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中島隆連載第17回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第17回】 特許情報で視野を水平横断的に広げる


−技術者が楽しむ時代がやってきた−
 ようやく春の明るさと一緒に、経済にも先行きの明るさが見え隠れしてきたようだ。それに歩調を合わせるように、最近は、ソフトエンジニアリングという分野で、いろいろな創造開発の啓発や専門技能の養成などが提唱されている。ソフトエンジニアリングというとコンピュータのソフト技術と紛らわしいが、モノを造る技術がハードエンジニアリングだとすれば、技術の考え方を造るのがソフトエンジニアリングだということだろう。

 特許情報には、特許権の権利侵害を防ぐという見方から権利情報に重点をおいて特許情報を読む方法がある。特許部や特許調査会社が馴れた特許屋の読み方である。そうではなくて、コーヒーでも飲みながら、技術的なヒント集として気楽に読む読み方もある。技術情報にウェイトをおいた読み方である。そして、気楽に技術の多様性を楽しみながら、興味を感じるポイントを前向きに読みとっていく。こうして知的好奇心が刺激されると新しいステップに踏み出す勇気が湧いてくる。

 この連載では、ある専門技術の世界を幅の限られた狭い視野で見るのではなく、思考の共通性に着目して、思いきって水平横断的に他の分野にも視野を転じてみたい。そして、楽しみながら興味のポイントや発想のヒントを抜き出してゆくことを提唱している。そのために格好な情報源が特許情報である。ここでは目に触れた特許情報を通じて、技術者仲間とオシャベリを楽しむように、創造的な工夫を楽しむ。権利の強弱や特許侵害にはまったく触れず、それよりも、技術情報の側面だけを取り上げている。

信長、秀吉、家康
 創造性に関して「本書の目的は工学を中心として、理学、工学、技学の本質を解明し、あわせて、理工学関係者の独創的思考力の増進に資したいと願うもので…」という書き出しで始まる川上正光先生の著作1)には、自励人間と他励人間という表現が出てくる。そして、“独創の悦び”をわが国民が、もっともっと味わうべきだという。
中島 隆 連載 第17回 図1
 信長は第4象限の自励・減殺型であり、数少ない天才にあたる。秀吉は第1象限の自励・激励型であり、これも、そうやたらにどこにでもいるわけではない。家康は第2象限の他励・激励型であり明治以後の日本人の典型だとする。だとすると、一人の秀才の独創性よりも、仲間で一緒に楽しむおおぜいの技術者の夢と勇気を大事にする方が大切である。我が国産業技術のコアコンピタンスは、仲間でツルンデ何とかするという国民性かもしれないのである。

 仲間うちでちょっとした話題になり、皆で気楽に楽しめてリフレッシュにも役立つソースが特許情報には豊富である。そんなオシャベリの場がもっともっと増えると、思わぬヒントが得られる2)。新しい夢も芽生える。特許情報を分析すれば攻撃的な出願を戦略展開することなどにも利用できるのだが、仲間うちの雑談のタネとして気楽に見ると、皆で技術することがもっとおもしろくなる。特許情報は一粒で色々に楽しめるカワリダマなのである。

ボール状の半導体から何かが見える
[プロローグ]
 まだ覚えていらっしゃる方も多いのではないだろうか。数年前の新聞記事に「ユニークな発想がまたも海外流出」というようなことであったと思う。それが偶然、この一月に球状半導体素子のバンプ電極に着目した公開特許を目にした。ここでは特許情報からの話題の一つとして球状半導体のバンプ電極を取り上げる。

 さて、球状半導体素子といってもゴムボールのように丸いボールだとは限らない。どちらかというとサッカーボールを角張らせた多面体を思い浮かべるのが適当である。今までの半導体素子がシリコンウエハという薄板から切り出されるという常識を破る。球状の半導体素子自体も大変におもしろいのだが、ここでは、球状半導体素子が外部回路と電気信号のやり取りをするための外部との接続端子に焦点を絞ってみる。

課題とソリューション
 ここで取り上げる例は、公開特許公報(特開2000-31189、2000-31190共に新日本製鉄/ボールセミコンダクタ)である。球状半導体素子の機能がいかに優れていても、プリント回路基板やリードフレームに実装する際に外部接続端子が必要になる。外部接続端子に優れたものがないと、実力を発揮できないのである。そこに目をつけて外部との接続性に優れた端子を考えている点は素晴らしい着眼である。読者も、この段階で、ご自分の流儀で色々なイメージを思い描いてご覧になってはいかがであろうか。それこそ、「転がってしまう」という課題もあれば、「どっち向きだかわからない」、「どうやってハンドリングするか」など、色々なイメージがどんどん膨らんでいくだろう。

 なお、すでにお気づきの方も多いだろうが、今年から、我が国の公開公報番号の表記法が変わった。特許公開を意味する「特開」のあとに西暦年を記載している。略称として“P2000-31189A”と記す。ここで、記号「A」は公開段階であることを示している。この他、今年から変わったものに国際特許分類表(IPC)がある。昨年までは第6版が使われていたが、今年から第7版が使われている。

 さて、P2000-31189やP2000-31190に示されている球状半導体の外部接続端子は、図2に示すように導電性の球状バンプである。半導体でバンプとは、数十ミクロン程度の金やはんだの小さなボールを電極部分にくっつけ、イボのような突起電極にしたものだと思えばよい(図2)。

