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中島隆連載第1回
続・新発想養成講座 特許情報から研究開発のヒントを!
第1回 技術者がマーケットニーズを探る時代がやってきた


いま、なにを求められているのか
 ここ2、3年の間に急成長した商品の一つに携帯電話がある。今年3月の月産台数は286万台を越えた。月商800億円の巨大なマーケットが動いており、単純に計算しても携帯電話の本体の生産に関わるだけで5,000人もの雇用を生み出していることになる大型商品である。しかも、携帯電話は新しい事業を創出しただけでなく、私たちの日常にも新しい生活慣習を身につけさせ、社会システムにまで大きな影響を与えている。仮に一台に10円の部品を一個使ってもらうだけで、月度約3,000万円の大きなマーケットが生まれる。

 携帯電話の例に限らず、最近の大型商品は、エジソンのような一人の偉人や天才によるのではなく、多くの技術者がチエを集めて生まれ育っている。伸びる会社は事業領域や自社の技術をしっかりと見定めており、マーケットの動向にも敏感だといわれている。社会との接点を大切にして需要を探りながら、いざ、テーマが定まると、人、モノ、金、情報を集中する。企業力をフルに活用して組織立てた製品開発に一気に挑戦する。そのスピードとダイナミックスが企業の成長を支えている。2000年を待たず、すでに歴史の歯車は確実に進んでおり、重量感のあるかっての優良企業と、国際感覚の洗練を受けている需要創出型の新しい企業とが交代する時代に入っている。

 このような時代の変化に合わせて、技術者に求められるものも急速に変わってきている。創造性が注目されている今、技術者はモノづくりの感性を見失わずに、チエの価値が評価されるチャンスを最大限に活かさなくてはならない。

特許情報を前向きのテーマ選定に利用する
 技術者が取り組むべき作業はチエとモノづくりの融合である。「営業サン、さようなら」とまで企業のスリム化が進むなかで、技術者がつかむ情報が企業の大事な舵取り情報になる。フィールドと接してはじめて技術者が生み出すことができる創造と実務のチエ情報である。どうやらはっきりし始めたことは、特許情報を侵害防止だけに使うのでは後ろ向きだ、先行特許調査の費用も無駄遣いになる、と多くの技術者が感じ始めている。もっと前向きに特許情報を利用できる筈だ。

 多くの技術者が、なにかの工夫をできるのではないかと感じ始めている。開発テーマの立案に特許情報を取り入れると、攻撃対象の範囲や重点を鮮明に予測でき、製品開発の期間も短縮できる。テーマを決めるとき、自分なりに仮説を立ててみることが大切なのは変わりない。今までは、文献調査などを行って可能性を調べ、簡単な実証を試みたのち、他社の邪魔な特許を調査した。今までのやり方は、無いに越したことのない邪魔モノを探す侵害防止のための特許調査であり、後ろ向きな特許情報の利用である。

 これに対して、前向きな利用法では、仮説を立てる前に特許調査を行う。すでに耕されている畑はどこか、過去にどんな取り組みがされたかを調べてしまう。そして、ロードマップを作る段階では、すでに打ち込むべき自社の出願ポイントを押さえておく。重要な技術ポイントを洗い出し、無駄を避けて合理的に開発テーマを絞り込む。こうして選んだテーマは先読みがリーズナブルだから開発期間も短縮できる。特許情報の利用は、ヒット率の高いテーマを選んで、提案型商品を創出するための前向きなものへとウェイトが変わりつつある。このプロセスを図1に示した。
携帯電話の特許情報を見てみる
 最近一ヶ月間の公開特許で携帯電話に関連する情報を粗く調べてみる。大づかみに全体を眺めるには「携帯電話」というキーワードで特許情報を調べてみる粗い方法*で十分である。大事なことは、いろいろな技術者の幅の広い見方が盛り込まれた情報をできるだけ多く、手間をかけずに手にすることである。このやり方で、今年4月の公開特許情報から約60件の携帯電話に関する特許情報をピックアップした。抜き出した情報に基づいて携帯電話に求められている全体としてのはたらきと、発明がとり上げている個々の構成に分けて携帯電話の技術連関図を描いたのが図2である。*精緻性は、二の次であり、さして重要ではない。ここでは楽しみながら技術を見るのだからキーワードを使うだけで十分であるとしよう。
 携帯電話に求められている機能は個々の構成によって実現されるのであり、個々の構成については携帯電話機を眺めれば、概ねは把握できる。ケース、液晶表示、ボタンスイッチ、アンテナ、スピーカやマイク、内部の電子回路などである。回路が専門の技術者ならば、さらに細かく、アンテナにつながる変復調、D/A変換、音声回路、電源やバッテリーのパワーマネージメントなどとして関心を持つだろう。電子部品が専門のの技術者は、軽薄短小と高密度実装がどのように活用されているのかを自分の目で確かめてみたくなるのに違いない。

