情報を分類してみると、ある共通性でまとめた群の中での個々の性質が浮かび上がってくる。相対比較が簡単にでき、しかも、群と群の相対関係を見比べてみると、それまでは見過ごしていた特異性が一段と鮮明に浮かび上がる。幸い、特許情報はスタイルが一定の様式に決まっており、エレクトロニクス関連では大部分に回路図や構造図が書いてあるので比較もしやすい。比較できるというのは、次のような点でも思わぬ効果がある。
●整理されてわかりやすくなる
●全体像もつかみやすくなる
●おなじもの/ちがうものを区別しやすい
 このように、特許情報を共通する内容で群に分け、一群としての特許情報を見る。そして、一群の情報を束として相対比較してみると、新たな発見をするよい機会になり、改めて「目からうろこ」の感じを強く受けるだろう。

サーモサイフォンというヒートシンク
ここで紹介する米国特許は、もとは1996(平成8)年に出願されたラルフ・レムスバーグ氏の個人発明である。今年5月に米国特許6,064,572として発行された。まず、図2を見ていただきたい。フロントページの一部、国際特許分類(IPC)の部分を拡大したのが図2である。
中島隆連載19回 図1図2
 フロントページの[51]Int.Cl.7の欄にはH05R7/20と示されている。ところが、IPCにはH05Rというクラスはない。H05Kの誤りであろう。ちなみに、 [52]U.S.Cl.とあるのが米国特許分類(USC)を示す欄である。

 実際に米国特許商標庁のWEBを呼び出してIPC:H05K7/20でサーチした。
 その結果、本件の前後の番号はヒットするが、本件だけはヒットせずに欠落してしまった。
 米国では米国独自の特許分類が大事にされており、いかに国際的な取り決めとはいえ、IPCは二の次として扱われている。IPCを使っても、米国特許は調査できないということの具体例である。

 さて、特許調査上での裏話は別として話をもとに戻す。本件USP6,064,572は、サーモサイフォンという技術を利用した大変におもしろい放熱技術である。一般に、空気は太古の昔から使われてきた冷媒であるが、残念ながら、空気の自然対流による熱伝達率は5〜30W/m2℃程度である。このため、一片が45cmの平面発熱体を大気中で水平放置し、1Wを消費させた場合には、表面温度上昇ΔTが45℃アップ程度になる。

 これが強制空冷になると、熱伝達率が一桁程度もよくなる。30〜300W/m2℃程度に熱伝達が良くなった分、45cm平面発熱体の場合の表面温度ΔTを15℃程度に抑えることができる。もっとも、液体にジャブ漬けする冷却方法を用いれば、熱伝達率を300〜2,000W/m2℃にも高くすることができるようである。

 しかし、強制空冷や液体ジャブ漬けなどで放熱するためには、ファンやポンプが必要になる。装置が大掛かりになるだけでなく信頼性にも欠けるという欠点がある。だから、エレクトロニクス製品には使い難い。

 この発明のサーモサイフォン放熱器は、モータなどを使う大掛かりな放熱技術とは異なり、スタティックなヒートシンクである。図3と図4にサーモサイフォン放熱器の構造を示す。サーモサイフォンの原理は、従来もヒートパイプには使われているものである。
中島隆連載19回 図3図4
 ヒートパイプを見慣れた目からすると、図3と図4に見るドーナツ型のサーモサイフォンは常識を超えるものである。一見複雑に見えるが単純な構造である。

 ヒートスプレッダが電子部品などの発熱体の上に載っており、その上にはギャップを介してドーナツ状のサイホンが載せられている。ターバンのようなサイホン本体は、ポリウレタンのような表面が滑らかな発泡樹脂で形成できる。このヒートシンクは、煙突に煙が吸い上げられるのと同じように、ドーナツの外側に暖められた空気が誘導される。中心に吹き降りてくるジェット状の自然対流を有効に利用でき、前記の45cmの発熱体の温度上昇ΔTを15℃程度に抑えることができるようだ。本物だとすれば、自然対流だけで強制対流に匹敵するような放熱効果を得ることができる。極めて重要な次世代のヒートシンク技術になる。

 エレクトロニクスの放熱技術では、数十年前も前から変わらずに熱伝導性コンパウンドが使われており、アルミ型抜きヒートシンクが使われている。最先端のエレクトロニクスでも、それを支える放熱技術は技術革新の変化が遅く、比較的に保守的なジャンルである。

 このサーモサイホンは、その中にあって革新的なアイデアである。
 図5には、このサーモサイホン・ヒートシンクの原理的な着目点が示されている。(a)は単純に空気中に放置した場合の境界層の分布を示している。水平に置かれた発熱体の表面には、空気の粘性の影響などで境界層ができている。これに対して、(b)はサーモサイホンの原理によって朝顔状のジェットから引き込まれた冷たい空気がヒートスプレッダの中心ポイントに突き当たる様子を示している。こうすることで、境界層が周辺部に押しやられ、発熱体表面からの熱伝達が大幅に改善される模様が示されている。

 図6には、液相と気相の相変化を利用したサーモサイホン型ヒートシンクの例が示されている。プリント基板上に実装されたLSIの上に、キャン封止されたサーモサイホン型ヒートシンクが載せてある。凹面の表面には選択エッチやレーザカッティング、焼結などで粗面が形成されている。この構成は、まさにヒートパイプのドーナツ版である。この相変化を利用するサーモサイホン方式によれば、45cm発熱体の例で温度上昇ΔTを僅か2℃におさめることができるとしている。
中島隆連載19回 図5図6
 米国は他国の状況などには目もくれず、独自に米国特許分類を使う。この強引さは、公開制度をとらず、最近ではビジネスモデル特許やバイオ特許を世界に通用させる力こそがすべてであるとする米国一流のやり方である。まさにプロパテント行政で、世界を席巻しようとしているように見える。

 翻って我が国をみてみると、米国産業界の後塵を拝して後追いに終始しているように見える。私たち技術人も、アメリカのパワーに押されて、私たちの独自な何かを置き忘れてきてはいないだろうか。モノづくりの空洞化、大学生の理工系離れなど、社会に漂う空虚感の中で、ここは少し、技術人の頑張りどころなのかもしれないのである。

【参考】
サーモサイホンを利用した放熱器の例に、我が国では特開平8-204075がある。興味があれば、特許庁のWEBで調べ、ここでとりあげた米国発明と比較してみるとよい。

●電子技術2000年8月号掲載
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