 バンプ電極を取り付ける場合に注意を払わなければならないのは、バンプをどうやって取り付けるかということもさる事ながら、バンプ電極をプリント回路基板などの相手側とピタッと合わせることも考えないといけない。そこで、図3に記号Sで示す共通接触平面という概念を導入する。共通接触平面Sとは、球状半導体素子の頭を取り巻く多数のバンプの先端が揃って相手側とすべてがピタッと接触する面のことである。そして、この発明では、半導体の頭Pが邪魔してバンプが浮き上がり、接続できなくなってしまうなどという失敗がないように、共通接触平面Sと球状半導体素子の表面との間にギャップGを残すようにバンプを配置するのである(図3)。
中島 隆 連載 第17回 図2図3
 こうしてバンプ電極を球状半導体素子に取り付けることができれば、図4に示すように従来の平らな半導体チップの上にダイレクト実装することなども簡単になる。メモリーICはパターンの規則性が高いので球状半導体には向いているようだが、玉っころのようなメモリーを周辺回路やコントロール回路の半導体チップにマウントすることを想像しただけでもおもしろくなる(図4)。

 もっともバンプ電極付き球状半導体素子は、平らな半導体チップの上に乗せるだけとは限らない。図3に示したバンプ電極の共通接触平面Sは、プリント回路基板のような平面に限らず、曲面であってもよい。いずれにせよ、バンプ電極を球状半導体に上手に配置できれば、図5に示すような段積み親ガメ構造も可能になる(図5)。
中島 隆 連載 第17回 図4図5図6
 さらにおもしろい将来の発展の方向が図6には示されている。プリント回路基板上に一個一個の球状半導体をバンプ電極でマウントするだけでなく、隣り合わせの球状半導体素子同士の間も水平方向にバンプで連結しているのである。これは今まで通りの半導体チップでは実現が不可能な構造である。さらに図6をよく見てみると、横方向がバンプ−バンプの連結になっている点もおもしろい。図7は段積みと水平連結を発展させた実装構造の一例であり樹脂封止も加えている。考えてみると、このような水平方向の連結構造や垂直方向への段積み構造は画一的な表面実装になってから消えてきたアプローチである。最近の米国特許を見ていると、スタッキングという段積み構造が盛んに取り上げられており、チョットだけでも脳裏にいれておいてよい考え方のように思われる(図6、図7)。

 別な展開として、直径が大小に異なるバンプ電極を多重冠状に配置する変形例も考えられている(図8)。

 明細書には記載されていないが、いっそのこと、球状半導体素子の頭の部分一個所に小さなバンプを設け、それにガイド役をさせるなどのアイデアも生まれてくるだろう。

 このようなバンプ電極を球状半導体素子に取り付ける方法を図9に示す。ちょうどタコ焼きやワッフル焼きを想像するイメージである。下皿となる配列基板にはバンプを受ける小さな凹み(ディンプル)が多数設けられており、上皿には真空吸引などで球状半導体素子がセットされる。こうして上皿と下皿を合わせればバンプ電極を球状半導体の電極表面に転写して簡単に取り付けることができる。しかも、共通接触表面も、きちんと面が揃うというわけである(図9)。

 球状半導体素子は、ここで取り上げた外部接続端子の観点だけでなく、信号の周りこみや放熱をどうするなど、まだまだ良く分からないことが多く残されているに違いない。だからこそ、頭の中で遊んでみるのには都合がよいし、視野を広げてみるだけで十年先を楽しむことができる。先入観で簡単に切り捨ててしまうのではなく、他山の石を自分なりの身近なケースに置き換えてみることもできるだろう。トランスや電解コンデンサを球状にしたらどうか、パソコンやキーボードを球にしてみたらどうかなどと、自由に視野を広げて捉えなおしてみるとおもしろい。

 そして、20年後のエレクトロニクスにまで、思いきってイメージを広げてみると、このような例一つからでも簡単には見過ごせない新しい着想と夢が生まれてくるようだ。
中島 隆 連載 第17回 図7図8図9
エピローグ
特許情報は、技術的に楽しくヒントを集める材料である。それだけでなく、どのような分野を次のターゲットに選ぶか、どのような開発に取り組むべきか、あるいは、どのような企業と肩を組んでゆくかということまで、整理次第で、さまざまな指針も得ることができる。

 特許情報に馴れていくと視野が広がる。視野が広がると、社内のいろいろな部門では気づかないが、各部門に共通する技術が見えることだってある。潜在的な自社の得意技が浮き彫りにできるので、次世代商品を手がける場合のコアコンピタンスをはっきりさせることもできる。特許情報は、技術情報として整理してみると、課題解決のヒントというだけでなく、事業展開や新ビジネスのプランニングにも役に立つのである。

【参考】
1)川上正光著、「工学と独創」エンジニアリング・サイエンス講座、共立出版
2)ある開発マネージャによると「部下の話しを聞いているうちに、部下は自分で勝手に
問題点を整理するんだよネ。そういえば、他人の話しを聞くようなゆとりの時間が減って
しまっているなアー」とか。考えていることを口に出して人に聞いてもらうというのも、
昔からある簡単で役に立つ問題解決の手法です。

●電子技術2000年5月号掲載
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