 このように、携帯電話の技術的な構成は特許情報を調べなくても目で確かめることができる。だが、これからの携帯電話に何が期待されているのだろうか、これから発展できる機能ニーズは何かとなると、そう簡単ではない。営業情報をこまめに調べるか、専門筋に聞く。それでも、なかなか本音はつかめない。モノが見えれば、どう作るかのhow toは先がつかめる。しかし、どんな機能が必要とされているのか、何を作ればよいのかのwhatは、簡単にはつかめない。

携帯電話のWHAT
 携帯電話に期待されている機能(はたらき)を特許情報から抜き出してみたのが図3である。デジタル通信に係わる機能、情報コンテンツに関する機能、移動可搬性に係わる機能、他の通信機器などをシステムとしてリンクするシステム機能のほか、だれでもが日常に使うことによる社会性、利便性などが浮かび上がる。
 携帯電話のデジタル通信機能を駆使したサービスの充実には、暗号符号化やエラーコレクションによるデータ通信の高品質化(P10-98479国際電気)などがある。この機能はもっともっと奥が深いだろう。情報のコンテンツに着目した株式表示やスポーツ情報の提供(P10-107903パイオニア)なども今日、明日の機能である。コンテンツに対する魅力アップは、ソフトとの関連でも限り無く広がるだろう。携帯電話の無線による移動性に着目した高付加価値化では、カーナビと組み合わせたものが多い。通信可能地域を表示するもの(P10-89984エクオス.リサーチ)、道路マップのトンネルまでの所要時間を計算して通話ができる残り時間を知らせるもの(P10-93497マツダ)、GPSと照合して現在位置を画面上に表示する工夫(P10-96641東海理化電機)、携帯電話を使って必要な地図情報だけを入手できるようにする工夫(P10-103972マツダ)など、豊富な見方を一覧できる。

 また、最近は安全性や迷惑対策などに着目したものが多いのも特徴である。病院などでの携帯電話の使用を強制的に停止させてしまう工夫(P10-107875ナイルス部品)がある一方で、病院内では有線通信にして安全対策を図る工夫(P10-98766大林組)もみることができる。女性に魅力的な商品を提供しようとする例には、化粧用コンパクトのミラーを携帯電話の蓋に組み込む細やかな着想(P10-93674国際電気)などもある。機能(はたらき)を実現するために、どんな手段をどう工夫するかというhow toの観点を知る上でも、特許情報はもちろん大いに役に立つ。盗用を防ぐためにIDカードと連係させる工夫(P10-93687日本電気移動通信)、個人の携帯電話から会社に料金を付け替えるために局番記憶を工夫する例(P10-94000日本電気)などである。特に、電池の消耗を防ぐためにいろいろな手段が取り上げられており、how toの参考になる。間欠受信モードでのクロックを遅くするもの(P10ー94019松下電器産業)、液晶表示のコントラストを下げるもの(P10-107883国際電気)、CPUをスリープさせるもの(P10ー108377NTT北海道移動通信網)などである。パソコン側に工夫を加え、充電端末を付けてパソコンとのデータのやりとりと同時に携帯電話の充電を行う工夫(P10-111741国際電気)などもある。このほか、携帯電話のEMI測定用シールドボックス、アンテナの高性能化など、着眼点も幅が広く豊富である。

これからの連載では
 特許情報というと、条件反射としてネガティブな侵害防止を連想しやすい。だが、特許情報は技術情報として読むとおもしろい利用方法があることがわかってくる。企業の研究開発には、自社テーマの強化と促進に役立つ。自分では気付かない多面的な見方を知ることで攻撃力も強化できる。技術論文が、特定技術を深く掘り下げた奥行き情報として役立つのと同じように、特許情報は新たな創造を誘い出す面情報として役に立つ。何に取り組むべきか、テーマ設定に困っているケースが増えている。技術のhow toスキルは上手でも、問題を作るwhatには弱い。事業領域や自社の技術をしっかりと見定めることが会社の新しい伸びを生む。伸びる会社は需要創出に努めている。

 この連載では、身近なエレクトロニクス製品を取り上げて特許情報の利用例を研究してみる。次号から数回は携帯電話を取上げ、特許情報からみた最近の開発ヒントを探ってみる。なお、特許情報にマーケット情報を組み合わせるなどの試みにも取り組む予定である。(つづく)
**インターネットをつかえば営業部門の手を煩わせるまでもなく、生産量などの基礎データは手に入る。たとえば携帯電話に関しては、通信機械工業会のホームページ(http://www.CIAJ.or.jp)が役立つ。
●電子技術1998年9月号掲載
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