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中島隆連載 第15回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第15回】 創造のヒントは公開特許公報に秘められている


 公開特許公報はチエの宝庫だ。発明の詳細な説明(明細書)には、新たな着想を生むヒントがたくさん盛り込まれている。公報からのヒント探し自体、まるで短編ミステリーを楽しむようなおもしろさを体験できる。それだけでなく、そこから得た発想のヒントをメモにして集めておくと、問題解決のヒント集ができる。ここでは、だれにでもわかりやすい具体例として、放熱技術に関する最近の公開特許情報から発想のヒントを抜き出してみよう。

 さて、最近のように小型・高密度実装が重視される電子機器の研究・開発では、回路側で一段上の高効率化を図って軽薄短小化をねらえば、さらに一歩先の放熱対策が必要になる。イタチごっこなのが放熱技術である。だから、実際の設計診断の場でも、「熱をどう処理しているか」という観点で技術的に設計内容を見直してみると、見落としポイントなどを見つけることができる。

 放熱技術は一見地味だが、最後にツケがまわってくることが多く、その意味でも、実戦的エレクトロニクス技術にとっては、実は極めて重要な要素技術であるということができるだろう。今回、公報からのヒント探しの例に引用するのは、今年の10月に公開された特開平11−289184(日本電気、信越化学工業)である。あくまでも、技術的に新たな発想のヒントを提供してくれる題材として考えているので、この特許出願が特許権になるかどうかは、ここでは考えない。

 図2には、この公開公報の表紙(フロントページ)を示した。フロントページには、あとで見直す時に便利な公報番号が右上に書いてある。この番号は重要な背番号だから必ず、メモっておきたい。出願日の他に出願人としての会社の名前が書いてある。ここでは日本電気と信越化学工業の共同出願である。そして、最近の公開公報には、【要約】と代表図が示されているので、フロントページだけで大まかな内容をチェックできる。

 さて、放熱技術の中でパワートランジスタのような発熱部品とヒートシンクの間の熱接触をどう取るかは、基本的でありなが、それでいて、実際にはなかなか難しい技術課題である。金属同士を単に接触させただけでは、両方の面の凹凸があり、ピタリと密着することなどは到底、期待できない。単に面を接触させただけでは、よい結果は得られない。そこで一昔前には、サーマルコンパウンドというベタベタしたシリコーン系の熱伝導性グリースが使われていた。しかし、コンパウンドを使うと、手は汚れるし、塗り方次第で、熱接触度合いが変ってしまう。そこで、最近では、シリコーン系の樹脂シートに熱伝導性の良い材料を複合化させた熱伝導性ゴムシートがコンパウンドの替わりに使われるようになっている。この公開特許に示された発明は、まさに、このような熱伝導性ゴムシートに関する発明である。

発想の短編ミステリー[プロローグ]
 TO-2パッケージのような大きなパワートランジスタをアルミヒートシンクに取り付ける場合には、シリコーンコンパウンドの代わりに熱伝導性ゴムシートをトランジスタの大きさに打ち抜いて、アルミヒートシンクの間に挟み、ネジでトランジスタをヒートシンクに固定すれば済んだ。

 最近は、リードレスな低背部品を駆使し、少しでも軽薄短小化すると同時に、部品点数を減らしてコストダウンにつなげ、しかも作業性を良くすることが求められている。一個一個のトランジスタを別々のヒートシンクで放熱するのではなく、発熱する部品を一個所に集め、並べた部品の上面に一個のヒートシンクを当てて一遍に放熱する。

 ところが、プリント基板上に取り付けた電子部品の高さが均一にならない。部品高さも違うし、はんだ付けによる多少の凹凸は避けられない。図3には従来の技術が抱えている問題点が図解されている。このような場合に、部品の上面とヒートシンク間に熱伝導性ゴムシートを挟んで高さの不揃いを吸収させるのであるが、従来の熱伝導性ゴムシートは、厚さがせいぜい1ミリ程度のベタシートである。
中島隆連載第15回 図1
中島隆連載 第15回 図2図3
 だから、あまり部品高さに凸凹があると、ヒートシンクを強くネジで締め付けた時に、部品に過剰なストレスを加えて樹脂パッケージを壊してしまったり、あるいは、熱伝導性ゴムシートが裂けてしまうというトラブルを起こしていた。この公開公報で参考になるすばらしい点の一つは、電子部品や熱伝導性ゴムシートに加わる応力に目を付け、そこから発想を広げている点にある。

