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中島隆連載第11回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第11回】 発想を逆にしてみないか…ノイズ情報に意外なヒントが

 公開特許公報は、競合他社の出願内容を知る上で大変に便利な調査資料である。どの会社が、どんな商品について、どのような点に工夫をした発明を、いつ出願したか、公開公報を調べると発明の4W1Hがすぐにわかる。しかも、インターネットで特許庁の電子図書館や米国特許商標庁のウェブ1)を利用すれば、居ながらにして最新の公開特許を見ることもできる。最近では特許CD-ROMが発行されているので、社内ネットで専用データベースを構築しているケースも多いだろう。こうして、今では誰でも、関心分野の最新の特許情報をキャッチできる時代になっている。

 さて、一般に特許調査というと、商品化に合わせて特許侵害を防止するために行う先行他社特許の調査を指す場合が圧倒的に多い。他社特許を侵害するとなると、せっかくの努力も一発で吹っ飛んでしまうからである。そこで、膨大な特許情報をコンピュータで検索し、邪魔な他社先行特許を拾い集める作業が必要になる。しかし、このような調査は誰かが埋めた地雷を探し出すようなもので、発見されても技術陣が回避に苦心するだけの事で、本質的には創造的なものではなく、おもしろくもない後ろ向きな作業である。

 このような受動的な特許情報の使い方とは別に、先読みをするための能動的な特許情報の使い方がある。技術者が貯えてきた実戦的な知識や、ユーザーニーズに対する好奇心で、ちょうど山の頂上から特許情報を見るように、マクロな観点で自他比較や全体の傾向をつかみ、一歩先を行くためのキッカケを得ようとするものである(図1)。

 このような作業は、研究開発路線の妥当性評価のたたき台を提供することにもなる。実戦経験が豊富な統括の立場にいる技術者にとっても、第一線の若い技術者をバックアップするための格好な素材にもなるだろう。

特許情報を知的に爆発させてみよう
 いままでの特許調査では、まず最初に、調査をする目標をできるだけ具体的に決める。目標を厳密に特定しておかないと、際限ない調査を無意味に行う事になってしまうからである。次に、不要なノイズ情報を取り除きながら、必要な情報だけを残すようにスクリーニングを行う。例えば、世界地図の中から日本だけに標的を絞り、その中の平野部を探して関東平野に絞る。そして、東京都のオフィス街の多い千代田区へ、書店の多い駿河台近辺へ、そこでのXビルへというようにマトを絞って邪魔物となる他社先行特許を探し出すのである(図2)。いままでの侵害防止目的の特許調査では、この調査対象の絞り込みの際に、技術的判断の適正さと同時に、特許の特殊性に伴なう経験が必要であった。

 この絞り込みのコツがサーチャと言われる特許調査マンの腕だった。このような従来型の侵害調査とは別に、ここでは、特許情報を用いて新たな発見を楽しもうという創造・発想への特許情報の活用の世界を提唱したい。ノイズ情報を切り捨てないで貪欲に取り込み、上記の調査手法とは全く逆に、対象を「広げる」という作業である。ちょうど図2でXビルのオフィスからオフィス街へと想像を広げ、さらに、オフィス街だけでなく周辺地域へ、その地域から風土、環境、地誌へと、想像範囲を拡大してゆく遊びの世界である。

いま、実装技術がおもしろい
 この連載では、ちょうど一年前に、携帯電話を取り上げた2)。わずか四半世紀で電話器は急激に変化した。この急激な変化を支えた背景の一つに、わが国の強力な実装技術がある。

 ここでは、電子部品の実装技術を例にとり、調査対象を「広げる」という作業によって、新たな発見を楽しむ創造・発想への特許情報の活用の世界をみてみよう。

 先ず、粗っぽく「表面実装」、「SMT」、「SMD」などの用語を用いて、特許CD-ROMを検索してみる。このとき、全文検索というやり方がベターである。指定する用語が明細書全文のどこかに一ヶ所でも使われているものを全部、まじめにピックアップしてくる方法である。アブストラクトだけの検索もあるが、せっかくコンピュータがやるというのだから、全文検索の方がいろいろな情報がはいってきておもしろい。

 検索した結果は、三件抄録3)という特許情報の印刷形態を利用してプリントした(図3)。三件抄録の出力形態は、A4用紙に三件分の特許情報がプリントされる。一件分には、主な書誌的事項(公報番号、出願日、発明の名称、出願人、国際特許分類記号、発明者など)のほか、明細書全体のページ数、要約(課題と解決手段)、代表図が手短かに見れるようにプリントされている。横長の一件分をハサミで短冊状に切り分ければ、適当なカードの大きさになるので区分する場合などには便利である(写真1)。

 さて、SMDプロトコルという通信用語にも「SMD」が使用されているので、こうした誤り検索の混入分を除くと、表面実装に関連する公開特許は、今年6月のわずか一ヶ月間だけで149件にもなった。ほぼ、毎週といって良いぐらいに特許庁から公開されたことになる(図4)。これらの公開特許を常識的な見方で大きく区分してみる。区分する際には、最初に、まず自分のイメージで区分を考えてみる。次に、くだんの三件抄録プリントをサンプリングして目を通し、大よその区分を確かめておく。著者の場合には、次のような区分を試みた。

(1)電子部品の目で見たSMT
 端子電極の構造やパッケージ構造など、部品の構造や製造方法に関する発明である。最近は、高周波伝送特性や熱膨張の整合、応力緩和などに目を付けたものが多い。また、SMD部品の種類が、圧電部品やフューズ、センサ、光部品などのほか、コネクタなどの機構部品にまで広がっている。

(2)基板の目で見たSMT
 基板の積層構造や素材に関する発明である。最近は、基板のビルドアップ構造や微小バイア、バンプパッド、ストリップラインに関するものが多い。

