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中島隆連載 第18回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第18回】 用語や言葉選びを楽しんでみよう


 例えば、「半導体レーザを使った光メモリー」という素っ気ない表現より、「当時一個数万円もする英国製半導体レーザを上司に無理を言って買ってもらい、をれを使って試作したビットパターン書込み型アモルファス光メモリー」という方が、修飾の助けも加わって、その分だけ、より豊富なメッセージが相手に伝わる。このように、相手にこまごまとした内容を伝えたい場合には、相手ができるだけ具体的なイメージを脳裏に描けるように、分かり易い技術用語を用い、具体例や数値で表わすなどの工夫を加えて文章をまとめる。

 これとは反対に、大枠については内容を明確に示しつつも、個々の詳細については、矮小にとらえられることを避けるため、できるだけ包括的、抽象的にメッセージを伝えたい場合がある。典型的な例が特許明細書である。特に、「特許請求の範囲(クレーム)」は、できるだけ修飾を省いた短い文章でまとめたい。技術的に内容を十分に理解した上で、使う用語を的確に選び、要素同士の相互関係を明確にしながらクレーム文を上手にまとめる。このスキルは特殊なもので、恐らく、文学の世界で何々賞をとった文筆家であっても、手も足も出ないだろう。

 研究開発で新しいアイデアを生み出し、役に立つ発明にまで育て上げていく過程は、このクレーム文をまとめる場合と大変によく似ている。抽象化と具体化の交換操作、つまり、いろいろな具体的なモノゴトを一旦は抽象化し、そのモノゴトの本質を自分なりにつかみ、その上で、再び、具体的なモノゴトに置き換えをするという思考の交換操作が重要になる。

理系の思考と工系の思考のキャッチボール
企業の研究開発はターゲットが明確で具体的である。技術の蓄積も大事にする。それだけに、発明のとらえ方も過去の惰性に流されやすく、「発明」の枠に収まりきれないビジネス特許1)のような斬新な着想は育ち難いように思う。

 それはさておき、新しく生まれたオリジナルな発明でも、極論をすれば、知識や既存のアイデアの組み替えだと言える。組み替えのあり方が「なるほど」と感じさせ、その独創的な工夫が新しい価値を生む。

 集中して問題に取り組み、自分なりに本質を見抜き、仮説の中で手持ちの情報を活用して組み替えを試みる。このとき、理系的に抽象化して考え、工系的に具体化してみる。このように理系の思考と工系の思考のキャッチボールを行なうと発明を生みやすい。

 このキャッチボールに役立つのが図1に示す機能抽象化のチャートである。図1では配線基板を例として理系的に機能を抽象化して拡張することを試みた。

 配線基板は、実際には、ガラスエポキシ製のプリント回路基板であったり、フレキシブ
ル基板であったり、様々である。このチャートでは「配線する」と、「基板になる」という二つの概念に配線基板の機能を大きく分けてみた。そして、それぞれの概念の役割を自分なりの知識で広げて行った。概念を広げるときには、「本質は何か?」と見てゆくと、案外に楽に言葉を選ぶことができる。「どうして基板があるの?」と問いかけてみるのもよい。
中島隆連載 第18回 図1
 実は、このような概念の拡張は、発明者がだれでも頭の中で行なっている当たり前のことである。それを単に紙の上に書出しただけなのだ。それでも、チャートに書出してみると、バクとした配線基板のイメージが変わって、配線基板を取巻く技術や環境が具体的に見えてくる。チャートの中心には「配線する」とか、「基板になる」という抽象的な機能が示されているが、それから離れて外側に伸びてゆくほど、イメージが具体的になる。そして、外側に行くほど、技術者にとっては、具体的な発明を生み易くなることがわかる。

 このチャートを見てみると、現在のプリント基板が、実によく洗練されたモノであることに気が付く。それと同時に、配線基板の本質を求めるためには、いろいろな面で改善工夫の余地がそこら中にありそうな気がしてくる。そこには、すぐにも具体的な発明や構造のイメージが目に浮んできても不思議ではない。

 単にチャートにしてみるというだけのことであるが、サイエンスの見方と、エンジニアリングの見方を頭の中で交互に繰り返してみる。それだけで、自分の発明のきっかけを創り出すことができるし、生まれた発明をいろいろな角度から見直してみることもできる。

電子布地デバイスという発明
 MIT(マサーチュセッツ工科大学)といえば、米国でも有数のトップ大学である。ここで取り上げるのは、電子布地デバイスという発明であり、1997年に米国に出願され、その後、1998年9月に我が国にも出願されている(特開平11-168268)。イー、マーガレット、エミリー、ジョシュアという4人が発明した。

 この発明には、電子的にアクティブな布地、パネル、電子回路の形成方法、スイッチマトリクスの形成方法などが含まれている。簡単には、導電性の繊維と非導電性の繊維で布地を織り成したのだと想像すれば、だれでもが一度は考えたことのある発明のように思う。