問題の解決[ソリューション]
 今までの熱伝導性ゴムシートはベタシートだった。だから、ヒートシンクを押さえつけた時に、図3の矢印のように、部品の上面エッジには斜めの応力が加わり、樹脂モールドを破損する。また、部品エッジのところでは熱伝導性ゴムシートに圧縮応力と引張応力が生じるので、熱伝導性ゴムシートが裂けてしまう。そこで、この発明では、熱伝導性ゴムシート自体を図4に示すように突起状にする。応力に目を付けて、邪魔な水平応力の分断を図るのがこの発明の一つのポイントである。

 ここまでのところを振返って、特許権になるかは考えずに、私たちなりに独自な発想を考えてみよう。応力による破損を裂けるためには、この発明のように熱伝導性ゴムシートに突起を付けなくても、これとは違ったアプローチをとることができる。例えば、熱伝導性ゴムシートに強化繊維を混ぜて機械的に強度を高めると同時に、繊維によって熱伝導性を良くすることも考えられる。ゴム粘土のように熱伝導性ゴムシートをソフトにすれば、部品の凹凸に合せて密着させ易くもなる。熱で発泡するような材料を熱伝導性ゴムシートに混ぜておけば、温度が高くなった時に発泡して密着性を高めることができるかもしれない。部品高さが低いところだけに座布団を敷くようにすることもできるだろう。公開特許情報を短編ミステリーとして楽しめば、第一段階だけでも、いろいろなおもしろいアプローチを考え出すことができるだろう。

 さて、この公開特許情報に話を戻そう。図5は突起を付けた熱伝導性ゴムシートを間に挟んでヒートシンクに発熱部品を取り付けた場合の断面図である。突起の先端部分を平らにしてあるので熱伝導性ゴムシートと部品上面は旨い具合に密着する。しかも、突起の側面(斜面)が溝になっているので斜めの応力や、引き千切り応力は分断され、電子部品を破損したり、熱伝導性ゴムシートが破れることもない。ここに引用した特許情報のすばらしい第二の点は、突起と、その間にできる溝の両方に目を付けている点である。表を見ると同時に裏からも見ているのが、この発明のもう一つのポイントである。
中島隆連載第15回 図4図5
 特許権になるかは考えずに、ここでふたたび振返って、私たちなりに独自な発想を考えてみよう。突起に着目すれば、高さが異なる突起を考えても良さそうである。長い突起と短い突起を混在させるとか、太い突起と細い突起を混在させることもできるだろう。溝に着目すれば、溝の底に丸みをもたせたり、一部分の溝を深くすることもできる。深溝をブレーク用の切れ目に使うこともできるかもしれない。大き目の桝目で深い溝を切っておけば、ハサミを使わなくても手で切り分けることができる。溝の間に例の熱伝導性グリースを入れてみたらどうなるだろうか?短編ミステリーの第二段階では、このように、第一段階とは違った見方で、場合によっては深みに入り込んで、いろいろな独自な発想を広げて行くことができるだろう。

エピローグ
 さて、ここで取り上げた発明に秘められ得た発想のポイントには、突起に「分ける」とう考え方がある。「分ける」という言葉にはどのような使われ方があるかを国語辞書で調べてみる。「ぶん」【分】には、別々にして区切るを付ける、間を空ける、離すなどの意味がある。分割、分散、分配、配分などにも使われる。これらの熟語をメモとして書出しておくと、何かの問題にぶつかった時に、考える筋道のヒントになる。このとき、ここで使った公開公報の番号もメモに加えておくと、あとで具体的な先行例を調べ直す時にも役に立つ。
中島隆連載第15回 図6
 また、発想のヒント語として「分ける」という言葉を抜き出したついでに、その反対語をメモっておくのも‘一粒で二度おいしい'になる。「集める」とか「合せる」などである。こうして発想ヒント語を集めて行けば、無味乾燥な特許情報も、短編ミステリーなみに味わい深いものになる筈である。

●電子技術2000年2月号掲載
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