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中島隆連載第10回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
【第10回】 レメルソン特許の109のクレームから学ぶ


 前回から、権利意識と闘争の歴史の中で生まれたオリジナリティ志向の強い米国特許を取り上げて、技術者の発想のヒントを探っている。レメルソン特許は、1954年の最初の出願から数十年の期間をかけて磨がかれて、他人が使いたくなる特許権、思わず侵害してしまう特許権にまで育て上げられた。そこには、レメルソン氏がライセンシング収益を目的として絞りに絞った知恵の結果が映し出されているに違いない。

 レメルソン氏に限らず、対象をどのような視野でとらえ、どのような角度から見るかは、技術者がモノづくりに取り組むとき、大事なことである。単に、自分の発想をどのように展開して強い特許に育てるかという特許出願のためだけでなく、研究開発ですぐに直面する上司へのプレゼンテーションや、次々に襲いかかってくる課題を見事にクリアするためにも、できるだけ広い視野で柔軟に自分の考え方を見直してみる日頃の訓練が役に立つ。

 しかし、多角的にモノをみることは簡単そうでいて、なかなか難しい。試しに、シャープペンシルや消しゴムを手にとって、多角的にモノを見てみる知恵比べをしてみてはどうだろうか。

レメルソン特許5,128,753
 図1はレメルソン特許の一つ、米国特許5,128,753のフロントページである。この特許には全部で109件のクレームが展開されている。基本的には、光や電子ビームを用いて目標物をスキャニング(走査)し、検出物の位置や大きさだけでなく、そこに含まれている各種の情報を検出し、検出情報をコンピュータで分析する。製造ラインのベルトコンベアなどにも利用する自動スキャニング装置に関するものである。
中島隆連載 第10回 図1
 特許のクレーム【特許請求の範囲】は、日本の特許法では特許発明の技術的範囲を定めるものだとされている。米国特許法でも、自己の発明であると信じる主題を記載することになっている。いずれにせよ、この範囲が私の発明だと宣言する部分である。

 ここでは、レメルソン特許5,128,753に書かれている109件のすべてのクレームを取り上げることは難しいので、今回は前半の約50件のクレームについて、レメルソン氏が対象をどのような視野でとらえ、どのような角度から見たか、追いかけてみる。クレームを特許権として見るのではなく、技術者が対象を見る時の視点の切り替えという点から、参考例として見てみよう。

クレーム1:対象物をスキャニングし、そのイメージ情報を発生するための方法
図2には、米国特許5,128,753のクレーム1でレメルソン氏が最初にクレームするスキャニングやイメージ情報を発生させるための方法の主なステップを示す。
中島隆連載 第10回 図2
 視点1:全体を遠くから眺める。信号が生まれてから最後まで、信号の変遷に目を付けるのも良い方法である。
 レメルソン氏は、まず最初に、スキャニング装置の動きを遠くから眺めるような視点で全体の信号の流れをとらえ、方法の発明の骨格をまとめる。ここでは、光や電子ビームを発生してからコード信号によって最終的に対象物を示すまでを、次のような6つの主要なステップに分けてクレームにまとめている。a)照射ビームを発生するステップ、b)対象物をスキャンするように照射ビームを制御するステップ、c)ビームの反射光エネルギーの変化を検出して検出信号を発生するステップ、d)検出信号を演算処理して制御信号を発生するステップ、e)制御信号をコンピュータ分析してコード信号を発生するステップ、f)反射率にコントラストが付けられた対象物の特定のエリアから読み取った情報を、コード信号によって制御して出力させるステップである。

 次に、レメルソン氏は図3に示すように、このa)の光ビーム発生からf)の指示出力までの各ステップを順々に見て、ブレークダウンしていくのである。
中島隆連載 第10回 図3
 視点2:ブレークダウンでは、最初に大事な心臓部分をえぐるのがよい。
 最初のブレークダウンでは、この方法の心臓部であるビームスキャンに目を付ける。そこでは、b)のステップに着目し、スキャン情報読み取りのためのスキャンパスに焦点を合わせる(クレーム2)。そして、次には、ビームの偏向(クレーム3)、対象物の表面エリアのスキャン(クレーム4)へと視点を移す。