(3)電子部品/基板の装着の目で見たSMT
 基板への部品マウントやアッセンブリ治具、工程内試験に関する発明である。最近は、はんだやレーザー、導電性樹脂を用いた接続などのほか、リペアに目を付けたものが生まれている。

(4)副次的な目で見たSMT
 キャリアテープや封止樹脂などに関する発明や、SMTを活用した実装製品に関する発明である。

実際に三件抄録を短冊にして上記の区分に振り分けてみた。すると、大部分は上記の区分通りにすんなりと収まるのだが、(1)電子部品、(2)基板、(3)電子部品/基板、(4)副次的区分のどれにも分け難い短冊が出てくる。実は、このようなグレイなものに意外なヒントがかくされている。ここに取り上げた表面実装の例では、「接続」に関する工夫を盛り込んだ公開特許がこれにあたる。そんな例を以下に取り上げてみよう。
中島 隆 連載 第11回 図1
中島 隆 連載 第11回 図2 図4
中島 隆 連載 第11回 図3
もっと高密度で高性能な実装技術へ
 半導体だけでなく様々な電子部品がチップ化し、さらに電極リードのピッチが数百ミクロンへと高密度化しつつある。プリント基板にリード線を差し込み、はんだごてで部品装着するようなイメージはすでになく、半導体プロセスかと見まがうような実装ラインのイメージに近づきつつある。

 例えば、高密度に配置した電極をはんだバンプを用いて樹脂基板に電子部品を実装する場合、もはやフラックスは使えない。信頼性に与える洗浄工程の影響が大きいからである。そこで、メッキ法やスクリーン印刷などによってチップ表面や基板面にはんだの膜を付けた後、水素含有プラズマによって、はんだに含まれる水酸化物や酸化物を除去し、それからリフローしてはんだ接続する(図5 特開平11-163036タムラ製作所、東芝)。酸化膜などの汚れが除去されているので、フラックスを使わずに基板と電子部品をはんだバンプで接続でき、後洗浄工程も不要になる。

 この例では、図を見ても、プリント基板の組み立てラインというイメージは浮かばない。まさに半導体製造ラインのイメージである。もはや電子部品側からの見方だ、いや、基板側からの見方だという議論はまったく無意味に思える。

 導体間を高密度化し、しかも高信頼に接続するためには、部品側から見ようと、基板側から見ようと、どちらでも構わない。技術者に求められているのは、仕込み製品が最終検査で全数合格するような実装技術である。考えてみると、そもそも「接続」を要すること自体に本質的な問題発生の原点がある。小型化や信頼性の面だけでなく、高周波伝送特性の上でも重要な技術課題になる。最近の携帯電話のように300MHzもの高いクロックで回路を安定に動作させるためには、寄生容量による信号減衰を抑え、ノイズ低減をねらう。

 そこで、高速化と高性能化に耐えることのできる新たな実装技術が必要になる。
 さらに一歩進んで、多層基板の内部に電子部品を取り込んでしまうことにより、接続自体を不要にするアプローチも当然のように生まれてくる。

 一つの例は、L、C、Rなどの従来のチップ部品を多層配線基板の内部に作り込む機能内蔵型配線基板である(図6 特開平11-150373ソニー)。多種類の電子部品をブロック化するだけでなく、基板と一体化した実装構造にすることでコンパクト化を進める発想である。電子部品と基板の境界がなくなり、部品メーカーと基板メーカーの間がボーダレスになっている。同様な事は、セットメーカーと部品メーカーの間でも起きているのである。

分類できないもの、枠に収まらないもの
 従来型の侵害防止を目的にした特許調査では、例えばチップ部品の電極構造に対象を絞って他社先行特許を探し出す。あらかじめ、調査の対象を明確に決めておき、それ以外はノイズ情報としてスッパリと排除する。定義した枠に収まるものだけを拾い上げ、どれにもあてはまらないものはノイズ情報として捨てるのである。

 これに対して、今回提唱する特許情報の楽しみ方は、従来の特許調査手法とはまったく逆に、貪欲に調査対象を拡大する。そして、分類できないような困った情報にこそ、好奇心を振り向ける。そして、技術者一人ひとりがこれまでに貯えてきた知識を活用し、自分なりに考えてみることで、想像の範囲を無限に拡大し、新たなイメージを育ててゆく。そこには、独創が芽生えているに違いない。
中島 隆 連載 第11回 図5
中島 隆 連載 第11回 図6
 もう十年も前になるだろうか。著者が苦心惨澹した特許調査の結果を見てH氏は言った。「ノイズ情報として捨てたものの方を俺の自宅によこせ」。何かにつけよき相談相手であり親友付きあいをしてくれたH氏は、よく通院の帰りに本郷一炉庵の和菓子を提げてぶらりと訪れてくれた。彼の最後の贈り物が「ノイズ情報の方に、楽しむべき宝の山がある」であった。

【参考文献】
1)特許庁電子図書館のWEB:http:/www.ipdl.jpo-miti.go.jp/homepg.ipdl
米国特許商標庁のWEB:http://www.uspto.gov/
このほかに、IBMのWEB(http://www.ibm.com/)もある。
 また、特許CD-ROMなどは、例えば日本パテントデータサービス(株)や中央光学出版(株)などでも扱っている。特許情報サービス業連合会(TEL03-3261-3115)に問い合わせると教えてくれる。
2)電子技術、1998年9月、11月、12月号、日刊工業新聞社
3) 三件抄録に限らず、特許情報をカード化しておくと、共通グループに束ねる
事や、組み替えも容易にできる。大きなテーブルの上にカードを並べてみると全体を俯瞰することができるので便利である。(写真1)

●電子技術1999年9月号掲載
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