 それでいて、この発明のすばらしいところは、明細書の中の次のようなくだりである。「…特に、多くの現在の研究が、電子回路をユーザにより親しみやすく使用させることを試みているので、それを操作することは、日常的な行動及び作業の自然な部分となる。(中略)

 言い換えると、ユーザに回路を探し出すように要求するのではなくて、回路の方をユーザに対応づけることによって、ユーザは、通常の行動を邪魔されたり、変更することなく電子回路と対話することができる。その代わりに、電子回路の方がユーザの行動に合せる」。まさに、これからの技術に求められている人との協力関係<ヒューマンインターフェイス>に着目している点に技術の夢が感じられる。

 そして、この発明の背景として、布地は、しなやかさがあって損傷しにくいこと、変形や動きに適応してアイロンがけをすることができる点などを上げ、まさに、この布地のもつ特性が従来の方式には欠けているとしている。

 図2は、電子布地に抵抗やコンデンサ、ICなどを実装した回路を示している(A図)。布地の縦糸を導電性繊維、横糸を非導電性の繊維とし、B図のように縦糸全部を導電性としてもよいし、C図のように太線の縦糸だけを導電性にしてもよい。電子部品を導電性の繊維に直接にはんだ付けすることもでき、あるいは、ジッパーやホックなどをコネクタとして取り付けることもできる。このような電子布地は、柔軟性に富んでいるので、折り畳んだり巻き付けたりすることが自由自在である。異方性の導電性をもたせることも簡単にできるので、靴から靴下、ズボン、ワイシャツを経由して腕時計に電流を通じることも可能になる。この電子布地を上手に利用すれば、体の動きや向きをセンシングする検出手段にも利用できる。
中島隆連載 第18回 図2図3
 図3は、この電子布地を刺繍タイプに変形したタッチパネルである。この例では刺繍糸を導電性繊維にしてあり、手で触れた場合の静電容量の変化からマイコンにテンキーの信号を入力することができる。パネルは端子用のパッチで取り外せるので、必要な時にはマイコンなどを取り外してパネルだけを洗濯することもできる。

 図4は、2枚の電子布地の間にフェルト状の厚手の穴付き布地を挟み、スイッチマトリクスとした例である。カバーを交換すれば、いろいろなゲームにも利用できる。図5には、タッチセンシティブな布地を接触場所の位置検出に利用する工夫が示されている。第一のパネルには導電性の短いストライプが形成されており、第二のパネルには縦に伸びる抵抗性のストライプが形成されている。電子布地への接触位置によってストライプの抵抗値が変わるので、電圧を検出することによってタッチパッドへの接触位置が特定できるという工夫である。

 おもしろいことに、この発明者は、不用意な接触ミスを避けるためにきちんとした予防策を講じなくても、用途によっては、(例えば表示装置に電子布地が使われた場合には)こうした不用意な接触がかえって芸術的な効果を生じるので望ましい場合もあるとする軟らかさももっている。
中島隆連載 第18回 図4図5図6
 上記の例が主に配線シートとして電子布地を利用した例であるのに対して、図6の例では、導電性繊維によってコンデンサを形成している。図Aは2本の平行な繊維を対向電極にしたコンデンサであり、図Bでは刺繍したパッドを対向電極にしている。なお、図Cはおおきな容量を得るために積層したコンデンサの断面図であり、上下の導電性パッチの間に誘電体のパッチを挟み込んでいる。図Dは導電性パッチを別々の電子布地に形成し、二枚の電子布地の間に誘電体層を挟んだ構造である。

 図7は、螺旋パターンによって電子布地上にインダクタを形成している例である(図A)。
 図Bでは、多層に電子布地を重ねてLを稼いでいるが、実際にはLC回路としても機能する。図Cはワイシャツの袖にコイルを形成するイメージ図であり、腕の動きを識別するセンサとして利用することもできるようになる。
中島隆連載 第18回 図7
 こうしてみると、MITの発明は、我々の目から見ると未だ粗削りで、工夫や改善の余地が多くある。一般論だが、アメリカは原理的な概念を構築するのに長けている。それに比べて、われわれは、具体的な展開には慣れたものである。それならば、図1に示した概念の拡張チャートをもとにMITの具体的な変形例や改良案を考えてみてはどうだろうか。予想外に、たくさんのアイデアが出るにちがいない。

 こうして一つの特許情報を例に機能の拡張チャートを利用すると、発想を豊かにしてさまざまな工夫と夢を楽しむことができる。特許情報は、安上がりな情報ソースである。

【参考文献/脚注】
1)ヘンリー・幸田「ビジネスモデル特許」日刊工業新聞B&Tブックス
・理科系の文章に関する参考図書
木下是雄「理科系の作文技術」中公新書
高木隆司「理科系の論文作法」丸善ライブラリー

●電子技術2000年7月号掲載
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