 次のブレークダウンでは、検出信号の演算処理のステップd)に目を付ける。そして、検出信号のデジタル化を取り上げる(クレーム5)。さらに、ステップf)のスキャン読み取り情報の出力動作に焦点を合わせ、量的情報を出力する技術に絞り込む(クレーム6)。レメルソン氏の米国特許5,128,753では、続くクレーム7からクレーム12まで、スキャニング方法の第二の発明を間に挟んでいる。ここでは、上記の第一の発明の展開を先に見たいので、この第二の発明の詳細な説明は後に譲り、クレーム7からクレーム12をジャンプし、第一の発明に関するクレーム13からクレーム20へと話を進める。

 視点3:はたらき、役割、機能として見直すと、視野が広がる。
 クレーム13とクレーム14では、レメルソン氏は、対象物に設けたイメージエリアに着目する。そして、そのエリアに製造マークを設け(クレーム13)、さらに、マークは明暗の表示だと攻め込む(クレーム14)のである。

 次にはステップe)に着目し、制御信号をメモリーに記録し(クレーム15)、リファレンス信号をメモリーに予め記録し(クレーム16)、記録したリファレンス信号と制御信号を比較する(クレーム17)。さらには、その比較結果に応じてコード信号を発生させる(クレーム18)ところまで、内容を深く追い込んでいく。レメルソン氏は、再び視点を制御信号の役割に戻し、マークの相対位置関係の割り出し(クレーム19)や、寸法関係の割り出し(クレーム20)などへと、制御信号を用いて実現できる機能を考えながら発想を展開していくのである。

 さて、先の第二の方法の発明に話を戻す。第一の発明とは違って、ここではビームを光ビームと限定しないことにして、しかも、上記の第一の発明のステップb)で導入したイメージエリアという概念を外す。その代わりに、制御信号とコード信号のメモリーを追加した。見る角度を少しずらしたわけである。

 レメルソン氏の特許には権利上で色々な争点があるだろうが、ここでは権利関係には興味が無い。技術者の発想の視点という面に絞って見てみたい。こうしてみると、第二の発明では、検出信号のA/D変換(クレーム43、44)と矩形のマーキングを加える程度が先の第一の発明とは異なる程度で、細かいところの見方で参考になる点はあまりない。

 クレーム22:対象物をスキャニングし、そのイメージ情報を発生するための装置
 図4にレメルソン氏がクレームするスキャニングやイメージ情報発生の装置の主な装置構成を示す。
中島隆連載 第10回 図4
 信号の流れを装置の発明に置き換えても、先のスキャニング方法に関する第一の発明と構成の大筋は同じである。レメルソン氏は装置全体を眺め、a)照射手段、b)照射制御手段、c)検出手段、d)演算処理手段、e)コンピュータ、f)コントロール・指示手段に分けた。そして、第一の発明と同様に、照射制御手段に着目してクレーム23〜25、28、29を展開し、演算処理手段に着目してクレーム26を展開する。また、コンピュータでの制御信号やコード信号に関連してクレーム30〜35を導出している。コントロール・指示手段についてもクレーム27を設定している。

 そして、先の第二の方法の発明に対応する装置の発明(クレーム36からクレーム42)へと、同じ手法で視点を広げて行くのである。
こうして、レメルソン氏は、ビームを用いて対象物をスキャニングし、対象物を制御するという単純な発想から、彼のライセンシングビジネスにつながる米国特許5,128,753の前半に約50ものクレームを展開するのである。

 特許を取得するために発明者が知恵を注いで工夫した結果は、特許クレームに現れる。クレームは、特許という強い権利で自分の技術を守ろうとするために技術を理論武装化した体系である。だから、クレームをみれば、技術者がどのような視点で自分の発明を見ていたか、その視野の広さと奥行きの深さが分かる。

 ここでは、特許権の権利効力には余り興味が無い。それよりも、どのような見方をすれば視野を広げることができ、新しい柔軟なものの見方ができるのかに関心がある。

 技術者は、モノづくりに取り組む忙しさの中で、解決と対応を急ぐ余り、せっかく工夫して完成した自分の大事な技術をその場限りに置き忘れてしまうことはないだろうか。自分の発想を一旦、突き放してみて、客観的に整理し、体系を組み直してみると、思わぬ漏れや見落としをチェックできる。新たな発想へのキッカケも生み出せる。

 最近は米国特許に限らず、国内の公開公報にも、請求項を色々に工夫して多様に展開する例が見られる。特許情報を、競合他社の権利の侵害防止という観点からだけ見ると後向きだし、つまらない。読み方を少し変え、技術者の知恵のコンペ情報として見ると、同じ公報でも千金の教科書になるのである。

●電子技術1999年8月号掲載
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